分かり合えない騎士たち
(えっ……)
斬られた三人は既に息絶えている。しかもよく見ると、武装した集団の中には、既に血が付いている剣を持つ者もちらほらいる。つまり、ここまで来る過程で既に何人も斬ってきているということだ。
(これは、こそこそ何か犯罪をしようとしているとか、そんな段階の話ではない。もはや謀叛だ。しかもこの一団が向かっているのは……)
"ベネディクトゥスの塔"。そこはコンラト王の起居する場所にもなっており、実際に今も王が眠りについているだろう。その集団がコンラト王を害するか拉致しようとしていることは明らかだった。
武装集団のリーダー格らしき人物が仲間たちに向かって呼びかける。
「よいか! ここまで来た以上はもう引き返せない。覚悟を決めろ! 必ずコンラト王を退位させ、明日の朝までには我らズィーメリーの騎士によるカナーノキア王国を築くのだ!」
ズィーメリー語であったが、ソマスはズィーメリー語も勉強していたので聞き取ることが出来た。それより、その声はソマスもよく聞き覚えのあるものだった。武装集団を率いていたのは、マグラー・ファ・デュッセンだった。
(マグラーどの、血迷ったか)
ソマスは見つからないようにその場を離れると、事態に対処するべく走り出した。
「あ、ソマスさま! 大変なことが!」
途中で、同じようにズィーメリー騎士の一団を見かけたシュレーン兵が駆け寄ってきた。
「分かってる。落ち着いて冷静になれ。モーガンのところへ行って、兵を出すよう伝えてくれないか」
ソマスはその兵士に指示すると、兵士は「わ、分かりました!」と言って飛ぶように去っていった。さて、自分はどうするか。いまソマスがいる位置から一番近くに泊っている頼れそうな騎士は、エリーゼだった。
*
「こんな時間に誰!?」
エリーゼ配下の兵士が止めるのも聞かずにエリーゼの寝室の扉を叩くと、中から物凄く不機嫌そうな声が返ってきた。
「あの……」
ソマスが喋り出す前に、寝室の扉が開いてエリーゼが顔を出した。
「まったくこのやろ……ああ、ソマスか。一体、何の用?」
エリーゼはすぐ態度を変える。彼女はソマスを嫌っていなかったし、むしろかわいい後輩くらいに思っていた。
「エリーゼさん、緊急事態です。ズィーメリーの人たちが王の寝所を急襲しています」
「何だって?」
彼女はぐっと眉をひそめる。
「それで陛下はどうしてるの」
「分かりません。とりあえず、いま戦力をかき集めています」
「分かった。私もすぐ行こう」
エリーゼは一度部屋に引っ込むと、すぐに支度を終えて部屋から出てきた。部屋着の上から胸あてだけを付け、小ぶりの剣と星雲氷だけを持っていた。
エリーゼと彼女の率いる少数の騎士たちとともに兵舎を出、通りを走っている時、ソマスはふとある危険性に気づいた。
「そういえば、聖遺物の保管してある場所は無事なのでしょうか」
ソマスに言われて、エリーゼはふと足を止める。聖遺物は公のものなので、聖遺物を割り当てられた騎士は使用したあと毎回保管庫に返還しており、その保管庫は”ベネディクトゥスの塔”に比較的近い場所にあった。
「確かに、聖遺物が奴らの手に渡れば、我々になす術はない」
誰かが向かうしかない。ソマスの決断は早かった。
「私が保管庫に行きます。エリーゼさんは陛下の方をお願いします」
年下が仕切る形になってしまったが、エリーゼは嫌な顔一つせず「分かったわ」と返事した。
この時、"ベネディクトゥスの塔"ではズィーメリーの騎士たちが三階にある王の寝所の扉にかじりついていた。幸い、王は錠をして中から抵抗しているようだったが、その錠が破られるのも時間の問題に思えた。既に異変に気付いたシュレーンの騎士が何人か到着して戦っており、死者も出ていた。そんな中、エリーゼ率いる十数人の騎士が到着した。
「あっ、エリーゼだ! エリーゼがいるぞ!」
彼女の姿をみとめると、ズィーメリーの騎士たちは騒ぎ立てた。一定の距離を保ちながらも、口々に罵詈雑言を吐きかけてくる。エリーゼは騎士たちの中にイレーネの姿を探したが、彼女はここにはいないようだった。
「詮無きかな」
エリーゼは大きく踏み込むと、一番近くにいたズィーメリー騎士を一刀のもとに斬り捨てた。
「おい! やりやがったなぁ!」
怒れるズィーメリーの騎士たちが次々と襲いかかってくるが、エリーゼは三人ほど立て続けに斬り伏せる。相手は重武装だったが、エリーゼにとっては甲冑の隙間に剣を差し込んで肉を断つことなど造作も無いことだった。
「丁度良かった。暴れたかったんだよね。まあ、あんたたち相手じゃ暴れ足りないんだけど」
エリーゼがそう言うと、相手の騎士たちの中からマグラーが出てきた。
「おい、イレーネに負けたくせに随分偉そうだな」
「じゃあ、イレーネを呼んできてくれる?」
「その必要はない」
マグラーは鎧にジャラジャラと付けた聖雲氷に大量の霊漿液を流し込み、神秘術を発動させた。
*
カナーノキア市内の他の場所でも、ズィーメリーの騎士は行動を起こし、シュレーン騎士を襲ったりなどしているようだった。しかしそれに対して早くもモーガンが出動しており、ところどころで戦闘が勃発あるいは既に鎮圧されているようだった。
(恐らく、初動には成功している。あとは、聖遺物が無事でさえあれば……)
ソマスは祈るような気持ちで走った。
保管庫の辺りは静かで、人が集まっている気配は無かった。ほっとして保管庫の扉に手をかけ、錠を探る。そこでソマスは青ざめた。錠が壊されている。急いで扉を引いて中に入ると、三つの聖遺物は弱い光を放ちながらまだそこにあるのが見えた。そして脇には、たった一人の人間が佇んでいるだけだった。しかし、その人間とは、今この場に最もいてほしくない人物だった。
「イレーネどの、聖遺物から離れて下さい」
ソマスが呼びかけると、イレーネはゆっくりと振り返る。その表情は、どこか物悲しげだった。
「誤解しないで。私は、謀叛なんか起こす気はありません。ただ、聖遺物がひとつ必要なのです」
イレーネは三つの聖遺物のうち、「鈍白の霹靂」に手を伸ばす。
「ダメです。どんな理由があろうと、聖遺物を勝手に持ち出すことはできない」
そう断じるソマスに対し、イレーネは首を横に振る。
「このカナーノキアに、私とテレジアが生きていける場所はない。もう、ここを出ていくしかないの……」
その言葉だけで、ソマスはイレーネとテレジアの関係を察する。白い光を放つ聖遺物を握りしめる彼女の手は、少し震えていた。イレーネは強いから涙は流さない。しかし心の中では泣いているのではないか、と思ったりした。
「そのことについて、エリーゼさんと何かあったのか?」
丁寧表現も忘れて、二人はそれぞれの考えていることをぶつけ合っていた。
「まあね。だからエリーゼを殺したかった。けど出来なかった。何よりテレジアがそれを望んでなかったから」
「恋のために何もかも捨てるのか! 十字軍の崇高な使命も、そのために頑張っている私たち仲間も、築き上げてきた名声も、全て捨てるのか!」
「ええ、そうね」
「お前は決闘の時、騎士の誇りを口にした。だけど今のお前は騎士じゃない」ソマスも感情的になってくる。「少なくとも、何もせずいなくなればいいはずだ。聖遺物を我々から奪っていく必要はない。聖遺物が無ければ防衛十字軍は異教徒を迎え撃てないんだぞ」
「違うよ、ソマス」イレーネはついに「鈍白の霹靂」を持ち上げる。「単にいなくなるわけじゃない。この先ずっと一人でテレジアを守っていかなきゃいけないんだ。私も聖遺物の力が必要なんだよ。これは、私の覚悟だ」
イレーネが素早く霊漿液を聖雲氷に流し込むと、爆炎がソマスに向かって吹き上がった。




