イレーネとの再会
「ソマスどのとモーガンどのは、むしろロムスにとどまって、各方面への連絡に努めた方が良いでしょう。教皇との繋がりを維持するのも大事ですし、もしかしたら十字軍に協力したいと言ってロムスを訪れる者もいるかもしれません」
マデラウスのその助言に、ソマスたちは一旦素直に従った。しかし、彼らがロムスに滞在した約一年半の間、十字軍復活に向けた進展は微々たるものだった。
特にソマスを失望させたのは、コンラト王の生家であるヌーシラ家がカナーノキア王位の継承に消極的なことだった。カナーノキア王に即位すれば、当然世間は王が十字軍の司令官として遠征に参加するものと期待するだろう。ヌーシラ家の面々は、生きて帰ってこられるかも分からない聖戦に加わるのは嫌がり、王位継承権を持つ誰もがその権利を行使しなかった。ソマスはシュレーン王国にあるヌーシラ家に何度も手紙を送ったが、良い返事は無く、結局カナーノキア王は空位という状態になった。
十字軍の指導者となるべき肝心のカナーノキア王が不在ということで、十字軍に参加したいという者もあまり出てこなかった。マデラウスが諸侯に会って協力を仰いでも
「金銭的援助はする。兵は出しかねる」
という趣旨の返事が来るだけだった。
「これは、正攻法ではダメかもしれない。協力してくれる人がいそうなところに当たりをつけて、我々も積極的に動くべきではないか」
ソマスは焦燥感を隠そうともせずモーガンに言った。
彼とて、ロムスに訪れる様々な貴族相手に積極的に働きかけを行ってきた。だが、ロムスの宗教家たちと交流のある上流貴族たちは皆保守的で安定志向だった。防衛十字軍が聖地カナーノキアの支配を維持している時ならいざ知らず、一旦奪われた土地を取り戻しに征くとなれば、危険を好む冒険心や開拓者精神が必要だ。それらは、もっと別の場所にいるような人種が持っているとソマスは考えるようになった。
「それで、どこへ行くつもりだ?」
モーガンが尋ねると、ソマスは
「ポッドスだ」
と答えた。
ポッドス。ビタリー帝国本領から魁湖を挟んで南にあるその地は、かつてソマスが父と共に異端勢力と戦った場所だ。そこでソマスの父シャロン・ウェ・ターリエが壮絶な戦死を遂げると共に、ソマスがただちにその仇を討ち返し、その武勇を世に知らしめるきっかけとなったのだった。
(あそこなら、私のことを知っている人間も多い。それに、異端を討伐したことによって今はあそこは却って親ビタリー帝国の筈だ)
一応の根拠はあった。
モーガンは半信半疑だったが、しかし賭けてみないことには始まらないと思い、ソマスと共にポッドスへ赴くことにした。ロムスから航路を取り、南進する。ポッドスの北端にあるシルキ港に着いた時、ソマスは二十歳を迎えていた。
「ここまで年を取るのが嬉しくないこともあるものだな」
ソマスは明らかにちょっと精神状態が追い詰められていた。船の上だとやることもなくて余計なことばかり考えてしまったのだろう。モーガンは慌てて
「まあ、こっちに来て初日くらいは気分転換してもいいんじゃないか? ほら、港町ででかい市が開かれてるみたいだぜ」
と誘った。ソマスはなお渋い顔をしているが、モーガンは「俺が行きたいんだよ。お前と違って俺はポッドスに来るのが初めてだからな」と強引に引っ張っていく。
シルキ港の市は、ポッドス中の食べ物やら工芸品やらを売る店で溢れていた。ポッドス人同士の取引は勿論のこと、ビタリー帝国本領から来た商人との取引も活発に行われている様子だった。
「なんだこれ、変な味のする果実だな。こんなんがご馳走なのか?」
「これ、ポッドスで作られてたのか。きっと船で大量に輸出されてるんだな」
モーガンは初めて見る品々や、逆にシュレーン王国内でも見たことのある品などを見つける度に大仰に騒いでいた。一緒にいるソマスも、なんとなく気分が晴れていくような気がする。
そんな感じで、二人が友情を温めつつ観光を楽しんでいる最中のことだった。
一人の少女が、いそいそと市の雑踏を通り抜けていく。背中に大きなかごを背負い、頭に頭巾を被ったその少女は、目的の店で日用品を買うと、また早歩きで移動して次の店へ移動する。
「おじさん、いつものやつ頂戴」
「あいよ。また十五日ぶんくらい買い込んでくのかい?」
「まあね」
人目を気にしている感じが、逆に目にとまりやすかった。ソマスは特に気にしなかったが、モーガンはハッとしたように足を止めた。
「あの女、どこかで見たことないか?」
言われて初めて、ソマスはその少女の顔をよく観察する。少女は頭巾を被っているものの顔が完全に隠れているわけではなかった。ソマスはすぐにピンときたらしく、思わず「あっ」と声を上げた。
「あれは確か、イレーネの侍女の……」
テレジアとかいう名前だった。でも、なぜ彼女がここに? 勿論、よく似た別人という可能性もあるが……。
ソマスとモーガンがどうすべきか逡巡しているうちに、そのテレジアらしき少女は買い物を終えたのか市から離れていく。
「とにかく、追ってみよう」
モーガンはそう言って走り出した。
*
ソマスは実は尾行というものをこの時初めて体験したが、案外うまく出来てしまうことに驚いた。というより、モーガンが上手過ぎるのかもしれない。彼は対象の少女と一定の距離を保ちつつ、まるでぶらぶら散策しているだけかのような態度で歩いていく。
あの少女が本当にテレジアなのだとしたら、ソマスたちの顔も知っている筈だが、モーガンはそんなことなど気にせず堂々としている。そのお陰で、少女は今のところ一度もこちらを気にすることなく進んでいく。
「あいつ、無駄に遠回りしたり、同じところを回ったりしている。これは居場所を突き止められたくないんだな。まあ、この俺を撒けるわけがないが」
モーガンは自信たっぷりに言う。まったくこんな芸当を覚えて今後役に立つ機会はあるのだろうか。ソマスは半分呆れながらモーガンについていった。
少女はやがて、一軒の粗末な家の前で立ち止まった。壁は土で作られ、屋根は背の高い草木で葺かれている家だ。流石にここまで来ると人通りもなくなり、モーガンは茂みの陰に隠れて様子を窺う。少女は辺りを見わたすと、逃げ込むようにして家の中へと入っていった。
「これはかなりクロだな。なんであんなに警戒しているんだか」
モーガンはにやりと笑い、その家に近づいていく。ソマスも後に続いて這うように進んでいき、家の窓のすぐ外まで移動する。
「じゃあ、中を覗いてみるぞ……」
モーガンが恐る恐る頭の上半分を出し、窓から家の中を覗き込む。真っ先に目に飛び込んできたのは、淡く白い光だった。稲妻のような形をした、木の枝のような質感をした発光体。見紛うことなき聖遺物「鈍白の霹靂」が、床の上に無造作に放置されていた。
「あっ、このやろ、聖遺物を……」
モーガンが憤りのあまり思わず声を上げそうになっていると、
「あなた達、何の用?」
後ろから声がした。その声もまた、聞き覚えのある声だった。振り返ると、異境の風になびく黒髪が目に入る。ぼろぼろの狩猟服を身にまとったイレーネ・ルン・フィーラの姿が、そこにはあった。
ソマスたちの顔を見ると、イレーネも「あっ」と驚いた表情を見せる。そして、手に持っていた弓を放り出すと、彼女は身を翻して走り始めた。
「ちょ、待て!」
ソマスは慌てて追いかけようとするが、ふと聖遺物が気になって家の方を振り返った。




