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エリーゼ駆ける

 エリーゼは騎兵たちの前に立つ。


「フォーセイン伯領の騎士及び兵士たちよ! よくここまでついてきてくれた。防衛十字軍の誇りを最後まで貫き殉教した者だけが、本当に救われるのだ。天国の門はすぐそこにある! 私と共に行こう! デウス・ウルト!」


 兵士たちも口々に「デウス・ウルト」と叫ぶ。エリーゼが真っ先に駆け出し、フォーセイン伯領勢最後の突撃が開始された。


 カナーノキアの南門から出た彼女らは、まずクァチャマン勢と衝突した。エリーゼが小さな雷を無数に発生させながら、決死の覚悟で先頭を走り続ける。聖遺物「紺碧の竜鱗」が発する青い光を身にまとった彼女が敵中を駆け抜けていく様子は、まるで一筋の川が大地を浸食して流れていくかのようだった。


 それからすぐにエリーゼは、敵部隊の将すなわちクァチャマンの姿を発見した。クァチャマンは何ら聖遺物を身につけていない。エリーゼは小さな雷を纏わせながら一気に槍を突き出した。相手はまともに戦えば即死だと判断したのか、ほとんど落馬するような形で馬から降り、エリーゼの攻撃をかわした。


「自ら落馬するとは、情けない」


 エリーゼはせせら笑うと、クァチャマンを放置して更に先へと突撃していくことにした。この一騎討ちの不戦勝に、フォーセイン伯領勢の兵士たちの士気は上がった。その勢いのまま敵中突破を果たし、今度は東門へと向かっていく。


 東門の方に張り付いてたチェルシャラン軍は、思わぬ方向から来る突撃に驚いた。


「城壁を占領するのは後だ! まずは迫り来る敵を返り討ちにする!」


 セイシャルもそう号令をかけ、エリーゼ勢を要撃する構えを取った。


 それを見たモーガンは、自領サナユン伯領勢の兵士たちに撤退の合図を出す。エリーゼが稼いだ時間を無駄にしないためだ。しかし同時に、彼は一抹の不安を感じていた。


(エリーゼさんは、このまま大人しく殉教するだろうか)


 モーガンにはどうにも腑に落ちない部分があった。


(彼女は、言ったことを簡単には曲げない性格だから、引き受けたことはやり遂げるだろう。だけど簡単に自分が犠牲になるようなこともしない。エリーゼさんは、それらをどう両立させるつもりなのだろう。ジュヴーユ侯領勢を全滅させた時のような、非道な手段は取らなければよいが……)


 防衛十字軍の中では、モーガンが一番人間観察が良く出来ていたかもしれない。


 エリーゼはカナーノキア南側から東側へと必死に駆けていく。先程から、後方より執拗にエリーゼ勢を追ってくる一隊が迫ってきていた。それは戦闘の最初南門付近に陣取っていたスィンカッサ勢だった。スィンカッサの射る矢の軌道はやたら正確で、両者とも馬で走っているのに寸分も狂うことなくエリーゼに矢をぶつけてくる。それは魔術で制御しているからなのか、防御の神秘術で簡単に防ぐことが出来る。しかし、エリーゼが矢を防げることが分かると、相手は今度はエリーゼの周りにいる部下たちを一人一人射抜いていった。


(追われるのはあまり気分のいいものではない……だが、立ち止まって戦うことも出来ない)


 エリーゼの使命はあくまで味方を撤退させること。今は、モーガン勢の撤退が完了するまで敵を引きつけなければならない。そのためには、東側にいるセイシャル勢らに何としても突っ込まなくてはならなかった。


 もう、味方が何人ついて来ているのかも確認していない。ただがむしゃらに駆け、敵兵を討ち、飛び来る矢を防いでいるうちに、エリーゼはこちらに向かって槍を構えているセイシャルの姿をみとめた。


(あいつとはじっくり手合わせ願いたいが……)


 後ろからはスィンカッサの軍勢が迫ってきている。悠長なことは言っていられなかった。


(一気に決めるしかないか)


 エリーゼは鎧の中に仕込まれた棘を自らの体に深く刺す。血液とともに、体の中に蓄えられていた霊漿液がほとんど流れ出す。鎧に付けられた聖雲氷は発熱により消耗して使い物にならなくなっていたため、私は懐から予備の聖雲氷を取り出す。その聖雲氷が霊漿液を浴びた時、「紺碧の竜鱗」は弱々しく輝きを放った。


 エリーゼは馬の腹を蹴って速度を上げる。槍を振り上げながら神秘術を発動し、小さな雷をセイシャルに向かって落とすと、相手は「翡翠の月輪」によって発動させた防御の魔術によってそれを防いだ。すかさずエリーゼはセイシャルに急接近すると、すれ違いざまに突きを繰り出した。最早戦術は無い。単に一連の動きの速さを競う戦いを仕掛けていた。


 これに対しセイシャルは槍を操ると、エリーゼの突き出した槍を絡めとるようにして捌く。そして、肩で強く体当たりをしてエリーゼを馬の上から空中に突き飛ばした。


「あっ……」


 エリーゼは落馬して地面に叩きつけられ、動かなくなった。その周りに敵兵が群がる。生き残ったフォーセイン伯領の兵士が目撃してソマスに報告したのはそこまでだった。


 後の情報まで総合して考えると、エリーゼはこの場では気絶しただけで死亡してはおらず、チェルシャラン軍に捕縛されたということになる。そして十字軍を捨て自然崇拝に改宗してチェルシャラン軍に加わることになるのだが、彼女が何故そのような選択に至ったのか、ソマスには知る由も無かった。


 *


 ファヤー港に向かうソマスの頭にめぐっていたのは、イレーネとのことだった。


(なぜ、私は負けたのか……いや、そもそもなぜこんなことになってしまったのか、原因はもっと前にある気がする……)


 神はイレーネを勝たせた、と考えるのは、決闘裁判の結果を神の意思と信じるのと同じだろうか。だから、イレーネとの戦いの勝敗が重要なのではなく、そもそもなぜ彼女があのような行動に出たのか、が問題なのだと、ソマスは思った。


(あのテレジアとかいう侍女と一緒にいる方をイレーネは選んだ。防衛十字軍は、彼女の居場所になれなかったんだ)


 ソマスはイレーネと友人として心が通じ合えかけたと感じたからこそ、今回のことが悔しかった。イレーネは恐らく、シュレーン閥とズィーメリー閥のいがみ合いに嫌気が差していた。その気持ちは自分も同じ筈だったのに……。


 でも、その心が同じだったからこそ、最後は互いの思いをぶつけ合えたのかもしれない、とも思った。イレーネに負わされた、深いとも浅いとも言えない脇腹の傷をそっと撫でる。


(この傷は、浅く突こうとして少し深くなってしまったものなのか、深く突こうとして少し浅くなったのか、どっちなんだろう)


 どちらにせよ、戦線を離脱する程までの傷を負わされても、ソマスはなぜかイレーネを憎むつもりにはなれなかった。


 ファヤー港は出航の準備で人がごった返していた。既にヴァイナイティアからやって来た輸送船は到着しており、人や荷物を運びこむだけとなっていた。


「敵さん、湖上まで追ってきますかね。水戦部隊を臨戦態勢で置いておく必要は無いかもしれませんよ」


 当時のヴァイナイティアの水軍司令官ドゥルヴェーダはそう言った。


「だが念のため備えるに越したことは無いだろう。水戦を想定して編隊を組み立ててくれ」


 ソマスが伝えると、ドゥルヴェーダは曖昧に頷いた。


 この何十年もの間、魁湖の北部、つまりカナーノキアからビタリー帝国本領までの水域は、ヴァイナイティアが制湖権を確保していた。そこに敵が戦いを挑んでくることなどないだろうと高を括っているようだった。


 しかし、チャーマッシュ・シェンもなかなかに人の裏をかくのが好きな男だった。


「防衛十字軍に再起不能なまでの打撃を与えるにはあと一歩足りない」


 彼はそう考えていた。

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