落日
「我はセルヴエン伯が子、防衛十字軍騎士ポゼン・ファ・ヤート! 六猛将はいるか! 誰でもいいからかかってこい!」
ポゼンははじめから敵将との一騎討ちしか目論んでいなかった。少ない兵で大軍を止めるには、それが最も効率が良い。ラティナで呼びかけて自然崇拝者たちに伝わるかどうか分からなかったが、恐らく喚いてるだけで目立ったのだろう。敵兵の群れの中、透き通るような黄金色の光を発しながらこちらを弓で狙っている馬上の武者がいた。それは六猛将の一人、スィンカッサだった。
スィンカッサが矢を放つと、ポゼン目がけてやけに正確に矢が飛んでくる。防御の神秘術を使ってこれを防ぐと、矢はあらぬ方向へと飛んで行った。弓の精度が異常に良いのは魔術と聖遺物の作用だろう。それなら防ぎ続けることが出来る。ポゼンはスィンカッサに向けて馬を駆けさせようとした時、後方から急接近してくるもう一つの敵影に気づいた。槍一本のみを携え、薄い緑の光をまとったその騎馬武者は、新しい馬に乗り換えたセイシャルだ。
(一騎討ちに応じるつもりは無いということか。それもいい。二対一、引き受けてやる)
ポゼンはまず近づいてくるセイシャルに狙いを定め、神秘術を発動する。ヤート家に伝わる神秘術では、相手に病を得させることができた。ポゼンの身に着けている聖遺物「紫稀の祝福」がより一層の輝きを放つ。それを見て危険を察したのか、すかさずセイシャルは防御の魔術を発動した。
(一撃で決まるほど甘くは無いか)
近接戦に備え、ポゼンは槍を構える。そして、突進してくるセイシャルに向けて打突を繰り出すと、その攻撃はいとも簡単に摺り上げられて捌かれてしまった。
(この異様な手つきの速さ……これも、魔術で強化しているのか?)
セイシャルが槍の向きを返してこちらを突こうとしてくる。ポゼンは咄嗟に防御の神秘術を発動した。しかし、セイシャルの熟練した槍術は、魔術によるものではない。当然、その攻撃を防ぐことはできず、ポゼンの脇腹に槍が深々と突き刺さった。
「ん……ぐう……」
ポゼンは踏ん張りを失い、力なく馬から落ちていく。地面に打ちつけられ、最早立ち上がることさえできないポゼンに、チェルシャラン軍の兵士たちがわっと群がる。彼は、「七人の騎士」の二人目の死者にして最初の戦死者となった。
*
「このまま更に敵中を突破し、シェランとチャーマッシュのいるチェルシャラン軍本陣を狙う!」
そう強弁するイレーネをソマスはなだめつつ思考を巡らしていた。
彼らは今、主戦場となっている平原北側からはやや離れた平原南側にいた。イレーネは、危機に陥っているコンラト王本陣を救いに行くより、敵本陣を衝いて打撃を与えた方が良いのではないか主張しているのだった。
(確かに、敵がコンラト王を討つのが早いか、こちらが敵大将の首を取るのが早いかという戦いを仕掛けるのも一つの手だ。しかし、こちらに分はあるのか)
シェランとチャーマッシュは、中央よりもやや北側に陣を移動させていた。それに加えて敵本陣の南側には、ピクシール率いる三千人ばかりの兵力が戦闘に参加せず温存されたまま控えていた。
(問題はそれだけではない。敵大将を討ったとて、それにどれくらいの価値があるのか)
防衛十字軍の目的はチェルシャラン朝を滅ぼすことではない。あくまで聖地奪還が至上命題だ。シェランやチャーマッシュ・シェンを倒しても、カナーノキア王コンラトやその他有力な騎士たちが心中してしまっては、今後何十年と聖地を守り続けることは不可能だろう。
以上のことを総合して考え、ソマスは決断した。
「我々は引き返しましょう。コンラト王を襲う敵軍勢に背後から攻めかかり、王を救うのです」
イレーネは自分の意見が容れられず不満そうだったが、渋々ながらソマスに従った。
(もしかしてイレーネどのは、何か別の企みがあるのか……?)
嫌な想像が頭をよぎってしまい、ソマスは頭を振る。もし彼女の主張通りに動けば、コンラト王や、北側の戦場にいる多くの騎士、マグラーやモーガンやエリーゼをも見捨てることになる。その中に、イレーネの死んでほしい人物がいるとしたら……。
あまりに嫌な話だったので、ソマスは考えるのをやめた。大きな組織にいて、自分も性格が曲がってしまったようだ。一つ、苦笑いを浮かべた。
マグラーの軍勢を蹴散らし、ミル・ウェ・リやポゼンをも討って快進撃を続けていたチェルシャランの主力軍勢は、コンラト王のいるところまであと少しというところまで迫っていたが、ソマスとイレーネが引き返して向かってくると聞き、慎重にならざるを得なかった。
「ソマス・ウェ・ターリエらに追いつかれては、挟撃される形になる。ここらで退却しよう」
スィンカッサはセイシャルのところまで言って助言した。
「しかし、もう少しで敵の王を討てるのだ。この機会を逃したら、奴らはカナーノキアの城壁内に閉じ籠ってしまう」
セイシャルは好戦的だった。
「焦って戦果を拡大しようとするのが一番良くない。我々だってカナーノキア攻城を行うだけの兵力を残しておかなければならないんだぞ」
スィンカッサに諫められ、セイシャルは配下の兵たちに退却の合図を出す。スィンカッサも続いて命令を出し、他の将たちもそれに倣った。防衛十字軍とチェルシャラン軍は分かれ、ハーッタンの戦いは終わりを告げた。
この戦いで、防衛十字軍側の死傷者は約五千、チェルシャラン軍側では推定二千にのぼった。レチャカーンの持っていた聖遺物「鈍白の霹靂」は防衛十字軍が奪い、反対にポゼンが持っていた「紫稀の祝福」はチェルシャラン軍側にわたったため、聖遺物を互いに三つずつ保有するという状況は変わらなかった。
死傷者の数という戦術的な勝敗だけでなく、チェルシャラン軍の進撃を止めるという目的を達することが出来なかったという点においても、防衛十字軍の戦略的敗北と評価される結果となった。
*
朝方に始まった戦いは昼頃には完全に終結し、その日の夕方には防衛十字軍は聖地カナーノキアに帰還していた。負傷者の収容はまだ完了しない無かったが、防衛十字軍の幹部騎士らはひとまず"ベネディクトゥスの塔"に集まった。ここはコンラト王が執務を行う他、重要な会議や政治性の強い裁判を行ったりもする。
「一体どういうつもりなの! 危うく私の兵士たちが全滅するところだったけど!」
広間に入室するなり、エリーゼは兜を床に叩きつけて声を荒げた。怒りの矛先は勿論イレーネだった。イレーネが北側の戦場を放っぽりだして南側へ向かったために、エリーゼ勢とモーガン勢は敵に包囲される形となり、死にかける経験を味わったのだ。
「あの、何のことでしょうか、エリーゼさん」
イレーネは不思議そうな顔をしてみせる。
「しらばっくれないでよ。あんたが打ち合わせと違う行動したから、こういう結果になったんでしょ! なんで南に向かっていったの」
エリーゼの激しい剣幕に、人の注目が集まってくる。その場には、ソマスやコンラト王の姿もあった。
「南の方が危ないと思ったからです。北側の戦況は、エリーゼさんが押していたようですし」
「ふん、どうだか。ソマスはどう思う?」
急に話を振られたソマスは「さあ、ちょっと私には……」と言葉を濁した。正直なところ、彼には判断がつきかねた。確かに、イレーネがあの時南側に来たのは妙だなと思ったが、彼女の南方面への突撃によってソマスたち右翼が楽になったこともまた事実であった。
「状況によって臨機応変に対処するのは当然じゃないですか」
あくまでイレーネは自分の非を認めないつもりだった。
「その結果、十字軍の負けって状況になってるけど、どう弁解するの?」
「そうですね、エリーゼさんが思ったより弱かったっていう誤算はあったかもしれません」
「あんたねえ!」
エリーゼはぐっとイレーネに詰め寄った。




