十字軍騎士たちのクリスマス
「ホントですか! 楽しみにしてますぅ」
私は喜んだが、ソマスの次の言葉で絶望の底に叩き落された。
「何を言ってるんだ。お前が企画・運営するんだぞ」
「え!?」
驚いてる私をソマスは不思議そうに見つめた。
「そりゃ、お前が言い出したんだから、当然そうなるだろう」
「で、でも私に出来るでしょうか……?」
私は助け舟を求めてモーガンを見た。元々パーティーなど乗り気じゃないモーガンが「じゃあ、やらなくてもいいんじゃないか?」とか言ってくれるのを期待したが、彼は黙ってニヤニヤしているだけだった。
「ま、何事もまずはやってみろ。必要があれば他の人も巻き込んでみるといい」
ならソマスが手伝ってほしいと思ったが、相手はそんなことを言い出させる隙も見せず、すぐにモーガンと別の問題について話し合い始めていた。
*
「はぁー、楽しい行事には、やっぱりおいしい食べ物が欠かせないと思わない?」
「そ、そうだね……」
リュークが困った顔で返事する。彼には早速企画・運営に加わってもらっていた。気兼ねなく雑事を頼めるのは、やはりこの男だ。
私たちの目の前にあるのは、食糧や物資の在庫を記した書類の束だった。あまりの食糧不足・物資不足により、普通なら満足な宴など開けるわけがないという現実がそこには表れていた。
ちなみに、金銭が不足しているわけではない。転生十字軍は寄進を受けた土地から収益を得て、資金が潤沢にある。だが、購入してもこのイクストル地方まで運んでくるのに時間がかかりすぎてしまい、遠征初期に注文したものが今ようやく届き始めているといった状況だった。
「うーん、あるもので何とかするしかないわね」
要は、楽しめればいいのだ。なるべくみんなが楽しめるものって何だろう。頭を絞って考えていると、結局また、何とか食事を出せないかというところに戻ってきてしまうのだった。
(エイリーンさんみたいに食べ物を取っておいて、一気に出すみたいなことが出来ればいいんだけどな)
絶対どこかから反対されそうで、ためらわれる。
「食事以外で盛り上がれることといったら、競技とか、出し物でもやらせるか?」
リュークが提案する。
「それ、いいかもね。各隊で特技がある者を募集しようか」
「試してみる価値はあるね。だけど、うまくいくかなあ」
一つアイデアが浮かんでも、そんな思い付きを軍単位で実行できるのか、自信が湧いてこない。なかなか決心がつかず、二人は唸ってばかりいた。
「よし、いっそ占いに訊こう」
私は布袋の中からカードを取り出す。この間タリハリを訪れた行商人が売っていたものだ。絵柄がお洒落だったので購入したのだが、一緒についてきた説明書に書いてあった占いに、私はすっかりハマっていた。
「そんな方法で決めていいのか?」
リュークは怪訝そうな顔をする。
「自分たちだけで決められないんだから仕方ないでしょ」
私はカードをよく混ぜた後、三枚選んで机の上に置いた。カードの絵柄はどれも
「救世主の教え」を題材にしたものになっている。
「えーと、中央にあるのが苦難……聖ベネディクトゥスが受けた布教の道のりを描いた絵ね」
「それって悪い意味なのか?」
「いや、そうとも限らないのよ。解釈の仕方があってね……てかあんまり触んないで。リュークが持つと折り目がつきそうだよ」
私が悪態をつきながら真剣に説明書のページを繰っていると
「やあ。準備は進んでいるかな?」
と後ろから声がかかった。
「あっ、ソマスさま。いや、これは……」
振り返ると、ソマスだけでなくイレーネもいた。さっきの粗野な言葉遣いを聞かれただろうか。私は焦った。
「へえ。ランクテちゃん、占いに興味あるの」
「は、はい。丁度困ったことがあったので、神様にも尋ねてみようと思いまして……」
もっともらしいことを言おうとしたのだが、簡単に神の名を口にしたのは良くなかった。
「ふっ、そんなことで神の御意思が分かるのなら、私も苦労しないんだがな」
そう言い残して、ソマスは去っていった。子供っぽいと思われただろうか。私は急に恥ずかしくなってきた。
「何も、あんな言い方しなくってもいいのにね」
イレーネがこっそり囁いた。
*
数日後、ソマスから転生十字軍全体に向けて以下のように発表があった。
「これより生誕祭の前日まで断食を行う。願うのは無論、聖地カナーノキア奪還だ。皆必ず肉食は避け、可能なら日中は一切の食事や水を飲むのも控えてくれ。それから、一日に一回は必ずタリハリ市街の外を一周すること。以上である」
「救世主の教え」の信者にとっての断食とは、願掛けを行う意味合いが強かった。ソマスが願掛けを行った以上、それを達成しなければ聖地奪還は叶わないということになってしまうので、皆渋々ながら断食に従うしかなかった。
勿論、これは私がソマスに提案したものだった。今日からクリスマス前日までの配給に肉を入れるのをやめる代わりに、クリスマス当日に盛大に肉料理を提供しようという狙いだった。
「そんなことまでやる必要あるのか?」
モーガンは懐疑的だったが
「士気を保つためなら何でもやるさ。場合によっては、予想を上回る効果があるかもしれん」
とソマスは積極的だった。
そして、彼が自ら人々に模範を示す姿勢には改めて目を見張るものがあった。ソマスは日中、食事や飲水している姿を一切人に見せず、誰よりも朝早くにタリハリ外周走を済ませていた。一番上の者が最も徹底して、課されたものを実行する。企画の運営上、これほど心強い存在はいなかった。
(この調子なら、うまくいくかもしれない)
暗中模索で始まったパーティーの企画も、徐々に形が見えつつあった。
*
「皆の協力のお陰で、無事断食を完遂することが出来た。礼を言う。皆の一致団結と神の御加護とがあれば、聖地奪還は既に八割方成ったようなものだ。今日は祈りを捧げつつ、日頃の大変さを忘れて大いに楽しんでほしい」
クリスマスの当日、ソマスがスピーチをすると、騎士兵士たちはわっと歓声を上げた。タリハリ市街の中心部の広場にパーティーの会場は設置された。簡単な壇が用意され、その周りには幹部騎士たちと抽選された兵士たちが集い、その他の兵士たちは遠巻きに壇上を見つめていた。近隣の建物の屋根によじ登ってソマスの姿を見ようとしている者もいた。
皆、断食が終わった達成感で昂揚している。私にとっても待ちに待った生誕祭である筈なのだが、運営担当としては会が滞りなく進行するかどうかが気が気でなく、楽しめるような気分ではなかった。
(うう、こんな筈じゃなかったのに)
嘆いても仕方ない。ソマスが壇上から降りようとしているのを見て、私は待機しているマデラウスに声をかけた。
「では司祭、お願いします」
「うむ」
荘厳な音楽とともにマデラウスが壇上に上がり、兵士たちに背を向けると、恭しく祈りの言葉を捧げ始めた。「こんなに司祭らしいことを頼まれるのは久しぶりだよ」と本人は直前に語っていたが、私の見立て通り、彼の芝居がかった詠唱は堂に入っていた。音楽隊の方はリュークが仕切っているが、こちらも予定通り動けているようだ。今のところ全てうまく進んでいるが、誰かが何か飛ばすのではないか、と私は気が休まらなかった。
やがて祈りの言葉が終わり、マデラウスは壇から降りた。続いてイレーネに乾杯の音頭を取ってもらう段取りだ。そう思って周囲を見渡すが、彼女はいない。慌てて視線を走らせて人ごみの中を探すと、音楽隊の前の辺りにイレーネが立っていた。
「ちょっとイレーネさん、そこからじゃ壇上に上がれないですよ!」
私がそう声をかけようとした時、
「それじゃあ、乾杯はこの行事を企画してくれた、ランクテ・シャン・ユイにお願いしたいと思いまーす!」
とイレーネは叫んだ。
「え、ええ!?」
私は困惑したが、気づけばあれよあれよという間に壇上に押し上げられていた。皆期待の目で私を見ている。「お疲れ様ー!」と野次を飛ばしてくる者もいる。
(まったく、荒っぽい労い方だね)
私は観念して杯を受け取り、高く掲げた。
「え、えーと……かんぱーい!」




