改宗異教騎士エリーゼ(後編)
私が神秘術を使って繰り出した突きの速さに、相手の騎士は驚いた表情を見せる。殺せる! そう思ったが、刃先が敵の胴に届く一寸手前で、相手はひらりと馬上で身をかわしていた。
(並外れた運動神経の持ち主だ……相当手練れの騎士だな)
私は相手の横を駆け抜けると、反転して槍を構えなおす。さっきの一突きでこちらの手の内は分かってしまった。そうなると、さっさと相手を仕留めにかかるか、反対に防御に徹して慎重に戦うか……。私はせっかちな心を抑えきれず、早く決着をつける方を選んだ。
槍を真っすぐ相手の胸あたりに向け、馬を走らせていく。相手も槍を構え、私の打突を受ける格好を取っている。
(分かっていても、避けられまい!)
私は神秘術で動きを加速し、一気に槍を突き出した。その瞬間、私の体に痺れるような衝撃が走り、手足が固まって動かなくなった。
(あっ……)
相手はすかさず槍を私に向けて突き刺してこようとする。咄嗟に私は馬の動きの方を加速させた。丁度良く馬も地面を蹴ってくれて、私は一瞬のうちに敵の後方まで駆け抜けていた。相手の槍先が空を切る。危なかったが、私は敵の攻撃をかわすことができた。
(なんだったんだ、あの衝撃は)
私の体は固まったまま、まだ動かすことはできない。体が痺れる直前、相手の騎士の周囲から小さな雷のようなものが光るのを見た。そういえば、雷に打たれた人間は体が痺れて動かなくなると言われている。つまり、私は相手の発生させた小さな雷に打たれたのだ。
(これが奴の神秘術か)
相手の騎士は兜を外し、逆立った自分の髪の毛を悠長に整えている。追加で攻撃を仕掛けてくる意思はないようだ。声だけでは分からなかったが、長い金髪を持つその騎士は女性だった。私は意外さのあまり、しばらく相手を見つめてしまっていた。
「ねえ。あんたは防衛十字軍にいなかったから知らないと思うけど、イレーネ・ルン・フィーラには気をつけなよ」
唐突に、相手は語りかけてきた。
「どうして……そんなことを……」
私は言い返そうとするが、痺れのせいでうまく喋れない。その騎士はふっと笑って
「あいつは裏切り者だからよ! ハーッタンで負けたのも、防衛十字軍が崩壊したのも全部あいつのせいだ! あいつをまだ味方だと思ってるソマスもとんでもないお人よしね……お仲間たちにそう伝えておいて!」
と叫んだ。
なんでイレーネやソマスがそんなに悪く言われなきゃいけないんだ。そもそもあんたは誰なんだ。反論したいことが幾つもあったが、今の私には叶わなかった。
「あんたはかわいいから見逃してあげる」
そう言い捨てると、敵の騎士はくるりと馬の向きを変え、兵士たちの群れの中に突入して姿を消した。
*
「それで、ランクテが遭遇したのは、小さな雷を発するシュレーン風の女騎士、ということか」
戦いの後、私はソマスたちから戦場での出来事について詳しく尋問されていた。イレーネやモーガンなど、防衛十字軍に参加していた面々はやけに険しい顔をしていた。一方、私やリュークなど転生十字軍から参加した人たちは何が問題視されているのかよく分からないでいた。
ピクシール隊が突撃してきたことで始まったタリハリ城外の戦いは、転生十字軍の勝利で終わった。イレーネ勢がチェルシャラン軍を散々に打ち破り、ピクシールらはタリハリを捨てて北方へと逃げていったのだった。私が遭遇した騎士の率いる隊も、それにつられる形でいつの間にかどこかへ逃げ散っていた。
転生十字軍は朝日が昇る中タリハリに堂々入城し、それ以降再びその地を支配するべく調査に明け暮れている。タリハリにいた自然崇拝者の商人は既に全員脱出した後であり、タリハリが再び商業都市として栄えるにはやや時間がかかりそうだった。しかし、食糧などの物資が市内の倉庫にそのまま残されており、転生十字軍は当初の目的であった補給を達することができそうであった。また、地味に重要なこととして、自然崇拝者の集会場に改造されていた教会を元に戻すという作業もあった。
そんな中、私が何気なくソマスに戦場であったことを話したら、急にソマスの顔が曇り、それは聞き取りが必要だと言われて幹部騎士一同がタリハリ市内の建物の一室に招集されたのだった。
「で、一体誰なんですか? 私が遭遇したのは」
私がしびれを切らして訊くと、答えたのはイレーネだった。
「そいつの名はエリーゼ・シャン・クロー。間違いないわ」
「お、おいイレーネ。それじゃエリーゼさんが敵に回ったということか?」
モーガンが、認めがたいというように首を振っている。
「それ以前に、『救世主の教え』から自然崇拝へと改宗していることになるが……信じられん。そんな人には見えなかったが」
ソマスも驚いているが、イレーネは澄ました顔をしていた。
「そう? 元々そんな人だったんじゃない? だって彼女、防衛十字軍の中で浮いてたし」
モーガンが怪訝そうに見てくるので、イレーネは「なに? 何か言いたそうだね」と問いかけた。
「いや、お前がそれを言うのかかあと思って」
「そりゃ、私だって自分が防衛十字軍の中で浮いてたのは分かってるよ。だけど……あの人はおかしいんだよ」
今日のイレーネは珍しく饒舌だった。そういえば、エリーゼという騎士も、イレーネのことを激しく罵っていた。過去に二人の間で何かあったのだろうか。
「誰が敵であろうと我々がやることは変わらない。このタリハリの支配を確立し、必要ならば敵を排除しつつ聖地カナーノキアを目指す。それだけだ」
ソマスが言い、皆が頷いた時だった。
「火事です! 倉庫から火が出ましたー!」
急報を知らせる兵士が駆け込んできた。
「なに、倉庫だと!?」
その場にいる誰もが青ざめた。倉庫には、貴重な食糧がまだそのまま置いてある。
慌てて私たちは建物を出、現場に急行した。どうか間に合いますように……と願った祈りも虚しく、私たちは天まで焦がすかと思うくらいの壮大な炎を目の当たりにすることになった。このくらいの大きさになってしまうと、水系の神秘術を使っても消化は困難だ。
「これは大変な事態だ」
ソマスの顔がまた一段険しくなる。
「どういうことです? 何が原因で出火したんですか!?」
モーガンが当時倉庫の警備にあたっていたシュツッツェルを問い詰める。
「すまない。私にも何が起こったのか分からなかった……倉庫の奥の方でピカッと何か雷みたいなのが光ったと思ったら、その周りが一気に燃え出して……」
その供述を聞き、幹部騎士たちは互いに顔を見合わせる。犯人は明白だった。エリーゼが、転生十字軍入城後も倉庫内に忍び込んでいて、頃合いを見計らって倉庫を焼き払って逃げたのだ。
「こんなことまでやってくるなんて……」
呆然としている私に向かって、モーガンが檄を飛ばす。
「衝撃を受けている暇はないぞ。市内を捜索するんだ。今ならまだエリーゼさんを発見できるかもしれない」
だが、その必要はなかった。つづいて入ってきた知らせが、エリーゼが既にタリハリ市内にいないことを決定づけた。
「城外に敵勢が迫っています!」
敵兵たちは、チェルシャラン朝の旗と、エリーゼの出自であるクロー家の旗を掲げていた。そしてその先頭に立つのは、旧防衛十字軍の面々がよく知る、金髪の女騎士だった。
*
エリーゼ勢は、転生十字軍が戦闘態勢に入るとすぐに撤退した。それ以降もエリーゼは何度も出陣してきたが、徹底して私たちとまともに戦おうとしなかった。いつも少しだけ交戦するとすぐに退却の合図を出してタリハリの城壁と距離を置いてしまうのだった。深追いすれば何か罠が待ち受けてるに違いなく、こちらも迂闊に追撃できない。とはいえ、膠着状態を続けるのも苦しかった。
倉庫とともに食糧を燃やされたことで、転生十字軍は元々輸送してきた食糧に頼らざるを得なくなった。その結果、一日一日経過するごとにどんどん食糧事情が厳しくなっていった。一端タリハリを占領できたはいいが、防御側にまわることで戦線を維持するのが逆に難しくなるという逆転現象が起きていた。
「これを考えたのも、天才軍師と噂のチャーマッシュ・シェンなんですかね……?」
私がソマスに尋ねると
「いや、彼は自分の勢力内の民には優しかった。こんな、タリハリ市民の生活まで犠牲にするような作戦は取らないだろう。この作戦を考えたのは、恐らくエリーゼ・シャン・クローだ」
と彼は答えた。
「エリーゼさん、カナーノキアが陥落した時には死んだかと思って心配したけど、今となっては死んでいてくれた方が良かったとすら思うな……」
モーガンはそうぼやいた。
しかし、転生十字軍の方もやられっぱなしではない。エリーゼが攻めてくるのを待ち伏せするため、臨時の別働隊が編成され、私とリュークがそれを指揮することになった。エリーゼの目を欺くためには、防衛十字軍にいた人間は本隊にいた方がいい、というのが選抜の理由だった。
エリーゼの奇襲してくる時間帯は、概ね夜中から朝にかけてが多い。私とリュークは日没の頃に二百人ほどの兵を率いてタリハリを発し、少し北方に離れた位置にあるオアシスに向かった。敵に気づかれぬよう、馬の口を縛り、息をひそめての行軍だった。
砂漠の夜は、昼間とはうってかわってよく冷えこむ。私は寒暖差で体がだるいのを必死で耐えながら、葉陰でじっと横たわった。
「今日、本当に敵襲はあるのかな。明らかに体調がおかしくなっている兵もいるし、タリハリに戻らない?」
私はリュークにそう持ちかけてきた。星々の移動を見るに、既に結構な時間が経っていた。
「確かにこのまま待ち続けるのは地獄だけど、食糧がなくなればもっと地獄を見る目になる。僅かの可能性にでも賭けて、我慢しよう」
リュークが返してくる。どうやら騎士たちの中で私が一番耐久力が無いようだった。
「そうは言うけど、こんな状況で敵に遭遇しても十分に戦えるか……」
「しっ、何か聞こえる」
忠告され、私は耳を澄ませる。確かに、砂と砂とが擦れあう音がする。一定数の兵士や軍馬が砂漠を歩いていた。私たちは体の動きの一切を止め、音を殺してその軍勢が通り過ぎるのを待った。
「あいつら、今頃腹を減らせ始めてるに違いない」
エリーゼらしき人物が左右の者に話しかけるのが聞こえた。
「瘦せこけたイレーネがどのくらいの力を出せるのか、見ものだよ」
それを聞いた私はいつの間にか寒さも具合の悪さも忘れていた。
「いつも通り、合図が聞こえたらすぐに退却せよ! 太陽神は神聖なり! 突撃!」
エリーゼ勢が突撃を開始するとともに、城門が開いて転生十字軍も一斉に応戦にかかる。この時エリーゼは、タリハリから出てくる転生十字軍の中に自分のよく知るイレーネやソマス、モーガンの顔が見えたことで安心しきった。
(奴ら、必死になって全軍で出てきたな)
とすら思っていた。
「もうここらで十分! 退却ー!」
少し戦ったところで、エリーゼは自分の兵士たちに退却の合図を出した。
「今だ!」
リュークが叫び、私たちは一斉に立ち上がり馬に乗る。
「もっとも邪悪な反逆者エリーゼ・シャン・クローを討ち取る! デウス・ウルト!」
選抜された別働隊が退却し始めようとしたエリーゼ勢の前に立ち塞がる。エリーゼ勢の兵士たちは一瞬戸惑った後、私たちと戦って突破を試みることを選択する。しかし、その戸惑いが命取りだった。私が自らの槍を振るい始める頃には、既にソマス率いる一隊がエリーゼ勢の中に突っ込んでいた。
「絶対に逃すな!」
エリーゼ目がけ飛びかかっていった一人の兵士が、瞬時に痺れさせられて動けなくなる。その兵士に触れた別の兵士もまたその場で固まる。エリーゼは進路を遮る転生十字軍の兵士たちに次々と小さな雷を当てながら、わき目もふらずに駆けていく。そんな彼女をソマスは必死に追いかけていた。
「待ってくださいエリーゼさん! 防衛十字軍で立派に戦ったあなたが、何故こんなことをしてるんだ!」
エリーゼはいつでも神秘術を発動できるように聖雲氷を握りしめながら駆け続ける。
「私が戦いたいのはあんたじゃない。イレーネだ! 私には、あんたがイレーネを受け入れてる方が不思議だけどね!」
ソマスは神秘術を発動させながらエリーゼの乗る馬に向かって槍を突き出す。エリーゼは軽く自分の馬を雷で打つと、馬はびっくりして死ぬ気の速度で走り始めた。ソマスの作り出した衝撃は空しく外れて砂漠の砂を掘った。




