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聖地の王よ、永遠なれ

 この様子を見ていたコンラト王は、すぐさま近衛兵たちに出撃を命じた。


「モーガンを助けるのだ。私に続いて突撃しろ」


 兵士たちは困惑した。配下を守るために王が決死の突撃を行うなど聞いたことがなかったからだ。


「陛下がそのように命を投げ出す必要はありません。モーガンどのの命と陛下の命、どちらが大事なのですか」


 諫言を受け、コンラト王はため息をつく。


「思えば、このような事態になったのは私の至らなさが原因かもしれない。いや、原因が何であれ、その責は私にある。それに比べてモーガンはこれからの聖戦を担っていく人材だ。彼こそが、この場で生き残るべきなのだ」


 コンラト王は四十過ぎの齢で、決して老い先短いというわけではなかったが、若い命が失われるのは忍びなかったのだろう。王の悲愴な覚悟を聞いてすすり泣く者もいた。


「泣いている暇はない。ただちに敵中を突破し、モーガンを救出するぞ」


 コンラト王が槍で東を指し示すと、近衛隊の乗る数隻の船がゆっくりと列を離れ、モーガン勢とクァチャマン勢がぶつかっている戦域へと進んでいく。


 その動きに真っ先に気づいたのはセイシャルだった。彼はビタリー皇帝の右腕ジルド・ウェ・キュイを討った後、そのまま船を飛び移ってはそこにいる防衛十字軍兵士を蹂躙することを繰り返していたが、ふと立ち止まって冷静に状況を整理した。


 セイシャル自身は防衛十字軍を圧倒していたが、後続する他のチェルシャラン軍はそうではない。特にスィンカッサ勢はソマス勢に脇腹を衝かれて狼狽しているようだ。この時セイシャルはスィンカッサの死を知らなかったが、スィンカッサから自分への援護がなくなったことは気づいていた。


(そして、敵の新手の突撃……このままだと、クァチャマン勢に突っ込んでいく)


 クァチャマンは聖遺物「紺碧の竜鱗」を手にしているし、多少不利な状況になっても耐えきれるだろうとも思えた。しかし、セイシャルは聖地カナーノキア城壁外でクァチャマンがエリーゼに簡単に陣を突破されたことを思い出していた。


(あいつなら、またやらかすかも……)


 味方を信じ切れず、セイシャルは一旦退却することにした。彼はまた船と船とを飛び移って最初に乗っていたところに戻ると、その場にいる兵士たちに、針路を変えてコンラト王勢に攻めかかることを命じた。


 その船が南から近づいてくるのを見て、コンラト王は顔をしかめた。


「私が囮になる。その隙にお前たちはモーガンのところへ行け」


 周りの者にそう告げ、自分のいる船以外の他の船に移らせた。そして、コンラト王自身は僅かな手勢を引き連れ、たった一隻で戦域から離れていく。狙い通り、セイシャルはコンラト王の姿をみとめると、彼を討ち取るべくその船を追い始めた。


「矢を射かけまくれ!」


 セイシャルが命じ、矢の雨がコンラト王の船に降り注がれる。王自身は盾で身を防いだが、漕ぎ手は皆死に伏せ、船はゆっくりと速度を落としていった。やがてセイシャルの船が追い付き、チェルシャラン兵たちが一斉にコンラト王の船に乗り込んでくる。


「これで私もようやく殉教できる。死んでいった兵士たちと同じように」


 王は降伏を拒み、手あたり次第敵兵に突きかかる。見かねたセイシャルは自ら一突きのもとに王を仕留めた。


 一方、コンラト王を失った近衛兵たちは、それでも王の言いつけ通り進んでいく。そして、クァチャマン勢の船にその舳先をぶつけると、船を飛び移って敵の背後に襲いかかった。


「動揺するな! 敵の数は限られている。目の前の敵兵を倒すことだけに集中しろ!」


 クァチャマンは兵士たちに呼びかけるが、配下の兵士たちが浮き足立つのを止められない。船という閉鎖空間の中で戦っているのも、兵士の心理状態を狂わせやすかった。


「退却! 全力でソマス勢と合流するぞ!」


 すかさずモーガンが指示を出す。モーガン勢の兵士たちは追いすがってくる敵兵を撃退しながら後退し、自分たちに船に戻り、ソマス勢のいる方へ移動し始めた。コンラト王の犠牲と引き換えに、モーガンはまたもや死地を脱したのだった。


 *


 この戦い、魁湖水戦の勝敗を断じるのは難しい。死傷者数でみれば防衛十字軍側は千人弱、チェルシャラン側は約千五百人と、チェルシャラン軍の方はやや多い。しかし、防衛十字軍はコンラト王をはじめ有力な将を失い、また聖遺物「黒曜の亀甲」を失っていた。これにより現在世界に七つある聖遺物のうち、防衛十字軍が「真紅の十字架」ただ一つのみを所持しており、チェルシャラン軍が「翡翠の月輪」「紺碧の竜鱗」「紫稀の祝福」「黒曜の亀甲」の四つを所持しているという構図になった。なお、「鈍白の霹靂」はイレーネが持ち去ったことにより行方不明、「琥珀の不死鳥」はスィンカッサと共に湖に沈んで回収不可能となっている。


 ただ、チェルシャラン軍の目標である、「防衛十字軍を再起不能なまでに叩きのめすか、あるいはファヤー港に閉じ籠める」というところは、果たされずに終わった。それに対し防衛十字軍は、ソマスやモーガンといった若く有力な騎士たちがイクストル地方を脱出することに成功し、聖地奪還への希望が繋がった。この点で見れば、防衛十字軍の戦略的勝利と言えるのではないだろうか。


 チェルシャラン軍内部でも、今回の結果を厳しく捉える者は多かった。


「敵の王、コンラトを討ち取ったのだから、しばらく敵はまとめ役を欠いて再起できないに違いありません」


 コンラト王を討った張本人であるセイシャルは、論功行賞の場でそう自分の成果を強調した。


「いや、そうとは限らん。十字軍とは信仰心で連帯している頭のおかしい集団だ。ある時点での指導者が死亡していなくなっても、すぐまた別の指導者が現れる危険は大きい」チャーマッシュはそう懸念する。「だから、敵の戦力自体をもっと削っておきたかった」


 たしなめられたセイシャルは、悔し紛れに目を逸らすと、澄ました顔をしたクァチャマンが目に入った。我関せずとしたその雰囲気が、セイシャルは癪に障った。


「おいお前。お前のことだぞ、なぜモーガンとソマスを取り逃がしたんだ」


 セイシャルに詰め寄られると、クァチャマンはさも心外という表情をしてみせた。


「セイシャルどのこそ、なぜ突然後方に下がってきたんだ。あのまま攻め続けていたら、敵を壊滅させられていた筈だ」


「お前が頼りないから、加勢しに行ってやったんだろ!」


 セイシャルは堪忍袋の緒が切れて、恫喝のような怒鳴り方をした。


「別に頼んだ覚えはない」


「何を? だったらお前はこの戦いで誰か討ち取ったのか!」


 そう言われると、クァチャマンは何も言い返せず黙り込んでしまった。ハーッタンの戦いでは見事な連携を見せたチェルシャラン軍にも、不和の溝が入り始めている。チャーマッシュは一つ大きなため息をついた。


 *


 それから一年半の間。ソマスたち防衛十字軍の残党は、態勢の建て直しを模索し続けた。まずロムスに帰還して教皇に敗戦とコンラト王戦死を報告、その後教会とも話し合いながら今後の計画を練った。


 まず真っ先に必要となるのは、新たに十字軍に加わってくれる貴族を探すことであった。これに関しては、教会の中に頼もしい人材がいた。司祭マデラウスである。


「まあ正確には今はもう司祭ではないんですけどね。かといって還俗したわけでもない、宙ぶらりんな存在ですな。でも、国々をまわるなら丁度いい」


 と、本人は語った。彼が、諸侯のもとを訪れて十字軍への参加を説くことになった。

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