孤高の中年騎士エイリーン(後編)
「え、そんなの頂いちゃっていいんですか?」
今度は申し訳ない気持ちになってきた。
「ええ勿論。客人が来た時は吝嗇しない、という決まりですから」
エイリーンは火の大きさを調整すると、はっとして窓際に駆け寄った。
「ランクテさん、すみませんがちょっと調理場に行ってくれませんか。焦げないようにみててくれるだけでいいですから」
私は言われた通りに動く。料理のことなど全く分からないが、大丈夫だろうか。そもそもエイリーンだって、田舎の小領主とはいえ伯爵の子息の身分で自ら料理するのも珍しい。そこまで困窮していたのだろうか。
「ところでエイリーンさんは何してるんですか」
窓際で筒状のものを覗き込んでいるエイリーンに向かって問いかけてみる。
「ああ、天体を観察しているんです。一定の時間間隔で記録しなきゃいけないっていう決まりで」
その言葉を聞いた時、彼の言う「決まり」とは、誰かと決めごとをしているわけではなく、自分の中で決めていることなのだと気づいた。
(随分、自分自身に対する縛りが多いんだな……これは、誰かと一緒に暮らすこと自体が難しそうだ)
エイリーンがモテそうな雰囲気を纏いつつ独身を貫いている理由が分かった気がした。
「これでよし……と。もういいですよ、ランクテさん。ていうか、もう火からおろさないといけませんね」
エイリーンが鍋を火からおろし、その中身を皿に移す。私は何も手伝えずにただ突っ立っているしかなかった。それでも相手は怒ることなく、むしろ自分のペースで作業できるのを楽しそうにしていた。
「あの、すみません。こんなにもてなしてもらっちゃって……」
食事の準備が整い、私が祈りを始めようとすると
「早く食べましょう。日々の糧に感謝するのは後でも出来ます。それより、肉が固くならないようにしないと」
とエイリーンが急かした。若干抵抗があったが、この場所では彼が作った決まりが絶対なのだと思い、素直に従った。
「あの……天体を観察して、何を調べているんですか?」
食べながら、私は素朴な疑問をぶつけてみた。
「何を……特定の何かを調べているわけではないですが、強いて言えば、この世界がどうなっているのか、ですかね」
「はあ」
「聖書には、世界の成り立ちが書いてあります。でもそれは聖ベネディクトゥスや救世主がお生まれになった異世界の話で、この世界には関係が無いのかもしれない。あるいは、どちらの世界も創造主が同じように創られたのかもしれない。天体は、それを解き明かす鍵のような気がするんです」
その考えを深めていけば、場合によっては異端な結論に辿り着くのではないかとも思ったが、私は感心したふりをしておいた。
「世界の壮大さについて考えていると、自分個人の悩みなんて、小さいものに思えてきませんか? だからあなたにもお勧めですよ」
エイリーンが意味ありげに言ってくるので、私はぎくっとした。その様子を見て彼は
「何か悩みがあるのではないですか? 特に、恋の悩みが」
続けた。私は頭を掻きながら
「分かるんですか?」
と訊き返した。
「まあ、私と話したがる人はだいたいそうですから」
「何だか、相談され慣れてそうですね」
「はは。私はもう今更恋愛するっていう感じでもないので、皆安心出来るのでしょう」
確かに、こんな廃墟で二人きりなんて、よく考えれば凄い状況だが、不思議と危険は感じなかった。私は、今考えていることをぽつりぽつりと喋り出してみた。
「実は……自分でもよく分からないんです。ある人のことが好きなのかどうか。仮に好きなんだとしても、その想いが届くのかも分からなくて……。だから、怖いんだと思います。恋をするのが」
過去の恋愛がどういう顛末を辿ったのかは、流石に言えなかった。
ある人、とは誰を指しているのか、エイリーンは分かっていそうだった。
「ふむ。でも、恋というのはするかしないか選択できるものじゃなくて、自然と落ちるものじゃないですか?」
「そうですが……そもそも、私たちは修道騎士なので、本来恋とかしてはいけない筈ですし……」
私が口ごもると、エイリーンはカチャンと食器を置いた。
「ランクテさん。この際、騎士とか教えの話とかは一旦忘れましょう。まずは自分に正直にならないと。そうでなくては何も明らかになってきません」
エイリーンは語気を強めて続ける。
「自分に正直になった上で、規範的な生き方をするもよし。そうでない道を選ぶとしても私は応援しますよ。神はお許しにならないのかもしれないが」
その物言いに、私はくすっと笑う。エイリーンがこんなに熱い人物だとは思ってもみなかった。
「分かりました。神様に隠れて、自分と向き合ってみます」
何となく心が軽くなったような気がした。
「ところで、エイリーンさんは本当にもう恋をしないんですか? それこそ、正直なところどうなんですか?」
反対に私は訊いてみる。
「私を口説いてるんですか? だったら、私だけはやめておいた方がいいですね。ロクな人間じゃない」
「えー、そうなんですか?」
「ええ」
エイリーンは遠い目をしている。どうやらこれ以上踏み込まれたくないらしい。私にだってあまり触れられたくない過去がある。大人しく私は引き下がった。
「じゃあ……」質問を変える。「エイリーンさんは、どうして転生十字軍に加わろうと思ったんですか?」
「あー、それはですね」
エイリーンは少し黙ってどう答えようか考えると、再び口を開いた。
「私は見ての通り、自己中心的な人間です。今までの人生、自分のことを優先しすぎて誰かを傷つけたり、楽しくはあれど意味の無い時間を多く過ごしたりしました。ある時、ふと思ったんです。もう一度何かを成し遂げるために動いてみよう。若い頃のように、意味のある人生を追い求めてみよう、とね」
そう語る彼の真剣な眼差しを見て私は、この人は本当に大きなことをやり遂げてしまうのではないかと感じた。そしてその予感通り、エイリーンは最終決戦において重要な役割を果たすことになる。
*
伝染病の発症者数はピークを超え、緊急事態は徐々に収束しつつあった。唯一の気がかりは、転生十字軍の名目上の司令官であり重鎮のルエイ・ウェ・カーラが発症し、容体が思わしくないことであった。
「ルエイどのもなかなかの歳だ。もしかすると危ないかもしれんな」
モーガンは暗い顔をして言った。ルエイに特別思い入れは無かったが、同じ十字軍騎士が戦わずして死ぬかもしれないとは考えたくなかった。それに、士気への影響も出るかもしれない。ここは何としても持ち直してほしいところだ。
「最近、暗い話題ばかりだ。どうにかして兵たちを元気づける方法は無いか」
ソマスがぼやいているのを、たまたま通りかかった私は耳にした。
「ソマスさま、それならうってつけのがあるじゃないですか!」
私が話に割って入ると、モーガンは露骨に迷惑そうな顔をした。
「何だ、そのうってつけは」
「クリスマスですよ! 聖なる行事を名目に、みんなでパーティーをやりましょう」
救世主の生誕祭。こちらの世界で換算した日付は定かでないが、聖ベネディクトゥスの元いた異世界は一年三百五十日強、こちらの世界は一年四百十四日であることを元に毎年その日付を算出して祝っていた。今年はクリスマスが二回ある年で、年の暮れに迫る今、後の方のクリスマスも近づいてきているのだった。
「おい、クリスマスは真面目な行事だぞ。仰々しくパーティーなんてやるもんじゃない」
とモーガンは言ったが、意外なことにソマスは
「いや、いいかもしれん」
と賛成した。




