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場違いな戦果

 イレーネは、南へ向かっていた。彼女が敵セイシャル勢の横っ腹を衝くには、北へ向かうべきである。イレーネの転進は、彼女がエリーゼのいる戦場から遠ざかっていることを意味した。


「は? どうなってるわけ?」


 イレーネは一体、何を考えているのだろうか。もし何か特別な事情が生じたのなら、それは仕方ない。戦況というのは生き物のように刻々と変化するものだ。しかし、そうではなく故意的なものだったら……? エリーゼに思い当たることは一つしかない。イレーネに対してしたことへの意趣返しだ。そうだとしたら、自分は死地に放り込まれるように嵌められたということだ。エリーゼは背筋が凍った。でも、いくらなんでもここまでやるか……? 


 エリーゼは直感的に、自分の今置かれている状況のまずさを悟っていた。既にエリーゼ勢とモーガン勢はもと布陣していた位置からかなり前進してしまっており、今更後退することはできない。とすると、今目の前にしている敵を、ここにいる軍勢だけで相手しなければならなかった。


(北側に配置されている敵の数が、大したことなければよいが……)


 その淡い期待も、やがて絶望に打ち砕かれていくことになる。


 *


 イレーネ勢はそのまま南へ駆け続け、ポゼンと戦っている最中のシャイマッセン勢と衝突した。


 イレーネ勢の兵士は皆、イレーネだけを追って一生懸命に走っている。彼女についていくことで、戦場で生存する確率が最も高くなると知っているからだ。皆、何の疑問もなく南下し、そのまま目の前の敵と戦い始めた。


 シャイマッセン勢はイレーネ勢に対しても、投げ縄を放って騎兵を引きずり降ろそうとしてくる。ここで、イレーネは一旦馬を止めた。


「歩兵、槍を立てよ!」


 イレーネも自ら槍をまっすぐ縦に持ってみせる。彼女らの持つ槍は人の身長の三倍以上にもなる非常に長い槍で、隊が一斉に槍を立てると、ちょっとした林のような風景になった。


 そんなイレーネ勢に、シャイマッセン勢が次々に投げ縄を繰り出す。しかし、その縄たちは槍に引っかかって邪魔され、騎兵を捉えるまでには至らなかった。


「ウィンガルト伯領の兵士たちよ、再び突撃せよ! 敵中を突破し、敵後方に抜けるぞ!」


 イレーネは投げ縄の引っかかった槍を捨て、剣を抜く。近くにいる他の者も同様に槍を放し、剣に持ち替えた。


 味方兵士と敵兵士が入り乱れ、殺し、殺されていく。イレーネは久々の戦場の感覚を味わっていた。戦場で最も大事なことは、目や耳に入ってくる情報の取捨選択だ。自分が狙うものはただ一つ、敵将の命だ。指揮官を失えば自ずと兵の士気は挫かれ弱体化するし、何よりイレーネも一般的な騎士に違わず一騎討ちを好む性格であった。


 敵兵の中に、ひときわ立派な鎧を着こみ、周囲に指示を飛ばしている武者の姿があった。そいつが六猛将の一人、シャイマッセンに違いない。イレーネは馬の腹を蹴り、その武者目がけ走らせる。相手もイレーネに気づき、得物の槍を構えた。だが、次の瞬間シャイマッセンの目の前で炎が飛び散り、彼の視界を遮った。その炎はイレーネが神秘術”ラファエルの戒飭"で出したものだった。シャイマッセンは顔に熱を感じ、目を細めながら防御の魔術でそれを防ぐ。しかし、視界を奪われたその一瞬のうちに、イレーネの剣先が相手の脇腹を鋭く突いていた。


 イレーネが一騎打ちを制したことでイレーネ勢の兵士たちの士気は否応なしに高まった。その勢いはとどまることを知らず、シャイマッセン勢を打ち破って更に南へ進み、ソマス勢と交戦しているレチャカーン勢にまでなだれこむ。敵兵士たちは思わぬ方向からの攻撃に驚愕し、一気に浮き足立った。


(なぜイレーネどのがここに……?)


 ソマスは不思議に思わないでもなかったが、そんなことよりも、苦戦している状況から降って湧いたこの好機を逃すわけにはいかなかった。


「オルトモンテ候領の兵士たちよ、私に続けーっ!」


 ソマスが先頭を切って突撃し、それに兵士たちも続く。完全に逃げ腰になっている敵兵士に対し、容赦なく槍が繰り出され、みるみる死体の道が出来ていく。だが、相手側も黙ってやられてはいなかった。


 ソマスに向かって猛然と向かってくる、一騎の武者があった。その武者はうっすら白色の光を放っている。聖遺物「鈍白の霹靂」を持った敵将レチャカーンだった。


(聖遺物を持った者同士の戦いは、これが初めてだ。一体、どんなことになるのだろうか……)


 ソマスは緊張しながらも、冷静に鎧の内側にある棘を自分の体に刺し、霊漿液を流す。聖雲氷が熱くなると同時に、聖遺物「真紅の十字架」の放つ光も段々と大きくなっていく。砂がぽつぽつと体に当たるのを感じながら、ソマスは相手との距離が縮まるのを待った。


 いや、これはただの砂じゃない。はっと気づいて手で掬ってみる。砂の周りに薄く氷の結晶が張り付いている。明らかに超自然的な力が働いていた。


(これが敵の魔術だとすると!)


 ソマスが周囲に警告する間もなく、無数の氷の礫が一斉にソマス勢の先頭の方を走っていた兵士たちに降り注ぐ。ソマスは咄嗟に防御の神秘術を発動させて防いだが、周囲の兵士たちは氷に骨を砕かれ、肉を断たれて体を欠損させながら地に転がった。


(これが聖遺物の力か……いや、自分も使っている筈なのだけど、食らわせるのと食らうのでは大違いだな……)


 ソマスは槍と盾を構えながらも、神秘術に集中する。やがて、敵の第二波攻撃が襲ってくる。これもソマスは防御の神秘術で乗り切った。


(これではこちらが一方的に攻撃を浴びているだけだ。なんとか、この状況を打開しないとな)


 如何せん、ソマスの神秘術は遠距離での戦闘には向いていない。だが、こういう時の対処法をソマスは既に思いついていた。それは、下が砂地でないと成立しないのだが、幸い今ソマスらがいる場所は、平原の中でもかなり砂の割合が高い場所だった。


 ソマスは地面に槍を突き立て、神秘術"アダムの傲岸"を発動させながら一気に引き抜く。その衝撃は聖遺物「真紅の十字架」によっても増幅され、周囲一帯の砂を引っ張って少し持ち上げるほどになった。急に地面の砂が持ち上がったことで、こちらに向かって走っている敵将レチャカーンの馬もやや足を取られた。


「うおっ」


 その状態で放った敵の魔術攻撃は制御を失い、あらぬ方向へと飛んで行った。すかさずソマスは馬を走らせ、敵との距離を一気に縮める。そして神秘術を発動させながら槍を繰り出すと、相手も防御の魔術を使ってその打突を受け止めた。しかしソマスはすれ違いざまに盾をレチャカーンの体に叩きつけ、その敵武者を馬から落とすことに成功した。


 レチャカーンは慌てて立ち上がり、痛みに顔を歪ませながらももう一度槍を構えようとする。だがその前に、続くソマスの一閃によって、その頭は胴から離れていた。


 *


 平原の南側ではイレーネ、ソマスがチェルシャラン軍の六猛将のうち二人を相次いで討ち取り、防衛十字軍側の優勢が決定的になった。一方平原の北側では、エリーゼ勢とモーガン勢が敵セイシャル勢とスィンカッサ勢に囲まれて孤立し、戦場は地獄と化していた。


 モーガンは先ほどから自分の周りの騎士たちに向かって一寸も違わず正確に矢が飛んできて、その命を奪っていくのを目の当たりにしていた。恐らくこれが敵将スィンカッサの魔術で、聖遺物「琥珀の不死鳥」に強化されていることで恐ろしい威力を発揮しているのだろう。モーガンは生きた心地がしなかった。


 そんなモーガン勢を先に仕留めようと思ったのだろう。セイシャル勢もモーガンに標的を定めて突撃し始めた。

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