ソマス密会!?
それから転生十字軍は、すんなりカナーノキア奪還戦に向かえるというわけではなく、まだしばらくタリハリで足止めを食らうことになる。なんと、兵士たちの間で伝染病が流行ってしまったのだ。
最初は、一日に十人ほどの新規の体調不良者が出て、体調を崩しやすい季節なのかと思う程度だった。だが、タリハリ市内の病院に駆け込む兵士が、一日に二十人、三十人と増えていき、しまいには病院に収容しきれなくなってしまった。これはいけない、と思った時には、幹部騎士の中にも倒れる者が出始めていた。
「すまないな、ランクテ……」
一昨日から高熱を発し寝台に伏せっているリュークを見舞いに行くと、彼は力なく笑った。
「元気の無いリュークを見るのはむしろ新鮮ね」
それでも昨日よりは少しましになっているようで、私は安心する。
「退屈してるでしょ。話相手くらいにならなってあげるよ」
私がそう提案すると、
「いや、長居は良くないぞ。移してしまうかもしれないから、発症者はあまり人と会わない方が良いんだ」
とリュークは言った。
「え、じゃあ何で私は部屋に通したの」
「まあ、お前ならいいかなと思って」
「どこがよ」
そんなやり取りがあったが、幸い私はその後発症することはなかった。
伝染病の流行の背景には、食糧不足と水問題も絡んでいる。食糧に関しては、商業都市ヴァイナイティアにいるザタラッチャが迅速に調達し、輸送にあたっているが、それでも次にタリハリに届くのがいつになるか不透明な状況であった。水は、一応市内の井戸からも確保できるものの、どれも石灰質の成分が混じっており、あまり衛生的ではなかった。特に異邦人である転生十字軍の兵士は耐性がなく、頻繁に腹を壊す者も多かった。このような状況で兵士たちの体は弱っていき、そこに伝染病が襲いかかる形となった。
*
そんな暗い話題が続くある日、テレジアが私のもとを訪れてきた。なんだか真剣そうな面持ちだった。
「最近、イレーネさまが夜な夜な出かけていくんです。どうも……誰かと会っているみたいで」
「ふうん」
私は机の上で書類を整理しながら彼女の話を聞いていた。容姿端麗で英雄気質のイレーネになら言い寄ってくる人間は多そうだ。ただ、テレジアと生きるために防衛十字軍を脱走までしたイレーネのことだから、てっきりテレジア一筋かと思っていたが、浮気などするものなのだろうか。
そんなことより、私はこの後病院の事務仕事に駆り出される用事があり、忙しくて余計なことは考えてられないという気持ちの方が強かった。テレジアの次の言葉を聞くまでは。
「そしてその密会の相手というのが……どうやらソマスさまのようなんです」
私は椅子から転げ落ちそうになった。ソマスさまが? あまりの動揺っぷりに、テレジアも若干引いていた。
でも、案外有り得るのかもしれない。私が目にしている限りではソマスとイレーネは、騎士同士の仕事上の付き合いといった雰囲気で接している。でも、カナーノキアの壁の上からイレーネを救出した時は、単なる同僚を超えた友情が交わされているような感じがした。
(もしかして、それで一気に距離が縮まって仲良くなっちゃった、ってこと!?)
これは、私も放っておくことなどできなかった。
「テレジアさん、是非あとをつけてみましょう。今夜もイレーネさまはお出かけなさるのですか?」
まるで殺人事件の調査のようなノリだった。
「え、ええ。確かそうだった気がするわ」
「私、用事を片付けたらすぐそちらに向かいます。それまできっちり見張ってて下さいね!」
いつの間にか私は鋭い眼光を放っていた。
*
事務仕事が思いのほか長引き、イレーネの陣を訪れた時には夜もすっかり更けていた。テレジアは兵舎の前の通りで立ちすくんでおり、息せき切って走っていく私を手招きして急かした。
「イレーネさまはさっき出ていかれました。早く追いますよ!」
テレジアに導かれて、私は夜道を駆けていく。表通りから一本外れると、ぐっと周りに人が少なくなった。
「何だか、私たちが密会してるみたいですね」
私が言うと、
「冗談でもそういうこと言わないで下さい」
かなりきつめに怒られた。
「あ、イレーネさまです」
何個かの建物を過ぎたところで、テレジアが足を止めた。私も慌てて建物の陰に隠れる。少しだけ頭を出して様子を窺うと、確かに二人の男女が一緒に立っていた。暗くて輪郭以外よく見えなかったが、それでも片方がイレーネと分かったのは流石テレジアだ。そのうちに二人の間でぱっと小さく炎が上がり、彼女らの顔が照らし出された。一人はイレーネで、もう一人は……
「本当にソマスさまだ……」
私は思わず小声で呟いて、テレジアに頭をはたかれる。幸い、相手に気づかれることは無かったようだ。
燃えている炎は、イレーネが神秘術で出したものだろう。その明かりの中で、二人は小瓶を持って何かを飲んでいた。
「あれは……お酒?」
正直、小瓶の中身が何なのかまでは分からない。だけど、男女が密会して飲むものなんてお酒に決まっている。私は段々腹が立ってきた。ソマスがイレーネと良い仲になっているのは、まあ百歩譲って良いとしても、貴重なお酒を淫らな目的で浪費するなんて! ここは、私がソマスの目を覚まさせてあげなくちゃ。
「行きましょう、テレジアさん。こんな不正義を見逃してはいけません」
「待って下さい」
テレジアがたしなめてくる。
「決定的証拠を押さえるまで泳がせておきましょう。今ならまだギリギリ言い逃れ出来てしまいます。はやる気持ちは私も同じですが、鉄槌を下すためにここは我慢です」
冷静な判断を行うテレジアだったが、その口調の端々から怒りが滲み出ている。私が頷きながら再び視線を二人に戻すと、
「あっ、どこかへ移動しますよ」
ソマスとイレーネはひとしきり言葉を交わした後、周囲を窺いながら歩き始めた。人目を気にしてるなんて、ますます怪しい。
「私たちもあとをつけましょう」
テレジアに促され、二人が十分離れるのを待って建物の陰から動き出そうとした時、
「いたっ」
私は別の建物から走り出てきた誰かとぶつかった。相手はやたら体格が良く、私は弾き飛ばされて尻餅をついた。
「うわっ、だ、誰だ……って、ランクテ?」
なんと、ぶつかった相手はモーガンだった。
「モーガンさんこそ、なんでここに!?」
私が訊き返すと、彼はうーんと唸って
「実は最近、ソマスが夜な夜な出かけていくんでな。誰かと密会でもしてるんじゃないかと思って、あとをつけてみてるんだ」
と答えた。
「してましたね、密会」
「なんだ、お前たちも同じ用か。そしたら俺についてこい。お前らのせいで尾行がバレたら嫌だからな、俺が尾行のやり方というものを教えてやる」
*
それから、私とテレジアはモーガンの動き方に従って歩を進めた。モーガンは実に尾行が上手で、絶妙な距離感を保ちつつ、相手から気づかれにくい場所をさっと見つけて身を隠していた。ポッドスにて彼がソマスと共にイレーネをつけて潜伏先を突き止めた話は聞いていたが、その技術を実際に目の当たりにすると、改めて感心できるものがある。
「モーガンさんって、結構デキる人なんですね」
私が素直に褒めると
「お前なあ、俺を何だと思ってるんだ。というか前から気になってたが、なんでソマスやイレーネと比べて俺に対しては丁寧表現が一段下なんだ」
と返ってくる。
「だってモーガンさんは、モーガンさんって感じなんですもん」
私がそう言うと、モーガンは呆れてため息をついた。
ソマスとイレーネは更に通りを外れ、ただの地元住民の居住地区に来ていた。転生十字軍がタリハリを奪還する際、エリーゼの思惑で多くの住民が強制的に退去させられたため、かなりの数の空き家が並んでいる。そんな中を二人はずんずん進んでいく。
「こんな何にも無い場所に、一体どんな用があるんだろう」
モーガンがぼやく。
「さあ、人通りが無ければ何でもいいんじゃないですか」
テレジアが冷たく言い放った。
「おや、どこかの家の敷地に入っていくぞ」
二人は空き家になっている家屋に入っていく。私たちもその家屋の壁にぴったりと張り付き、全神経を耳に集中させた。流石にここから身を乗り出したら姿を見られてしまう。しばらくは音の情報のみを仕入れるしかないか……。
その家は、敷地内に入ったらまず家屋の玄関があり、家屋の中を通り抜けるとその奥に庭があるという作りになっていた。ソマスとイレーネはどうやらその庭に出ているようだった。しばらく二人は黙々と何かをしているようで、あまり音は聞こえてこなかったが、少し時間が経った頃、突然どっと歓声が上がった。
「ちょっとソマス、そんなに舐めるんじゃないわよ」
「別に良いだろ、汚くないし」
「だからってはしゃぎ過ぎ」
「イレーネだって、濡れすぎて服が大変なことになってるじゃないか」
僅かながらピチャピチャという水の音も聞こえてくる。発言内容もアレだが、二人の声色がなんだか浮かれているというか、弾んでいた。ここまで楽しそうに喋っているソマスは見たことないかもしれない。ずきんと胸が痛んだ。
横を見ると、テレジアも顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべている。よし、ここは私がテレジアのため……いや、転生十字軍全体の正義のため、一肌脱がねば。
「もうこれで証拠は十分ですよね。私、行ってきます」
「あ、おい。今出ていったら却って気まずいんじゃ……」
モーガンが止めてくるのを私は振り払った。
「何生ぬるいこと言ってるんですか! こんな不正義、見過ごすわけにはいきません。覚悟を決めて下さい。デウス・ウルト!」
私は鬨の声さながらの雄たけびを上げながら飛び出していく。モーガンとテレジアもあとに続いた。そして私たちを待ち受けていたのは、ちろちろと地面から水が湧き出ている横で、ソマスとイレーネが呑気に水を小瓶に集めている光景だった。二人とも衣服はしっかりと乱れなく着付けており、淫らな行為をしていた形跡は一切見当たらなかった。
「あの……ソマスさま、何をなさっているのですか?」
私は拍子抜けして、一瞬で勢いを失った。
「お前こそ何をしている。モーガンとテレジアさんまで。さては、私をつけてきたな?」
ソマスが言うと、
「まあ、私たちも隠してたわけだし、気になるのは仕方ないんじゃない」
とイレーネが口を挟んだ。
「それもそうか」ソマスは足元を指さす。「実はここ最近、私たちは使える井戸を探していて、今ようやく掘り当てたんだ」
確かに足元から湧き出ているのは、何ら白濁していない清らかな水だった。
「ほ、ホントだ。ソマスさま、私も飲んでみていいですか?」
私もちょっと興奮気味になってくる。
「ああ。すぐ枯れるというようなことは無いだろうからな」
手で掬った水を口に含み喉に流し込むと、清涼な味わいと爽快感が私の中を駆け巡った。タリハリに来てからというものあまり綺麗な水を飲めていなかったので、これ以上ないご馳走にすら感じた。
「それほど大事なことなら、俺たちに言ってくれてもよかったんじゃないか? というか何で秘密にしてたんだ?」
モーガンが疑問を投げかける。
「そう簡単に井戸が掘りあてられるかどうか分からなかったからな。期待させておいて結局ダメでした、なんてことになったら、却って士気が下がってしまう。だから最低限の人間——神秘術を使って穴を掘る私と、必要があれば火を使って蒸留を行うイレーネ以外には教えないでおこうと決めたんだ」
あの時飲んでいたのは、お酒じゃなくて蒸留水だったのか。
「でも、もう秘密にしておかなくても大丈夫だね。実際に水を得るのに成功したんだから。明日みんなが聞いたら泣いて喜ぶわよ」
無邪気なイレーネを見て、テレジアは苦笑することしか出来なかった。
ソマスとイレーネの活躍により、兵士たちは清潔な水を飲むことが出来るようになった。これにより、転生十字軍の衛生環境も幾分かマシになっていくのである。




