ズィーメリー謀叛
(何が起こったんだ?)
決闘の様子を注視していたソマスだったが、一瞬理解が追い付かなかった。そのうちに、顔が熱を感じ始めた。その熱気は、イレーネの剣から発せられているものだった。ソマスは全てを理解する。
イレーネは神秘術で自分の剣を熱して高温にしていたのだろう。その剣は高温にも耐えうる素材で出来ていたに違いない。エリーゼの剣はその高熱を帯びた剣に受け止められた際、熱に耐えられずあっさり切断されてしまったのだ。構えの時にイレーネが盾で自分の剣を隠すようにしていたのは、剣が熱されているのを気づかれないようにするためだったのだ。
剣を失ったエリーゼだったが、勝負はまだ分からないとソマスは思った。
(エリーゼさんは簡単には諦めない。イレーネどのが油断すれば、あるいは……)
イレーネはエリーゼの腹部を狙って剣を突き出す。エリーゼは咄嗟に使い物にならなくなった剣を捨てて盾を右手に持ち替え、左手で相手の右手を掴んで小さな雷を直接相手の体に流し込んだ。これは流石にイレーネも防ぎきれず、体が痺れて動きが止まる。あまりに至近距離で雷を発生させたのでエリーゼの体ごと痺れたが、使用者自身はそれに慣れているのでイレーネよりも先に動き出すことができた。
(イレーネどのが危ない)
ソマスは、イレーネには死んでほしくなかった。シュレーン人としてはエリーゼを応援するべきなのだろうが、イレーネの性格も憎めなかった。引き分けてくれたら、などと思っているが、この手の決闘に引き分けは考えにくい。やはり、どちらかが死ななければいけないのだろうか……。
エリーゼはイレーネの肩付近目掛けて盾をぶつける。イレーネは体勢を崩してふらつく。もう一度、今度は頭に打撃が当たる。イレーネは頭を押さえて後ずさった。手応えから、もう一度当たれば彼女は確実に気絶するだろう。エリーゼが一歩踏み込んで最後の一撃を食らわせようとした時、イレーネはすかさずその踏み込んだ足を蹴り飛ばしていた。
一瞬の逆転劇だった。エリーゼは何とか体勢を整えようとしたが叶わず、地面に倒れこむ。反対にイレーネは体勢を起こすと、剣の切っ先を相手に向ける。
(まずい、エリーゼさんの性格なら、絶対に降参しない)
ソマスはコンラト王に目で合図を送る。当事者以外で、この決闘を終わらせる権限があるのは王しかいない。
だが、イレーネは決闘を止める暇など誰にも与えるつもりは無かった。ひと思いに刺し殺す勢いで、彼女が剣を突き出そうとした時、
「もう、おやめください!」
悲痛な声が響き渡った。
「もう十分です。イレーネさま……」
それは、テレジアの声だった。イレーネは構えを崩さないまま、動きが一瞬止まる。その機を逃さず、コンラト王が叫んだ。
「そこまでっ! 勝者、イレーネ・ルン・フィーラ!」
決闘終了の宣告を受けて、イレーネは渋々剣を収める。
「テレジアに救われましたね。感謝してください」
去り際、彼女はそう言い残していった。エリーゼは俯いたまま拳を握りしめる。その眼には、屈辱と怒りの炎が宿っていた。
*
決闘の結果はイレーネの勝利だったが、この日の出来事はむしろズィーメリー側の方に大きな不満が残った。
決闘が行われた日の夜、ズィーメリーの騎士はカナーノキア市内某所の一室に集まっていた。
「イレーネが勝ったからよかったものの、決闘を行わなければ、陛下はエリーゼに有利な判断をしていたに違いない」
そういう声が出た。
「この先、事あるごとにシュレーン側に裁判を吹っかけられたらたまったもんじゃない」
「知ってるか? シュレーン人どもは今回エリーゼが負けた腹いせに、我々を陥れる策を練っているらしいぞ」
そんな噂まで立った。
その場を仕切っていたのは、「七人の騎士」の一人、マグラー・ファ・デュッセンだった。彼は、ズィーメリーの騎士たちの憤りをうまく利用すれば、自分が防衛十字軍内での主導権を握れるかもしれないと考えていた。彼にとって自らの権勢を強めたいという野望は、異教徒との戦いよりも重要なものであった。
「今晩、陛下には退位を願い出ようと思う。もちろん、ただお願いしに行くのではない。大勢で武器を携えて寝所に押しかけるのだ」
マグラーはズィーメリーの主だった騎士たちを集めて自分の計画を説いた。
「もし、陛下がどうしても首を縦に振らなかったら?」
そう質問する者がいた。
「無理にでも退位していただく。それが神のご意思であることは、先程の決闘で陛下の心と違う結果が出たことでも明らかだろう」
よく分からない理屈でも、聞いている者の感情に沿えば通りやすい。ズィーメリーの騎士たちは熱心にマグラーの言うことに聞き入っていた。その場にイレーネもいたが、情熱的な他の騎士たちとは対照的に、どこか物憂げな冷めた表情で腕を組んでいた。
*
ソマスは何となく心がざわついて、夜遅くまで眠れなかった。仕方なく起きて考え事をしてみる。
(イレーネどのは、明らかにエリーゼさんを殺そうとしていた。決闘に勝つためではなく、エリーゼさんを殺すことそのものが目的であったかのようだ……。何がイレーネどのをそこまで駆り立てたんだろうか)
エリーゼの訴え出たことが真実かどうか、それは今更考えても仕方ない。既に裁判は終わっている。ちなみに、ソマスは決闘裁判の結果が神の意思であるなどとは信じていなかった。それは人間が勝手に考えた理屈だ。神の意思がそんなに簡単に推し測れるわけがない。
(この件がこれで終わるとは思えない)
裁判というのは、罪状の有る無しについてしか判断がされないものだ。もっと根本的な、二人がねじれるに至った原因については、何も分からないままだった。
(そもそもイレーネどのにとって、防衛十字軍とはどういう場所なのだろう……)
誰もがそれぞれの想いを持って防衛十字軍に参加している。ソマスにも自分なりの事情があった。聖地防衛という同じ理想を共有しているように見えて、全く同じ動機でいることなど有り得ないのだ。エリーゼなどはある意味単純で、騎士として国際的で規模の大きい場所で活躍してみたかったのだろう。しかし、イレーネからは何の動機も見えてこなかった。そこに、彼女の不気味さがあった。
(まあ、それこそ今考えても仕方の無いことか。憶測で答えは出ない)
ソマスは頭を冷やそうと窓を開ける。すると、夜風に乗って微かに、甲冑を着けた人間の足音のような、金属のぶつかり合う音が聞こえた。
(ん? こんな時間に妙だな……)
その足音は、どこか速足だった。夜間に巡回する兵士は普段からいるが、こんなにせわしなく歩いたりしない。それに、巡回の兵士にしては数がとても多かった。
何か大事が起こったか。ソマスは椅子を蹴って立ち上がる。念のため剣を佩き、手の平で握りこめるくらいの小さな聖雲氷を持って寝室を飛び出す。そして、音が聞こえてきたと思った方へ慎重に歩いていった。幾つかの通りを過ぎる間、異変は見当たらなかった。しかし、"ベネディクトゥスの塔"がある地区へ続く通りにさしかかった時、目を疑う光景に遭遇した。
何十人もの武装した騎士兵士たちが通りを足早に駆けていく。ソマスは慌てて建物の隙間に隠れた。一体誰の配下の者だろう。建物の陰からこっそり覗いていると、
「貴様ら何の用だ!」
咎めたてるような声が、すぐ近くでした。見つかったか。そう思ってソマスは剣に手をのばしたが、すぐに杞憂と分かった。
見回りらしき三人の兵士が、武装した一団を発見して呼び止めていたのだ。
(よかった、奴ら隠れて何をしようとしていたが知らんが、これで一安心だ)
ソマスがホッとした矢先、武装集団はたちまち三人の兵士を斬り捨てていた。




