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ルエイ逝く

 私とソマスは執務室を閉め外へ出る。行き先は勿論、私の宿営地だ。途中何人か見知った人間に声をかけられたが、私は適当にあしらってずんずん道を進んだ。


「おい、一体何を渡す気だ」


 ソマスが後ろから訊いてくる。


「前世では、クリスマスにプレゼントを渡す風習だったんですよね? だったら、私もソマスさまにプレゼントをあげたいです」


「あのなあ、そんなつもりで話したんじゃないが……」


 そう言いかけたソマスは、私の横顔を見てぴたりと口を閉じた。そのくらい私は真剣な表情をしていたんだと思う。


 私が泊っている建物に入ると、私は「ここで待っていてください」と言って一人で自分の部屋に入り、寝台の横に立てかけてある一振りの剣を手に取ってソマスのもとへ引き返した。


「ソマスさま、以前、切れ味の良い剣がなくなってきたと仰っていましたよね」


 いくら研ぎ直しても、いずれ寿命は来る。これまで多くの戦いを経てきたソマスの持つ剣はどれも劣化していた。その上、物資の補給が滞っているタリハリには、武器の類がそう簡単に運び込まれてくることはなく、替えの剣を調達できないでいた。


「私のこの剣、ソマスさまにあげます。私が初陣の時に持っていた剣です。まだ一回しか使っていません」


 フォーレンフェルの戦い。私が兄であり恋人でもあったトメン・ファ・ユイを討った戦闘であり、その剣はまさしくトメンの首を刎ねるのに使ったものだった。そんな因縁深い代物を、私はそれ以来使えないでいた。かといって捨てることも出来ず、今日まで自分の身の近くに置いたまま眠らせ続けていたのだ。


 元はといえばユイ家が所有していたもので、母フェリーカが娘である私に持たせたのだから、質の良さは保証されている。ソマスにぴったりだ。


「そのようなもの……私が貰っていいのか?」


 ソマスは戸惑いつつも、私が差し出した剣を受け取った。私が中途半端な同情や気休めで贈りものをしているわけではないということが、何となく伝わっているようだった。


「この剣は、私の罪であるとともに、私が最初の一歩を踏み出した証でもあります。それをソマスさまに託します。どうぞ、その剣で存分に異教徒を斬り、あるいは必要があれば私のことも斬って下さい。私は、あなたと共にあります」


 ソマスはひとつ頷いて剣を腰にしまうと、


「頼むぞ」


 とだけ言った。


 *


 ぼんやりとした感覚の中。私は真っ暗な部屋でソマスと二人きりだった。彼の体温が私を包み込んでいる。あれ、もしかして私、抱かれてる? そんな状況自体がありえないので、これが夢の中だとすぐに気づいた。


「あ、あの、困ります……」


 私は夢の中の自分を操って、そう言わせてみた。


「自分でもどうかしてると思う。だがお前が欲しくて仕方ないんだ。今世で私が抱えているものは戦意だけではない、孤独もだ。でも、お前がそばにいてくれたら、寂しさなんてすぐに癒えてしまう」


 とソマスは返してくる。


「ダメですよ……奥さんに悪いです……」


「それはもう前世の話だ。大丈夫、分かってくれるさ」


 ソマスが私の頬に手を添え、そっと唇を重ねてくる。私は少しびくっとするが、それでも拒んだりはしない。ソマスはゆっくりと私を寝台に押し倒す。彼が服の下に侵入してくるのを感じながら、私は全身の力を抜いて、彼のあるがままを受け入れた——


 と、そこで目が覚めた。ぼんやりと夢の内容を思い出しているうちに、どんどん恥ずかしくなってきた。変な夢だ、ソマスが絶対にあんなこと言うわけがない。


 それに、ソマスは私のことなんて何とも思ってない。彼が私に対して優しいのは、ラルク・ウェ・フレイという心に病を抱えた戦友を防衛十字軍で失っているからだ。名前も何かランクテと似てるし……。何より、ソマスには前世で奥さんがいたんだ。あの口ぶりからすると、まだ前世での家庭を忘れられてはいないだろうな。彼は辛い思いをしてるのに、私は変な妄想ばかりして、もう。私は心の中で自分を叱りつけると、身支度を始めた。


 クリスマスが終わり、転生十字軍はいよいよ聖地カナーノキアへ向かう準備を整えつつあった。伝染病の流行も終息を迎え、全軍出発に向けて何の支障も無いかに思われた。


 しかしここに一点、重大な問題があった。転生十字軍の名目上の司令官・マッカン伯ルエイ・ウェ・カーラが、伝染病に罹患して以来ずっと体調が悪く、公務すらまともに出来ていない状態なのだ。既に病状は回復している筈だが、体力がめっきり落ち、一日の大半を寝台の上で過ごすようになっていた。彼は名目上の司令官に過ぎないので、彼がいないからといって転生十字軍の業務が著しく滞ることは無い。だが、司令官が姿を見せないことで兵士たちが不安な気持ちになるのは避けられなかった。


「もし、ルエイどのにもしものことがあった時は、一体誰がどういう建前で転生十字軍を率いればいいのだ」


 と、ソマスは頭を抱えていた。ソマスは、マッカン伯でもなくましてやカナーノキア王でもない自分が転生十字軍の司令官を名乗るのは畏れ多いと思っているようだった。


 そんな中、幹部騎士たちに向けて急いでルエイの宿営地に集めるよう知らせがあった。いよいよか……私も嫌な予感を胸にルエイの寝室へ向かった。


 寝室では、ルエイが胸を大きく上下させて苦しそうにしていた。その周りをソマス、モーガン、イレーネ、パイシェン、リューク、ハルズ、マデラウス、シュツッツェル、エイリーン等の幹部騎士が囲んでいた。


「これは伝染病ですか?」


 ソマスが医者に訊くと、


「いいえ。恐らく、体が弱っていたので、健康な時には罹らないような病気に罹ってしまったのでしょう」


 との返答だった。


「ソマスどの……」


 ルエイが彼の名を呼ぶ。


「何ですか、ルエイどの」


 ソマスが老人の手を取る。


「私はこれまで……沢山の迷惑をかけてきたかもしれん。つまらないことに維持を張って……防衛十字軍の頃から……」


「とんでもないです」


 ソマスはそう言って庇うが、皆心当たりはあった。ルエイは自分がかつて支配していたマッカン伯国の領地奪回に随分執着していた。


「今……死に直面して思うのは……財産も権威も、あの世には持ってゆけんということだ……何と下らないものに、私は執着していたのだろう……」


 老人が人生を総括して発する言葉は、何とも重い。ソマスもどう声をかけたらいいか分からず、「死ぬなどと言わないで下さい」としか言えなかった。


 ルエイは気休めのような発言を無視して話を続ける。


「だがな……人生、悪いことばかりではなかった……特に、志溢れる若い者たちと駒を並べ、旅路を共にした時間は本当に幸福なものだった……そして最期の時もまた、周りにいてくれる……心から、感謝する」


 既にすすり泣く音があちこちから聞こえる。ルエイは改めて「ソマスどの」と呼んだ。


「私が死んだ後、転生十字軍は必ずソマスどのが率いよ。決して、他の者に譲ってはならん。そして、必ず聖地カナーノキアを奪還せよ」


 ソマスは強く頷いた。その瞳に真の信仰の光が宿っているのを見て、ルエイは安心したように笑った。


「疲れた。少し休む」


 そう言って目を閉じたルエイは、二度と目を覚ますことはなかった。享年五十三歳だった。


 *


 その後しばらくして、転生十字軍の兵士たちはタリハリ市街中央の広場に集められた。ソマスが壇上に立つ。


「先程、マッカン伯ルエイ・ウェ・カーラどのが亡くなられた」


 場が俄かにざわつく。それをモーガンが睨みをきかせて静めた。


「これまで転生十字軍に尽くされたルエイどのに敬意を表するとともに、彼が天の国に召されることを願う」


 その場で、全軍が短い祈りを捧げる。やがてソマスが目を開けると、これまでとは一変した力強さが、彼の演説に宿った。


「そして、ルエイどのの任命により、この私、港湾騎士団長ソマス・ウェ・ターリエが新たに転生十字軍を率いることになった!」


 皆、彼の勢いに呑まれて何の反応も示さない。


「これより私の指揮の下、聖地カナーノキアに向けて進軍する! ルエイどのの悲願でもあった聖地奪還を必ずや成し遂げる。既に準備の整っている者は私と共に出発してくれ。それ以外の者は速やかに準備を終えよ! 我々は決して立ち止まってはならないのだ!」


 ソマスが言い終えるか終えないかのうちに、兵士たちの中から歓声が湧きあがり始めた。それは大きなうねりとなって全軍を包み込む。新司令官の誕生、それは時として大きな期待と希望を人々に抱かせる。転生十字軍の士気は却って大きく上がった。


 こうしてソマスは名実共に転生十字軍の司令官となり、全軍は聖地カナーノキアに向け、タリハリを出発した。

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