あの人をこの手で
反乱軍は完全に鎮圧され、チャイチャリャ、コイトーシュ、シェックァウィら反乱軍の幹部たちはシェランの前に引き出された。
「皇帝を弑逆した罪、到底償えるものではない。主導的立場にあった者は勿論、補助的な役割を果たした者も皆等しく死に値する」
チャーマッシュは冷徹に告げた。
「よ、よろしいのですか……」
セイシャルがおずおずと尋ねる。彼が気にしているのは、チャーマッシュの実子コイトーシュのことだった。
「やむを得ん。私とてつらいが、我が子だからといって見逃していては、他の者に示しがつかない」
チャーマッシュはそう言いつつ、目の前で縛られているコイトーシュの顔を見た。コイトーシュの方も覚悟を決めているようで、目を瞑ったままこくりと頷いた。
「よし、全員処刑だな」
シェランは憎悪の感情を隠そうともしないで事を急こうとする。
「お待ち下さい。ここにいる者たちを皆殺しにすると、それはそれで南部人との禍根を残します。誰か一人くらいは生かしておいてもよいところ」
チャーマッシュは吟味するようにして反乱軍幹部たちを睨みまわすと、立ち上がって一人の男の前に歩いていった。
「シェックァウィ。お前は今後チェルシャラン朝のために戦い続け、生涯かけて忠義を尽くし続ければ、刑に処すのを猶予してやってもいい」
「ほ、ホントですか!?」
絶望のどん底にいたシェックァウィは、突如生き残れるかもしれない可能性が出現して目を輝かせた。
「本当だ。その代わり、南部人の間で不穏な動きがあった時は、お前が真っ先に反乱分子を討ち、その芽を摘むのだぞ」
「はいっ! 承知しましたァ!」
反乱軍の猛将シェックァウィはこうして簡単に主人を変えた。チャイチャリャは苦々しく舌打ちをした。
その日の夕刻、バーカーヤト市内の広場に処刑台が設置され、チャイチャリャ、コイトーシュらが首を刎ねられた。チャーマッシュはその様子を片時も目を離さずに見つめていた。
*
それからしばらくして、シェランの皇帝即位式が行われた。先王は反乱軍によって殺されたものの、皇朝そのものはいまだ健在であり、むしろ軍事力を強めつつあることを内外に示すことが目的だった。大勢の兵士たちが市内を練り歩くとともに、よく鍛えられた金属製の武具の数々がチェルシャラン軍の強さを物語っていた。そして極めつけは、再び三具揃った聖遺物の授与だった。
戦死したキャピャベオが所持していた聖遺物「黒曜の亀甲」は、ダイダーラに与えられることになった。クァチャマンが所持していた「紺碧の竜鱗・霊跡」は、元の聖遺物「紺碧の竜鱗」と強化具「霊跡」が分離できたので、「霊跡」は鍛え直して形を「黒曜の亀甲」に合うよう変えられ、後日ダイダーラに与えられることになった。「翡翠の月輪」は引き続きセイシャルが所持することに決まった。「紺碧の竜鱗」は所持者決定が保留され、一時的にチャーマッシュが預かることとなった。
この結果だけだと、随分ダイダーラが優遇されているように聞こえる。チェルシャラン朝内部でも、チャーマッシュが実の息子を贔屓しているのではないかと噂が立った。しかし、エリーゼにはそれが買いかぶりだとは映らなかった。ダイダーラの戦闘力は、戦場で間近に目撃しよく知っている。彼は単なる御曹司ではない。
(あの魔術、妙だった……)
クァチャマンが最期に放った魔術が、ダイダーラによって跳ね返されたように見えた。苦し紛れの一撃とはいえ、聖遺物と「霊跡」によって強化された攻撃を聖遺物も無しに跳ね返す魔術の力は強大と言わざるを得ない。
(もしやこいつ、本当に何か成し遂げてしまうかもしれんな……)
即位式で新皇帝シェランから「黒曜の亀甲」を受け取るダイダーラの横顔を眺めながら、エリーゼはぼんやりとそう思った。
「かつて我が軍には六猛将と呼ばれる者たちがいた。その例に倣い、新たに四猛将を認定したいと思う」
チャーマッシュは全軍に向けて演説した。
「則ち、セイシャル、ダイダーラ・シェン、エリーゼ・シャン・クロー、シェックァウィの四人を、四猛将とする!」
エリーゼは、チェルシャラン軍の新体制を象徴する存在となった。
*
だが、ほっとするのも束の間、まだ反乱の傷が完全に癒えないうちに、チェルシャラン朝に新たな急報が入った。
「ソマス・ウェ・ターリエ率いる転生十字軍がファヤー港に上陸、既にタリハリを窺う勢い」
というものだった。
特にエリーゼを驚かせたのは、防衛十字軍の後継組織であろうその転生十字軍の主力として、忌まわしきイレーネ・ルン・フィーラが参画していることであった。
(防衛十字軍を捨てて逃げ出したイレーネが? 有り得ない。ソマスだって、イレーネにあんな怪我を負わされたのを許したってこと?)
理解し難い情報に接し、エリーゼはぐらぐらと眩暈のする思いだった。
(それじゃあ、ファヤー港でイレーネは『デウス・ウルト』とか叫びながら戦ったんだろうか。戦えたんだろうな。心にもないことをぬけぬけと言える奴だから)
気持ち悪い、と本能的に思った。最終的に十字軍を離れているという点ではエリーゼも同じだが、彼女にはまだ最低限の義理は通したという矜持があった。でもイレーネの頭には義理などという考えは無い上に、今でも見せかけの居場所を守るために嘘を吐き続けているのだろう。ああ、本当に気持ち悪い。
だが、それでいてこんなに執着してしまうのは何故だろう。ハーッタンの戦いで殺されかけたから? 公衆の面前での決闘裁判で負かされたから? エリーゼの脳裏に真っ先に浮かぶのはどちらの光景でもない。思い出されるのは、あの昼下がりに盗み見たイレーネと侍女との情事。寝台の上で乱れるイレーネの顔や四肢は真に美しかった。
(なるほど……これが、恋なのかもしれない)
美しくも醜い彼女を、この手で終わらせたい。エリーゼの中に、忘れかけていた殺意が蘇ってきた。向こうからやって来るのならば都合が良い、こちらから探す手間が省けた。エリーゼは一刻も早く出撃するべく、チャーマッシュを探すことにした。
その軍師は、バーカーヤトの南側の岩場にいた。チェルシャラン朝の人々の宗教である「太陽神の理」の崇拝対象は自然であり、偶像などを用意することなく、ただ大自然に向かって祈りを捧げるという風習があった。その時のチャーマッシュも、額を地面につけ、感謝の言葉を述べながら半ば瞑想状態に入っていた。
エリーゼが後ろに立つと、気配を察したのか、彼はゆっくりと上体を起こす。エリーゼが何を言いに来たのかを分かっているように、チャーマッシュは祈りを邪魔されたことに怒るでもなく穏やかにこちらに向き直った。
「タリハリが危ないだろう。私を行かせてくれ」
エリーゼは率直に頼み込んだ。
「バーカーヤトはまだ不安定だ。タリハリの救援にそこまで兵力は割けない。それでも行くか?」
チャーマッシュが反問してくる。
「前にも言っただろう。私には殺さなければならない奴がいると」
「それが逆に不安なんだ。個人の感情を優先して、チェルシャラン朝にとって最善の策を見失う可能性がある」
黙り込むエリーゼの肩を、チャーマッシュはぽんと叩いて続ける。
「だが、まあ、お前の忠義を測る良い機会かもしれん。お前を四猛将に数えはしたが、相手が十字軍となると話は別だ。これを乗り切ってこそ、真のチェルシャラン軍の武者となれる」
チャーマッシュは懐から「紺碧の竜鱗」を取り出し、エリーゼの眼前に掲げてみせた。
「お前に与えられる目的は、あくまでタリハリに転生十字軍を釘付けにし、我らが遠征軍を編成する時間を稼ぐこと。使命を果たした時、この聖遺物をお前に託そう」
「分かった」
エリーゼは実際に、転生十字軍にタリハリを敢えて占領させた後、食糧を燃やすことで転生十字軍の足止めに成功した。その間にチャーマッシュは統治の足固めを行うとともに各地の兵をかき集め、カナーノキアに派遣すべき遠征軍を整えた。その数、三万五千。そして、エリーゼが聖遺物「紺碧の竜鱗」を手にしたことは言うまでもない。防衛十字軍で彼女自身が使っていた聖遺物を、今度は転生十字軍と戦うために使うことになったのだった。




