孤高の中年騎士エイリーン(前編)
伝染病自体はその後も広まり続け、無視できない数の死者を出し始めていた。食糧不足は相変わらず改善されず、病を乗り越えたとしても著しく衰弱していく兵士も多かった。
そんな中、テレジアも病に倒れた。病院は満床となっていたため入院は出来ず、イレーネの陣で安静にしていることになった。イレーネは自ら看病にあたっているようで、ここ数日私たちの前に顔を出していない。
後で知ったことだが、この時イレーネは自分に割り当てられた食糧の配給を、全てテレジアに食べさせていたらしい。
「そんなことをしたら……イレーネさまが死んでしまいます……」
テレジアは何度も拒否したが、
「私なら大丈夫だから」
とイレーネは聞かなかった。その言葉通り、彼女は三日間くらいなら何も食べなくても平気だった。そしてその後、イレーネ自身も病にかかることになるのだが、高熱を発している筈なのに床に伏せることなく普通に起きて生活していたらしい。一体、どこまで頑丈な身体なのだろうか。
*
ここで、転生十字軍とチェルシャラン軍との最終決戦を記す前に、とある騎士について言及しておかなければならない。港湾騎士団騎士エイリーン・ファ・ルニクスである。
生まれはギーランド公国という、ズィーメリー王国の更に東、ドゥリース王国の北に位置する小国である。転生十字軍には、ソマスらが私たちを加えた後、ドゥリース王国を通ってセルエル峠の戦いに赴く際に合流した。最初は何の騎士団にも加入していなかったが、ズィーメリー騎士団が解散して港湾騎士団に合流する際、しれっと入団の意思表示をし、特に誰も異議を唱えなかったため、いつの間にか港湾騎士団の一員となっていた。
率いている人数は百五十ほどとごく少数。歳は四十前半で、私やソマスよりもむしろルエイの方と歳が近い。どこぞの貴族の血を引いているらしいので一応幹部騎士の会合には呼ばれる立場だったが、若い騎士たちの輪の中には入らず、だいたい一人で物思いに耽っていることが多かった。これだけ聞くと、人付き合いの苦手な人間のようにも思えるが、どことなく余裕のあるその感じは、孤独を苦としているようにも見えなかった。
「エイリーンさんって、ちょっと渋くてかっこいいですよね」
イレーネと話している時、そういう話題になったことがある。
「あ、ランクテちゃんってああいうのが好みなの?」
「ちっ、違いますよ! あの手のかっこよさも、一つの系統としてあるなと思っただけで」
イレーネはくすくすと笑う。
「でも、あれは渋いっていうのかな。かなり変な人だって聞くよ。結婚もしてないみたいだし」
港湾騎士団ではそもそも結婚が禁じられているものの、入団前に結婚していた場合にはそのまま婚姻状態を継続することが許されている。離婚もまた神への誓いを破ることになると考えられているからである。例えばシュツッツェルも既に結婚しており子供までいる。一方エイリーンは四十過ぎまで独身でいたことになり、これは貴族の中ではかなり珍しいことだった。
「何ででしょう。女性から好かれないということは無いと思うんですけどねえ」
「だとしたら、本人が望んでないってことなんじゃない。それか、よっぽど変な本性が潜んでるか」
私もイレーネも、本性どころか表面上の会話すらエイリーンとは交わしたことがなかった。
*
そんな謎が深まるばかりのエイリーンという人物と話す機会が、なんと今更訪れた。私が事務仕事に駆り出されて病院に向かうと、そこにエイリーンが待っていた。
「おや。今日は二人で担当のようですね、ランクテさん」
そう言ってエイリーンは微笑んだ。口を開くと、思ったより柔らかい印象を受けた。
「あ、名前覚えてて下さったんですね」
「ええ。君は目立ちますから」
目立つ、が良い意味なのか悪い意味なのか分からなかったが、とりあえず良い方に受け取っておくことにした。
「それにしてもランクテさんのところは大所帯なのではないですか。こんなところに来ていて大丈夫なのですか?」
とエイリーンが訊いてくる。率いている人数が多いほど、隊の中での発病者数も多くなる。その対応で忙しくないのかという趣旨の質問だった。私の率いるロアフォーレン侯領勢は三千人ほどおり、転生十字軍の諸侯の中では最大勢力だった。
「まあ、私のところほど人数がいると、元気な人もそれなりにいるんですよ」
事務的なことは基本的に配下の者に任せておいて大丈夫だった。中途半端に人数が多いところが一番大変だろう。
「なるほど。それでこんな珍しい組み合わせになったとは、面白いものですね」
そういうわけで、私とエイリーンは業務を開始した。業務というのは、各隊から上がってくる報告を読み、物資等についての要望があればそれに対する応答を行うことだった。本来、転生十字軍や港湾騎士団の財産を使うとなればソマスの許可が必要だが、あまりに膨大且つ緊急の案件を処理するために、私たち幹部騎士が一時的に権限を委任して判断にあたっているのだ。そして、医師たちと速やかに連携をとるために、幹部騎士の方が病院に出向いて事務処理を行っているのだった。
一つ一つの案件を短い時間で処理していかなけばならないため、かなり過酷な頭脳労働を強いられ、へとへとになった頃には外もすっかり暗くなっていた。
「今日の仕上げに、隔離予定区域を見て回りますか」
エイリーンに言われ、私は無言で頷く。椅子と机から離れられるなら大歓迎だ。
松明を点もし、空き家の多い旧住宅街を歩いていく。このあたりの家屋を再利用して、発病者の隔離場所にする案が浮上していた。どの建物に何人くらい収容できそうかは兵士たちによって調査済みだったが、幹部騎士が決済前に直接確認するのが必要と決められていた。
「まあ、てきとうでいいですよね」
エイリーンはにっと笑う。案外だらしない系の大人なのかもしれない。彼はささっと書類に署名すると
「じゃあ、この紙をソマスどのに渡しておいて下さい」
と突き出してきた。
「わ、私ですか」
エイリーンが仕切っている流れだったから、ここで投げてくるとは思わなかった。
「だって、ソマスどのにはランクテさんが渡した方が良いと思いましたから」
その発言には何だか含みがあったので、私は「別にそんなことないですけど」と流しておいた。
「というか、エイリーンさんはこれから用事でもあるんですか」
「ええ、まあ、この辺に寄りたい場所がありましてね」
「へえ、何処ですか? 折角なんで私も連れてって下さい」
興味本位で図々しいお願いだったが、他人に仕事を押し付けるのだからこれくらい聞いてくれても良さそうだ。
「いいですよ」
案外あっさり承諾してくれた。
「いいんですか?」
「ええ。自分からは決して招かない、しかし向こうから来たいと言われた場合は断らない、という決まりにしてますから」
*
タリハリ市街の中心部を少し外れた廃墟の二階が、エイリーンの目的地だった。廃墟の筈なのだが、椅子や机は綺麗に整えられ、色々な調理器具まで置いてあった。窓際には大きな筒状の物体も置かれていた。
「ここは昔、料理店だったようです。そこにこっそり勝手に出入りしてるってわけですね」
エイリーンは悪びれもなく、貯蔵庫から肉を取り出すと鍋に入れて火を起こした。
「そ、その肉はどこから?」
私が焦って訊く。今の転生十字軍にとって、肉はたまにしか配給されない貴重品だった。一体どこから入手したのだろうか。
「安心して下さい、配給品ですよ。配給されたその日には食べず、漬けてとっておいたんです」
彼はそう言って笑った。




