ソマスの真実
その後、全兵士たちにいつもより贅沢な食事が振る舞われ、少量ながら飲酒も許可された。特に肉料理が出た時は誰もが狂喜乱舞した。食事が続けられるのと並行して、特技に自信のある目立ちたがり屋たちが広場の中心に出てきて芸を披露し始めた。ここでも私はおちおち料理を食べている余裕などなかった。やがて芸のネタも尽きてきた頃、音楽隊が再び演奏を開始した。今度は堅苦しい荘厳な音楽ではなく、皆が歌える流行りの讃美歌だった。私が慎重に曲目を選んだかいがあり、皆ほろ酔い気分で声を張り上げ、あるいは小さく口ずさんでいた。
歌が終わるところまでが、私が仕切る担当の範囲だった。無事に予定していた催しが済み、私は責務から解放されてようやく緊張が解ける。少々遅いが、これから私も誰かと談笑を楽しむとするか……。そう思って周りを見ると、ソマスの姿が見えないことに気づいた。
(あれ、この人混みのどこかに紛れてしまったのだろうか)
しばらく広場の中を歩き回ってみたが、どこにもいない。
(これはもしや……)
私は広場を抜け出し、ソマスの執務室のある建物に向かう。案の定、誰もいない筈の建物の一室から明かりが漏れていた。私が階段を上ってその部屋を覗いてみると、ソマスが一人で机に向かって書き物をしていた。
「ああ、ランクテか。運営の方はもういいのか?」
ソマスの方が先に私に気づいて声をかけてきた。
「はい、私の担当はもう終わったので。今はリュークが仕切ってます」
「そうか。だったらお前自身が宴を楽しんでくればいいのに」
「それはこっちの台詞ですよ。ソマスさまこそ何故こんなところにいるのですか?」
私がずばっと訊くと、ソマスは苦笑いした。
「いやあ、私がいたら皆気を遣って楽しめないだろ」
「そんなことないですよ。みんなソマスさまを慕ってますから。じゃなきゃ、ここまでついてくる筈ありません」
私はそう言った後、
「私も……ソマスさまが好きですよ」
と付け加えた。
私としては勇気を振り絞ってさりげなく想いを伝えたつもりだったが、案の定伝わらず
「ありがとう、でも私はいい。あまり羽目を外すのが好きなたちじゃない」
と言われただけだった。
ソマスはペンを置いて、頬杖をつく。黙っていると、外の喧騒が微かに聞こえてくる。
「今日のパーティーは盛り上がっていて、大成功だな。よくやったぞ、ランクテ」
「あ、ありがとうございますっ」
その褒め言葉だけで、私は今までの苦労が全て報われた気がした。
「こんなに賑やかなクリスマスは久しぶりだ。まるで、妻と子と別れた時のような……」
「ん?」
私はその発言を聞き逃さなかった。
「ソマスさまは、結婚されていたのですか?」
「え、ああ。前世の話だよ。この世界に転生してからは、勿論独身だ」
「前世? 本当に前世の記憶がおありなのですか?」
だいぶ以前にモーガンがちらっと言っていた気がしたが、転生十字軍のプロパガンダなのかと思って気に留めていなかった。それに、ソマス自身の口から前世について言及されたことがなかった。
「私自身、何が起こったのか完全に理解できているわけではない。少なくとも、聖ベネディクトゥスのように伝道者として転生したわけではない。そのことを念頭に置いて聞いてほしいのだが……」
そう前置きすると、ソマスは語り出した。
**
前世での何もかものことをはっきり覚えているわけではない。何となくどういう仕事をしていたとか、最期の日に何をしていたかとかの記憶がぼんやりと残っているだけだ。前世で私は商人たちに戦略的な助言をする仕事をしていて、妻と、四歳くらいになる息子が一人いた。そして、前世でも私は熱心な聖徒だった。その世界にも「救世主の教え」は存在し、聖徒らは休日になると大きな教会へ言って、歌を歌ったり牧師の説教を聞いたりしたんだ。
その日はクリスマス・イヴだった。ちょうど今と同じような年の暮れの頃だ。私は昼間から妻と子供と共に出かけていた。車で街へ行き……車と言っても分からないか、自動で走る馬車みたいなものだ。今となってはどういう原理で動いていたのかも覚えていない。
街では子供にプレゼントを買った。向こうの世界ではクリスマスにプレゼントを買う風習があって、私もその時流行りのおもちゃを買ってあげたんだ。そして私たち家族は、少し早い夕食を済ませて教会へ向かった。聖なる夜とされているだけあって、教会は偉い人や有名な歌手が来ていたりして賑わっていた。やがてイベントが始まり、皆が信仰を共にする共同体の素晴らしさを実感している最中、事件は起こった。教会の入り口の扉が突如開き、武装して覆面を被った男たちが教会の中に突入してきたのだ。
その者たちが何を信仰していたのか、記憶が定かではない。こちらの世界でチェルシャラン朝が信仰しているような自然崇拝ではないことは確かだ。争いの原因が何だったかももう覚えていないが、教会を襲撃までするのだから、政治的な動機だったのだろう。
あの世界に神秘術の力は存在せず、代わりに科学技術が異様に発達していた。教会に突入してきた男たちが持っていたのは、細い筒先から鉄片が物凄い速さで打ち出される武器だった。祈りを捧げていた聖徒たちに無数の鉄片が叩きつけられる。妻が咄嗟に息子に覆い被さりながら鉄片を背中に受けて悲鳴を上げた。私も脚にその攻撃を食らってその場に倒れこんだ。
一度に放たれる鉄片の数は多く、たちまち教会の床は倒れた人で埋め尽くされ、戦場のようになった。多分、逃げ切れた人はごく僅かだったんじゃないかと思う。それから奴らは、倒れている聖徒ら一人一人に向けて鉄片を撃ち、とどめを刺していった。薄れゆく意識の中、私は妻と子の姿をもとめた。すると、少し離れたところに、怯えて泣いている息子と、まだ少し息のある妻が一緒になって倒れていた。男たちは、容赦なく二人に近づいていく。
やめろ……! と願ったところで、無駄だった。私の目の前で、妻と子は無残に鉄片を撃ちこまれ、動かなくなった。その時の私の、怒りとも絶望ともつかない感情をよく覚えている。私はどうすることもできず、無力だった。奴らと戦うことはおろか、立ち上がることすらできなかった。ほどなくして、私にもとどめが刺され、私の前世での生涯は幕を閉じた。
この記憶を得たのは、私がポッドスで異端勢力と戦っていた時だった。父シャロンが戦いの最中で戦死した際、同じような経験をしたような感覚に襲われ、その日の夜、私は前世でも妻と子、自分の命までもを異教徒に奪われたことを思い出したのだった。
一番分からないのは、なぜ私が転生したのか、ということだ。前世での敬虔さを鑑みれば、死後天国へ召されていてもおかしくは無い筈だ。しかしそうはならなかった。しかも、前世での記憶を完全に消して転生させてくれればまだ平凡な人生を送れたかもしれないのに、それすら許されなかった。この世界で何かすべき使命が与えられている、と私は感じた。
手始めにポッドス戦役で異端勢力に決死の戦いを挑み、父の仇を即座に討ち返すと共にポッドスの地に神の正しい道を布いた。その後、防衛十字軍発足の号令がかかった時は、すぐさま参加の意思を表明した。そして防衛十字軍が敗れ去った後も、またこうして転生十字軍を立ち上げ、諦めずに聖地を目指している。異教徒や異端と戦い続けること、それが私の全てだ。今ではそう思っている。
**
語り終えると、ソマスはゆっくり立ち上がり、私の横を通り過ぎてどこかへ去ろうとする。仕事を続ける気力も最早なくなったのだろう。寝室へ行って眠るつもりかもしれない。
私は、果てしなく残酷な物語に打ちのめされていた。ソマスの歳不相応な落ち着きも、異教徒討伐への熱意もそれで全て説明がつく。見慣れている筈の彼の後ろ姿が哀愁を帯びているようにすら感じる。気づけば、私は彼を呼び止めていた。
「あの、ソマスさま……渡したいものがあります」




