改宗異教騎士エリーゼ(前編)
タリハリ攻囲戦は、敵そのものよりも気候環境との戦いだった。
ファヤー港を発した転生十字軍は砂漠を順調に進むと、タリハリ目前で進軍をやめ、輸送してきた木材で攻城塔の建設を始めた。これは転生十字軍の兵士騎士全員が一時的に建築作業員になって行う一大突貫工事だった。私も重い木材を持って運んだり、高所に登って作業をしたりしていた。
「思ったよりだいぶキツいな……こういうのは苦手だよ」
リュークは私を見つけると愚痴をこぼしてきた。攻城塔を作ったことがないわけではないのだろうが、作らなければならない量の多さと、砂漠の過酷な暑さに気が滅入ったのだろう。
「まあ、体動かす作業だから飽きないけどね」
「ランクテはやっぱり体力あるなあ」
少し手を休めて話していると、近くで作業していたモーガンから
「おい何喋ってんだ! 口動かさずに手ェ動かせ!」
と怒声が飛んできた。私は慌てて作業に戻る。私がそんな風に怒られたものだから、他の兵士たちもびっくりして作業に打ち込み始めた。
(まあ、補給のことを考えたら、急がないといけないか……)
食糧というのは、兵士がそこに存在するだけで勝手に減っていく。それが底を尽きないうちに、攻城塔を完成させた上でタリハリに攻め込み、相手の食糧を奪わなければならなかった。
そして、肝心の食糧がどのくらい輸送されてきているのか、今後ファヤー港から追加で送られてくる予定があるのか等は、一切伏せられていた。私はこっそりイレーネに訊いてみたことがある。
「それは私も知らないなー。たぶん、ソマスとモーガンしか知らないんじゃない?」
ちょっと疑わしかったが、単に知らないというより興味もないという感じだったので、本当に知らないのだろう。
(まあ、イレーネさまは何日間か何も食べなくても平気なのかもしれないけどさ)
そんな筈はないが、イレーネは暑さ寒さ病気飢え全てに強そうに思わせるタフさがあった。
(私は、お腹空いたまま戦うのはやだな……)
その危険が、刻一刻と現実になりつつある予感がしていた。
*
攻城塔はちょうど十日で完成した。その間、タリハリ内に籠っている敵は一度も出撃してこなかった。タリハリで指揮をとっている敵将は以前セルエル峠で交戦したピクシールで、転生十字軍上陸のしらせを受けて急遽セルエル峠からタリハリの守りに移されたらしい。以前の戦いを教訓にしたのか、今度は一歩も城壁内から出てこようとしなかった。
「私はこれを良い兆候とみている」とソマスは語った。「籠城策が取れるのは城内に食糧を豊富に抱えているからだ。我々はそれをそのままそっくり頂く」
さっそく一回目の総攻撃が、攻城塔が完成した翌日の朝に行われた。無数に作られた攻城塔が一斉に前進を開始し、転生十字軍一万七千人がタリハリの城壁に向かっていく。敵軍は矢の雨を降らせて攻撃してきたが、こちらも攻城塔の上に登っている弓兵が射返して対抗した。
そのうちに、全軍が城壁に限りなく接近していく。私も攻城塔に登って城壁に飛び移る時を待った。タリハリはファヤー港ほどしっかり要塞化されてはいない。一押しすればすぐに市街へ侵入できそうであった。
「神に仕える兵士の勇猛さを見せる時は今だ! 皆飛び移れ! デウス・ウルト!」
真っ先に城壁の上に降り立ったのは、私のいる塔の隣の塔にいたリュークたちの一隊だった。一番乗りは奪われたか。はやる気持ちを抑え、私も自分の塔が城壁に接するのを待った。
「これ以上リュークに後れをとるな!」
私は兵士を鼓舞しつつ自ら真っ先に城壁に飛び移った。私と一緒に飛んだ兵士のうち何人かが、敵兵の突き出す槍に串刺しにされていた。それでも私は構わず突撃の指示を出し続けるとともに、周囲にいる敵兵を手あたり次第斬り伏せた。
他の攻城塔でも順次攻撃が始まっているのが見える。多くの塔で城壁上への突入が成功していた。遠くの方でイレーネの炎を吹き上げたり、ソマスの衝撃で敵兵が吹き飛んだりしているのも見える。このままいけば、この一回の総攻撃で成功してしまいそうだ。そう思いかけた時、
「で、出たー!」
一人の兵士の叫び声とともに、私の後ろで凄まじい音を立てて石の崩れる音がした。見ると、私の近くの城壁がごっそりと崩れ落ちている。その奥で、紫色の光をぼんやり放ちながら刀を構えている一人の武者がいた。
(あいつか。いや厳密には、あいつの後継者か)
聖遺物「紫稀の祝福」を身に着けた敵の魔術師。ファヤー港の戦いで遭遇し、ソマスが倒したものの、「紫稀の祝福」自体は敵に回収され、奪うには至らなかった。恐らくその聖遺物を新たに使う者がチェルシャラン軍の中で選ばれ、今こうして目の前にいるのだろう。
「聖遺物なしで立ち向かうには厄介な相手だ! ソマスさまかイレーネさまを呼べ!」
私は近くにいる兵士に命じるものの、周囲の者たちは早くも恐怖で逃げ惑っていた。
(敵の聖遺物使いがこれほどまでに兵士たちに恐怖を植え付けていたとは……これは難しい状況だ)
今は上陸戦の時とは違う。どうしてもこの敵と対決しなければならないわけではなかった。私自身も紫の武者と戦うのは避け、少し離れたところで戦っていたリュークのもとまで駆け寄った。
「問題が生じた。我々は一度撤退する」
撤退するも何も、既に兵士たちが逃げるように後退し始めている。リュークはすぐに状況を理解し、頷いた。
「ソマスどのにも伝えよう」
こうして、転生十字軍の第一波攻撃がひとまず終わった。
*
「今夜か明日、すぐに二回目の総攻撃を仕掛ける。敵を休ませてはいけない」
ソマスの指示で、臨戦態勢が解かれないままで待機となった。その間に幹部騎士の会議が開かれ、「紫稀の祝福」を持つ者がどこに現れるかで場合分けしてシミュレーションし、どう各隊を配置するのが適切な布陣かが議論されていた。
「あの聖遺物、ひょっとすると既に承継されているかもしれないとは思っていたが、まさか同じ術、同じ威力で承継されるとは。チェルシャラン軍の神秘術師はそんなに人材が豊富なのか」
モーガンはひたすら驚いていた。
「もしかしたら、何かからくりがあるのかもしれん。そこでランクテに頼みがある」
急にソマスに名前を呼ばれ、私は「は、はい」と噛んだ。
「次に『紫稀の祝福』が現れた時、お前は奴を観察して不審な点を探ってみてくれないか?」
「わ、私ですか……?」
「前にあの聖遺物を持つ奴を戦ったのはランクテだ。その時の経験とあわせて、分析してみてほしい」
「分かりました……」
難しそうな任務だったが、これは転生十字軍の命運に関わるかもしれないと自分を奮い立たせた。
*
そんな感じで着々と攻撃を仕掛ける準備を進めていた転生十字軍だったが、意外にも次に仕掛けてきたのは敵の方だった。
「北方に軍勢を確認!」
その知らせで、全軍がぴりついた。
「なに、もうチャーマッシュ・シェンが引き返して来たのか?」
モーガンは焦った。チャーマッシュ・シェンは、防衛十字軍を破ったチェルシャラン朝の軍師である。チェルシャラン朝の帝都バーカーヤトで大規模な反乱が発生したことに伴い、チャーマッシュはバーカーヤトに向かっていき、タリハリ付近にはいない筈であった。
「いえ、そういうわけではなさそうだ。物見の報告によると接近してくる敵の数は数千。チャーマッシュの率いる軍がそのまま引き返してきたのではなく、一部だけがタリハリの救援に向かってきたと考えるべきだろう」
ソマスが答えると、私は少し安心した。
「いや、安心してる場合じゃないぞ。数千だろうがタリハリ市内にいる奴らと連携されたら厄介だ」
モーガンが指摘する。タリハリ市内にいる敵軍勢の数は判然としていなかったが、恐らく五千は下らないだろうとみられていた。
「そしたら、敵を合流させないことが優先か……どういう順序で攻撃を仕掛けるのが有効だろうか」
しかしそれに関する検討の時間は、我々に与えられなかった。
「タリハリ内の敵軍、動き出しました!」
兵士が告げる。私たちは顔を見合わせ、急いでそれぞれの率いる隊に戻った。
夜の闇が辺りを支配する時間帯。無数の松明が揺れながらこちらに迫ってきていた。暗さに慣れた目で見てみると、確かにタリハリの城門が開いている。
(ピクシール、打って出たか……だが、逆に私たちがタリハリ市内に攻め込む好機でもある)
ピクシール率いるタリハリ防衛隊と最初に接触したのはモーガン勢だった。覚悟を決めた自然崇拝者の兵士たちが喊声を上げながら転生十字軍の陣に突っ込んでくる。モーガン勢の兵士たちは防御態勢が不十分なまま戦闘に突入し、じりじりと押し下げられていった。
「早く戦闘態勢を整えろ! モーガンどのを助けるのだ!」
私は兵士を叱咤しながら、自分でも急いで鎧をつける。ノーナムもこの時ばかりはいつもよりきびきび動いていた。
そんな私を尻目に、颯爽と駆け抜けていく一隊があった。長槍を携え駆ける重装騎兵たちの先頭を走り、夜風に黒髪をなびかせるその騎士は、紛れもないイレーネ・ルン・フィーラだった。
(イレーネさまは凄い。これだけの短時間でもう突撃ができるなんて……)
イレーネ勢は、精鋭たちという表現がぴったりの練度と士気だった。それを作り上げる彼女の才能に、私は改めて感動した。
その重装騎兵隊はピクシール隊の横腹を衝き、敵兵を蹴散らして瞬時に突き崩す。イレーネが神秘術を聖遺物「鈍白の霹靂」で増幅して放つ炎によって、敵兵は次々と燃やされ、炭化していく。ピクシール隊は早くも浮足立っていた。その様子を見てモーガン勢も士気を取り戻し、攻勢に転じる。チェルシャラン軍の突撃は早くも失敗した、かと思われた。
「北方より敵勢力近づいてきます!」
切迫した事態を知らせる声がする。北を向くと、闇夜のなか松明の一群がイレーネ勢の方に向けて猛突進してきている。
(このままイレーネさまが攻撃されたらまずい)
私は直感的に危険を察知した。恐らく、こいつらは先程確認された、チャーマッシュ・シェンが率いていたチェルシャラン軍の一部だろう。ただ、私は物凄い勢いで突っ込んでくるその隊から、得体の知れない不気味さを感じた。その敵には、迷いがなかった。イレーネのみを目がけ、絶対に殺すという強い殺意と執念で向かってくる。そんな感じがした。
(まさかとは思うが……)
私は嫌な予感がぬぐい切れず、槍を手に取った。
「準備が中途半端でも構わない! これより、イレーネさまをお守りするため突撃を敢行する。目標は、北方から迫りくる敵軍の殲滅! 者ども続け! デウス・ウルト!」
私が馬で駆け出すと、ロアフォーレン侯領の兵士たちも後に続いて走り出す。鎧を一部分しか着けていない者、自分の馬がどこかへ行ってしまい歩兵になった者、槍が見つからず代わりに木材を手に取っている者などが多数存在したが、今この時に敵を止めることの方が重要だった。
イレーネ勢に向かってくる敵を、更にその横から私たちがぶつかっていく形になり、交戦に入った。人の雄たけびや断末魔が辺りにこだまし、松明の火が激しく舞う。視界の悪い中、私たちはがむしゃらに槍をふるい、目に入る敵兵を無心に突き殺していくことしかできない。私の持つ槍の刃が敵兵の肉に刺さって止まる感触だけが、私に戦いの実感を与えてくれる。そのうちに目が環境に慣れ、だんだんと戦況が明らかになった。
形成は五分五分だった。準備の整いきっていない私たちは装備の面で不利だったが、相手の突進を止めたことで勢いには勝っていた。ただ一つ厄介なのは、敵方の一人の騎士がこちらの兵を次々と抹殺しており、その部分から我々が突破されそうなことであった。
(あれは、本当にチェルシャラン軍の将……?)
勇猛なその敵の騎士は、兜から見える顔がシュレーン人のような風貌に見えた。もしや同士討ちなのではないかと一瞬疑ったが、転生十字軍の中でも見たことがない顔だったので、本当にチェルシャラン側の人間なのだろう。
(ともかく、ここは私が決着をつけなければ)
一騎討ちを仕掛けるべく、私はその騎士に向かって馬を走らせる。すると向こうもこちらを認識したようで、顔を向けてきた。
「おいあんた、随分若いようだけど、名前はなんて言うの?」
敵の口から発されるその言葉は、シュレーン語だった。私はドキッとしたが、自分を鼓舞するように
「私は港湾騎士団騎士ランクテ・シャン・ユイ! 異教徒よ、覚悟しろ!」
私は神秘術で動きを加速させながら、相手の騎士に突きかかった。




