決闘裁判
イレーネは負けずにエリーゼを睨み返す。その目を見たとき、そこに静かな殺意が宿っているのをエリーゼは感じ取った。
「まさか……最初から私を殺すつもりだったの!? いくら私が憎いからって、こんなことまでするなんて……」
「何を言ってるんですか、エリーゼさん。私があなたを殺したいほど憎む理由がどこにあるんですか? それとも……」
イレーネの声は不気味なほど落ち着いていた。
「私に恨まれるようなことをした覚えでも、あるんですか?」
「それは……」
イレーネに強引に迫ったことなど、皆の前で言えるはずがない。エリーゼはうまく嵌められた。エリーゼは、別に自分が不道徳なこと自体はバラされてもいいと思っている。しかし、今はイレーネを裁かなければいけない。自分が殺されかけた恨みは、何としてでも晴らす。
エリーゼはコンラト王の方を向き、勝負に出た。
「陛下、イレーネの言うことに耳を貸さないで下さい。この者の裏切りは防衛十字軍全体を危険に晒しました。どうか彼女に厳しい裁きを」
防衛十字軍の主要な騎士には訴追権限が認められることになっている。「七人の騎士」の一人であるエリーゼは、言わずもがなだった。
「うーん、そうだな……」
コンラト王は腕を組み、考え込み始めた。エリーゼにはある企みがあった。このまま口論が長引けば、塔に集まって来た騎士たちが勝手にシュレーン閥とズィーメリー閥に分かれて争い始めることが予想される。そうなれば、シュレーン王国出身のコンラト王はエリーゼに味方せざるを得ない。そういう目論見だった。実際、だんだんと周囲が不穏な空気になっていく。
「エリーゼの訴えは言いがかりです! こんなことでいちいち裁判をやられていたらたまったもんじゃない」
真っ先に割り込んできたのはマグラー・ファ・デュッセンだった。彼はズィーメリー人としてイレーネの肩を持たなければ、他のズィーメリーの騎士たちを不安にさせてしまうと考えていた。
「いえ、ここはしっかりと慎重に調査すべきです。エリーゼさんの言うことがもし本当なら大事です」
すぐにモーガンが反論する。彼はシュレーン人としてのズィーメリー人への対抗心が人並みに備わっている。それにモーガンは、エリーゼとともにハーッタンで命を落としかけた当事者でもあった。
「我々ズィーメリーの騎士はポゼンを失っているんだぞ。同じズィーメリー人であるイレーネがそんな結果を引き起こす訳がない」
マグラーも言い返すが、早くも理屈があるのかないのか分からない感情論になっている。
「皆落ち着け。今のは訴追権限者からの正式な訴追があったということだから、厳正な裁判の手続きをとり……」
「待ってください」
場を収めようとしたコンラト王の発言を遮ったのは、イレーネ本人だった。彼女がそれまで会議の場で積極的に自分から提案することはなかったので、エリーゼは少し意外に感じた。
「神明裁判を望みます」
イレーネの発言に、場がどよめく。騎士が神明裁判を行うとすれば多くの場合それは決闘になる。理のある方に神が加護して勝たせるため、決闘に勝った方を勝訴者と認定していいという理屈だ。コンラト王が贔屓できないような方法という点では賢明かもしれないが、決闘に負ければ例え自分に有利な事案でも敗訴という扱いになってしまう危険もある。
「イレーネ、それはどういう……」
コンラト王も困惑している。
「勿論、私とエリーゼさんとの決闘です。私たちは騎士なんですから」
*
カナーノキア市内の広場にて、簡易の決闘場が設けられた。一応裁判なので、一般に公開されることとなる。ソマスたち幹部騎士たちは勿論のこと、騎士同士の決闘に物珍しさを感じた市民たちも大勢見に来ていた。先ほどコンラト王が開廷の宣言をし、文官がしたためた起訴状の読み上げ及び罪状認否も簡潔に終わった。いよいよ、当事者同士による決闘が行われる。
「訴追人エリーゼ・シャン・クロー及び、被告人イレーネ・ルン・フィーラ。両名前へ」
コンラト王が呼びかけ、両者ともに準備に取り掛かる。決闘場に持ち込めるものは持参した剣と盾、簡素な胸当て、こぶし大の聖雲氷をそれぞれ一つずつと決まっていた。胸当てを付けた後、左上腕を少し傷つけて霊漿液を滲ませ、そこに聖雲氷をあてて従者に手伝ってもらいながら固定する。
イレーネの決闘の手伝いをしているのは、言うまでもなくテレジアだった。
「あの、イレーネさま、これは……」
テレジアは半泣きになりながら包帯を巻いている。
「これは、私のためにやってくれているのですか? 私への愛を示そうとなさっているのですか?」
「そうよ」イレーネは淡泊に答える。「だけど自分のためでもある。私が、あいつを殺さなきゃいけないの」
「こんな危険なこと……本当に、あのエリーゼという騎士に勝てるのですか? 生きて帰ってこれるのですか?」
不安が止まらないテレジアの頭に、イレーネはぽんと手を置いた。
「勝てる自信が無かったら、決闘など申し込んでいない」
しばらくそうしていると、痺れを切らしたコンラト王が
「被告人、早くしなさい」
と催促してきた。イレーネは素直に従って決闘場へと歩み出た。
「私、エリーゼ・シャン・クローは、この決闘の結果が神の御意思によるものであり、決闘の勝者の主張が全面的に認められることに合意します」
「私、イレーネ・ルン・フィーラは、この決闘の結果が神の御意思によるものであり、決闘の勝者の主張が全面的に認められることに合意します」
宣誓が終わると、両者とも構えをとる。両者とも、右手に剣を、左手に盾を握っている。イレーネは盾を前に構え、剣をその後ろに隠して見えないようにした。
「はじめよっ」
王の号令をかけるが、二人はすぐに動き出すことはせず、慎重に相手の出方を窺っている。
決闘が戦場と違うところは、槍と剣という違いもあるが、一番気を付けなければならないのは場の狭さだ。決闘場は正方形をしており、一辺の長さが十歩ぶんほどしかない。至近距離で戦わせることによって決着は早くなり、場合によっては一瞬で勝負がつくこともざらにあった。
エリーゼは警戒しながらも、剣を高く掲げて一歩前に踏み出す。現在二人の距離は五歩半ほど。互いに相手の神秘術がどういうものかは知っている。イレーネの"ラファエルの戒飭"は、炎を生み出す。エリーゼの"ウリエルの啓佑"は、小さな雷を落とす。どこでそれを炸裂させるか、どう使うのが効率的なのか。計算して発動させていかなければならない。
先に動いたのはエリーゼだった。
イレーネのとっている構えは防御向きで、すぐに攻撃には移れない。それを踏まえてエリーゼは、自分の打突が届く位置にまで間合いが詰まった瞬間に左上腕に力を入れて霊漿液を絞り出すと、小さな雷を相手に向かって放出するように発生させた。イレーネもすかさず相手の神秘術を打ち消す神秘術を使う。その際、彼女が左腕を前に出す格好になったところを、エリーゼは盾で横ざまに相手の盾を払いのけた。イレーネは体勢を崩し、右わき腹ががら空きになる。その箇所めがけてエリーゼは渾身の打突を繰り出した。イレーネはすぐさま剣で攻撃を受け止めようとするが、エリーゼの振り下ろす力の方が圧倒的に上回っているのは明らかだった。
端から見ていたソマスにとっても、明らかにエリーゼが優勢に見える。しかし、イレーネが奇妙なほどに落ち着き払っているのが引っかかった。それに、イレーネはまだ一度も攻撃の神秘術を発動させていない。これはエリーゼさん危ないかもな、とソマスは思った。
次の瞬間、エリーゼが勢いよく振り下ろした剣は、手ごたえなく宙を切った。見ると、その剣が真ん中くらいから綺麗に切断されている。刃先の方だけが無残に地に転がっていた。




