軟弱騎士ノーナム
聖地カナーノキアは、ファヤー港から北東に進んだ内陸にある。その間は砂漠が続き、困難な道程となることが予想された。途中途中で補給を行うことが必須となるため、直線に向かうことは不可能だ。
補給には、二つの方法がある。一つは船で輸送してもらう方法だ。転生十字軍の所有する土地で得た収益を為替にしてビタリー帝国本領の商業地やヴァイナイティアに送り、そこにいる転生十字軍の文官が補給物資を購入し、それをザタラッチャの船がファヤー港まで輸送、イクストルの地にいる転生十字軍に届けるという仕組みだ。この場合転生十字軍は湖岸沿いに移動すればよく、動きがミニマムで済むものの、補給物資をいちいち船で往復して送ってもらわなければならないため恐ろしく時間がかかる。悠長に進軍していては自然崇拝者の英雄チャーマッシュ・シェンが聖地カナーノキアに戻ってきてしまう危険性が高いという欠点があった。
もう一つの方法は、現地調達である。敵勢力下にある都市を攻略して、敵の備蓄したものを奪ったり街から徴収や掠奪を行ったりすることで必要な物資を賄う。迅速に補給が行える一方、その都度交戦する負担がかかる上、現地民からの好感度が下がるという欠点があった。
「ここはザタラッチャどのの協力もあることだし、湖岸沿いに進めばよいのではないか」
ソマスは前者の方法を好んだ。いかにも育ちのよい感じの彼は、手荒な手段は好きではなかったのだ。
「それは困る」
会議の場で、ソマスから真っ向から反対したのは、普段作戦に全く口を挟んでこない転生十字軍司令官であるマッカン伯ルエイ・ウェ・カーラだった。
「そんな悠長なことで聖地奪還が叶うのか。それに、奪還すべきなのは本当はカナーノキアだけではない」
ルエイが言いたいのは、聖地カナーノキアの周辺部にある都市、タリハリとマッカンだった。十字軍国家は聖地カナーノキアを王都とするカナーノキア王国の他に、上記都市をそれぞれ首都とするタリハリ伯国とマッカン伯国が存在していた。ルエイは平時に出世しマッカン伯の地位にまで上りつめていたが、防衛十字軍がカナーノキア、タリハリ、マッカン全てを落とされたことでルエイも自身が支配する土地を全て失うこととなった。そのため、ルエイは十字軍勢力の支配地拡大には並々ならぬ情熱を持っていた。ソマスは時々、この老人は聖地カナーノキア奪還そのものよりも自分の土地回復の方が大事なのではないかと思ってため息をついてしまうくらいであった。
「しかし、私たちにとっての至上命題は聖地カナーノキア奪還なのですから、これを第一に考えたい」
「その聖地カナーノキアの維持には、周辺部の支配確立が必要なのではないか? マッカン伯国やタリハリ伯国のような緩衝地帯があることで、聖地カナーノキアを奪還した後の防衛構想が成り立つのではないか?」
ルエイの言っていること自体は、至極真っ当であった。転生十字軍全体ではどうかというと、どちらかといえば早く戦いたくてうずうずしている者の方が多い。その状況下でも敢えてソマスを擁護する勇気は、私には無かった。皆も気まずくて黙っている。ソマスだって空気は読めたし、真面目な男なので年配のルエイに一定の敬意を払っている。
「分かりました。ルエイどのの仰る通りにしましょう」
こうして、転生十字軍は自然崇拝者の都市を攻略しつつ聖地カナーノキアを目指すことと決まった。そうなれば目指すのは、聖地カナーノキアの南東にある都市タリハリだった。
*
ファヤー港に籠城していた防衛十字軍残党は、シュツッツェルが港湾騎士団への加入を希望したことで、騎士の身分のある者は皆港湾騎士団へと入りたがった。ソマスはそれらを全て認め、引き続きシュツッツェルが率いることと決めた。
しかしここに、一人の例外がいた。
「ランクテ、お前の隊に入りたがっている男がいるぞ」
モーガンから教えられ、私は眉をひそめた。
「どうしてわざわざ私なんかに。シュツッツェルどのは了承しているのですか?」
「さあ。特段異議は無いようだ。強運のひよっ子が抜けてしまう、と残念がってはいたが」
なんだその呼び名は。私はますます不審に思ったが、そこまで私のもとへ来たいと言うのなら、一度会ってみることにした。
ファヤー港の船着き場近くにある小屋でリュークと二人、その騎士と待ち合わせる。本当はもっと頼りになる幹部騎士に立ち会ってもらいたかったが、ソマスやモーガンは都合がつかず、イレーネもテレジアとどこかへ出かけていたので、仕方なくリュークを呼んだのだった。上陸戦で受けた胸と頭の傷が痛むのに苛つきながら、私は相手を待った。
「あ、あの、ランクテさま。お待たせしてすみません!」
その騎士はおずおずとした、頼りない感じでやって来た。歳はまだ幼く、私よりも年下っぽかった。
「まあ、それはいいよ。とりあえず座って」
私が言うと、騎士は体を小さくしながら席についた。
名前は、モーガンからの申し伝えで既に判明していた。ノーナム・ファ・アース。経歴等は、一切不明だった。
「なんで私の隊に入りたいわけ? あなたはずっとシュツッツェルのもとで働いてきたと思うんだけど」
私は一番気になる点を真っ先に訊いた。
「あ、えっと、ランクテさまが戦場でご活躍される姿を見て、かっこいいなと思って……ぜひ、あなたのもとで戦わせてください!」
「そういうのはいいから。ていうか、どこで私を見たの? 私は上陸地点で傷を受けて、ファヤー港で行われた戦いには参加してないけど」
私が指摘すると、ノーナムは「あっえっ」と慌てたような素振りを見せた。
「それは、あれです。言葉のあやです。見たんじゃなくて、聞いたんです。ランクテさまは先陣を切って上陸を敢行なさったんですよね? 本当にかっこいいです!」
「うん、まあ、そうだけど……」
私とリュークは顔を見合わせる。どうにも怪しい。この時、リュークがあることに気づいた。
「そういえば、最初会った時どうしてこいつがランクテだと分かったんだ? 見たことがないなら、分からないだろ」
確かに、ノーナムは私の姿をみとめるなり一目散に駆けてきた。私がランクテ・シャン・ユイであると分かっていなければできない行動だった。
「いえ、それはあの……ランクテさまは相当な美人だと聞いていたので、この人がそうに違いないと思いまして……」
私の人生でこういうことを言ってくるのは、おべっか使いの家臣か兄しかいなかったので、私はかなりむっとした。
「お前、まさか邪な気持ちでランクテに近づこうとしてるんじゃあるまいな!」
私の代わりにリュークが怒鳴りつける。
「ひ、ひえ、とんでもありません! そんなつもりは毛頭……今の失言どうかお許しください!」
その男のあまりの弱々しさに、私はだんだん可哀想という気持ちが強くなってきた。こいつがもし私を害するつもりで近寄ってきたとしても、こんな軟弱な奴に何が出来ようか。
「お前の願い、分かった。ただ、すぐに私の隊に組み込むわけにはいかない。ひとつ試用期間ということでしばらく私のもとで働いて、それから判断する」
私が告げると、ノーナムは「ありがとうございます!」と喜び勇んで帰っていった。
ノーナムの姿が完全に見えなくなった後、私はすぐリュークに耳打ちした。
「ズィーメリーの騎士のつてを使って、ノーナム・ファ・アースという騎士が本当に実在するのか、調べてくれない?」
リュークは目を丸くした。「実在から疑ってるのか?」
「まあね」
不審な点はいくつもある。苗字の前置詞が「ファ」となっているということはズィーメリーの貴族なのだろうが、アース家などという貴族の家系は聞いたことがない。また、「ノーナム」という名前もズィーメリー人の名前としては違和感のあるものだった。
(果たして彼は何者なのか。どうして私に近づこうとするのか……)
警戒心は高まる一方だった。
*
ノーナムがランクテ隊の一員として過ごし始めてから数日。訓練などに混ぜてやっているが、その度に私は彼のどんくささに呆れることとなった。朝、銅鑼の鳴る音によって騎士兵士たちは起床し、朝の点呼のため整列するが、ノーナムはいつまでももたもたしていて結局皆の中で一番遅れることとなるのだった。案の定訓練でも弱く、拳でも剣でも槍でも一介の兵士にすぐに負けてしまった。また、食べるのもかなり遅く、皆が皿など片付け終わってもまだのんびり食べ物を口に運んでいて怒られている。私は面倒くさいものを引き受けてしまったと察し、早くも頭を抱えたのだった。
だが、それでいてノーナムは自分の欠点をちっとも気に病むことはなく、いつも明るくニコニコしていた。周囲もなんだかほっこりしてしまって、誰も追放しようなどとは言わずどんなことも許されてしまう。不思議な癒しが、彼にはあった。
そうはいっても、やはり頼りない感じは否めない。特に騎士としては相当ダメであった。
「ノーナムは、シュツッツェルのもとではどういう扱いだったの?」
それとなく、私は訊いてみた。
「はい。まあ、誰でも出来る仕事をやってました。でも、一生懸命やるとみんな褒めてくれましたよ!」
一点の曇りもない笑みで言われ、私は思わず苦笑する。やはりそうか。シュツッツェルも今頃私たちが困っているのを想像して大笑いしているだろう。
だが、リュークは異なる見解を示していた。
「その軟弱さ、もしかしてわざとそう演じているのではないか?」
無能を装い相手の警戒心を解かせて、何か工作を働こうとしているのではないか、とリュークは言う。
「そう言うってことは、ノーナムの素性は分からなかったのね」
「ああ。ズィーメリーの色んな地方出身の人に訊いてみたが、誰もアース家など知らないそうだ。そして、ノーナムという名前だが、ほとんどの人間には聞きなじみの無い言葉だったが、唯一ハルズは反応を示した」
ハルズ・ファ・ヤートというのは、ズィーメリー王国シュヴァルラント伯の子息で、旧ズィーメリー騎士団時代から転生十字軍に参加している騎士である。
「ハルズによれば、シュヴァルラント伯領の中の山間部の地域にだけ、その名前を付ける習慣があるそうだ。それも上流階級ではなく、農民に多い名前らしい」
つまり、農民身分の奴が騎士を騙っている、という結論になる。
「問題は、どうしてそんなことをするのか、ね。こればっかりは本人を問い詰めないとどうしようもない」
私はその夜、ノーナムを呼び出すことにした。
*
ランクテたちに割り当てられた兵舎のそばで、私はノーナムと対面していた。松明の灯りで互いの顔がぼんやりと照らされている。ノーナムは自分がなぜ呼び出されたのかを自覚しているのか、昼間の笑みを浮かべた顔とは打って変わって真剣な表情をしている。それがなんだか不気味だった。
ノーナムの前にいるのは私一人だ。しかし、万が一の事態に備え、リュークが気配を悟られないよう少し離れた位置に待機していた。私は大きく息を吸う。
「悪いけど、色々調べさせてもらったよ」
私は淡々と、しかし力強く、リュークが調べた内容をノーナムに告げる。彼は最初は黙って聞いていたが、次第に表情が崩れ、今にも泣きそうになっていった。
「どう? 何か弁解したいことはある? こちらとしては、なんで身分を偽ったりなんてしてるのか、教えてほしいんだけど」
私が追及すると、ノーナムは突如身をかがめた。攻撃してくるのかと思わず私は構えたが、そんなことはなく、相手はそのまま膝から地面に崩れ落ちた。
「申し訳ありません! 本当は、リュークさまの言う通りなんです! 邪な気持ちで、ランクテさまに近づいたんです!」
「……え?」
思わぬ方向の罪の告白に、私は目が点になった。
「ああ、でもこの気持ちを抑えきれない。ランクテさま、僕はあなたが好きなんです。心の底から大好きなんです! そう、あの時、フォーレンフェルの戦場であなたをお見かけした時から……」




