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ファヤー港の戦い(後編)

「ランクテさま、大丈夫ですかーっ」


 駆け寄ってきた兵に助け起こされ、私の意識が戻る。一瞬気を失っていたようだ。私は身を起こし、素早く傷の状況を確認する。鎧の胸の部分が割れ、その下の衣服に血が滲んでいるが、傷は深くない。それより、吹っ飛ばされた際に地面に強く打ち付けた後頭部がずきずきと痛んだ。


(そうだ、あいつは……)


 痛む頭を押さえ、私は紫色の武者を探す。敵味方入り混じる戦場の中、聖遺物特有の光を放つその男はすぐに発見できた。そいつはじっと剣を構えてこちらを狙っている。


「危ない離れろ!」


 紫の武者が剣を振り下ろす。私は神秘術を使ってさっと身をかわすことができたが、私に駆け寄ってきた兵士は間に合わなかった。その兵士の周りの風景がぐにゃりと曲がったように見えた後、彼は下半身を喪失して地面に転がり息絶えた。


 あの紫の武者が剣を振るうと空間の揺らぎが発生し、対象物は破壊されてしまう。見ていて、私もそこまでは理解できた。だが対処法は一向に不明だった。そもそも、まともにやりあってはいけない相手である気がする。及び腰になった時、私の視界の端に、崖の下の浜辺で次々と後続の転生十字軍が上陸しようとしてきているのが見えた。


(せめて、彼らがここまで上がってくるまでは耐えよう)


 思い直して、剣を構えなおす。紫の武者は再び剣を振り下ろして空間の揺らぎを発生させるが、私は今度も加速した動きでその攻撃をかわしていた。


(こうやって一撃一撃をかわしていけば、いつまでも時間稼ぎができる)


 そう思っていた私だったが、実際には二つの限界が近づいていた。体力の限界と霊漿液の限界である。次第に相手の動きに対する反応速度が落ちていき、また神秘術で動きを加速できる程度も弱まっていく。既に危うく私のそばをかすっていった攻撃が二、三度あった。


 しかし、攻撃をかわしながら相手を観察し続けたことで分かった点があった。紫の武者は、攻撃を行った後しばらく視界を失ったかのように辺りを見渡す仕草をする。これは私の憶測にすぎないが、おそらく奴は空間の揺らぎを発生させる際に自分の視界まで揺らいでしまうのではないか。私の見ている限りでも、空間の揺らぎが発生しているところでは風景が歪んだように見える。紫の武者は自分の目の前で揺らぎを発生させているのだから、視界の全面で同じように歪みが生じてしまうものと推測できる。


 相手が再度攻撃を放ってこようとした時、私はありったけの力を使い切らんと、聖雲氷を直接傷口に当てる。傷口をねじって絞り出てくるそれはもう霊漿液より血液の方がほとんどだ。それでも最後の反撃の力を私に与えてくれた。


 紫の武者が剣を振り下ろし、空間が揺らぐ。私は動きを加速して移動すると、更にもう一度加速して元の位置に戻った。そして、目の前の視界が歪んで周囲をキョロキョロ眺めてる相手に一直線に向かっていき、剣を突き出した。相手は状況を把握するのが遅れ、十分に防御の態勢が取れない。私の剣先は、見事に紫の武者の鎧の隙間を抜け、その脇腹に突き立っていた。


(これで、勝った……!)


 喜んだのも束の間だった。紫の武者は脇腹に致命的な一撃を食らっているにも関わらず、身を捻って凄まじい力で肘を私の首に食らわせる。私は「ぎゃぅぁっ」と叫んでよろめき、地に倒れ伏した。


「な、なんで……」


 考える暇もない。現に相手はピンピンしていて立っている。だが、私の体はもう言うことをきかない。私は力を抜いて地面に体を預ける。これで終わりだ。前にもこんなことを思った気がするけれど、今度は意味もなく突っ込んだあの時とは違う。実に意味のある戦いが出来た。これならば立派に殉教と言えるのではないか。そんなことを考えていたが、一向に敵が追撃してくる気配はない。もしや……と思い顔を上げると、目の前で赤い光と紫の光がぶつかり合っていた。


「ランクテ、ご苦労。そこで見ていろ」


 聖遺物「真紅の十字架」の光で身を赤色に包んだソマスが、槍で紫の武者を突き倒そうとしていた。紫の武者の方はその槍の柄を掴んで耐え、反対に剣でソマスを攻撃しようと身構えている。聖遺物を持つ者同士の力のせめぎ合いだった。


(まったく、ソマスさまは私を殉教させる気は毛頭ないらしい)


 これで助けられるのは二度目だ。そこまでしてソマスは、どうしても私に生き残ってほしいのだろうか。それともこれは私の妄想だろうか。


 私の想いなどよそに死闘は続く。紫の武者は右手で剣を振り下ろして空間の揺らぎを発生させようとするが、ソマスは防御の神秘術でそれを打ち消す。他方でソマスが槍を突き出しすとともに神秘術でその衝撃を増幅させるが、これも相手の防御の魔術で打ち消されてしまう。だがソマスは構わずに槍を押し出し、相手の鎧にその先端を突き立てると、そこから一気に槍を引き抜いた。突く力の衝撃を増幅させる使い方があれば、引く力を増幅させることもまた可能。紫の武者の腹部付近が前方に向かって強く押し出され、骨が折れ肉や内臓が体から飛び出て辺りに散らばった。


 ソマスの完勝だった。紫の武者は人の形を保てなくなって地に崩れる。その死体から、紫色に強く光る一枚の布切れのようなものがふわりと私の方へ宙を舞ってきた。


「それが聖遺物『紫稀の祝福』だ。ランクテ、取れ!」


 ソマスが叫ぶ。私は力を振り絞って手を伸ばす。しかし、あとほんの少しで私の手の中に収まる筈だったその聖遺物は、横から飛び出してきた小男によってあっという間に奪われていた。


「あ、待て! 何者だ」


 ソマスが追跡しようとするが、その男は目にも止まらぬ速さで馬に飛び乗り、どこかへ走り去っていってしまった。


「あいつ、何なんでしょうね……」


 私がぼやくと、ソマスは一つ大きなため息をついた。


「軽業師のような奴だ。おそらく、前の持ち主が死んだら『紫稀の祝福』を回収するよう命じられ、ずっと近くで待機していたのだろう」


「ぐずぐずしてはいられませんね……早くファヤー港を囲んでいる敵を倒さないと……」


 私が立ち上がろうとすると、ソマスが駆け寄ってきてそれを止めた。


「ランクテはここで休んでいろ。今回の戦いではお前はもう十分働いた」


 辺りを見渡すと、崖の上にいた敵はほぼ討たれるか逃げ出すかして姿を消していた。私はソマスの言葉に甘えて、ゆっくりと体の力を抜いた。


 *


 ここからは、伝聞で知った話になる。


 上陸地点の浜では、輸送船から馬とその上に乗る兵士の上陸させる作業が優先して行われていた。そして、二千ほどの騎兵が陸に上がった時、彼らに対して出撃命令が下った。


「これより騎兵のみでファヤー港に前進し、一気に敵の囲みを破る。事態は一刻を争う。十字軍最後の砦・ファヤー港を解放せよ! デウス・ウルト!」


 ソマスの号令で、一斉に騎兵が走り出した。砂煙を立てて湖岸沿いを走っていく騎兵隊は壮観だったらしいが、そのころ私は眠りに落ちていて見送ることはできていない。


 ファヤー港に向かう騎兵隊に参加した主な幹部騎士は、ソマス、イレーネ、モーガン、リュークの四人だった。パイシェンやマデラウスは浜に残って引き続き上陸作業にあたった。リュークはソマスやイレーネと連携して戦うのは初めてのことで、


(ランクテが先陣を切っての上陸に成功した。俺も負けてられない)


 と気持ちがはやっていたところ、近くを走るソマスに


「案ずるな。お前もすぐ英雄にしてやる」


 と声をかけられ、大いに奮起したという。


 上陸地点からファヤー港まで徒歩で半日、騎馬で行けばその三分の一以下の時間で辿り着く。


 ファヤー港はリュークが思ったよりもずっと高い城壁に囲まれており、良く要塞化されていた。チェルシャラン軍も攻城塔を用いてなんとか攻め切ろうとするが、港内にいる防衛十字軍残党の頑強な抵抗に遭い、なかなかうまくいっていないようだ。


 ソマスら騎兵隊はたちまちファヤー港に着くと、その勢いのまま敵勢の中に突っ込んだ。


 いつも通り、イレーネが先頭を切って駆けていく。聖遺物「鈍白の霹靂」によって強化された神秘術の炎によって、敵兵が炭化するほどに焼き尽くされていく。その後ろをイレーネ勢、リューク勢、モーガン勢の兵が続き、最後にソマスが聖遺物「真紅の十字架」の力で、通り道にいる敵兵の命を確実に刈り取っていった。いわば、二千騎全員がイレーネ隊になったような突撃で、凄まじい衝撃力を発揮して敵陣の中央突破に成功した。


「もう一度敵陣に突入する! 神の加護があれば突破は何度でも成功するだろう。突撃! デウス・ウルト!」


 イレーネは馬を反転させまた敵に向かって猛突撃していく。リュークはこの時に、イレーネに付き従う兵士の気持ちが分かったと後に語っている。イレーネに従えるかどうかは、彼女が好きかどうかで決まるのではない。生き残るためには、あるいは戦功を挙げるためには、この人についていけばいい、いや、この人についていくしかない。そう思わせる雰囲気がイレーネにはあるのだった。そして、彼女についていって戦場に突入するよりも、彼女についていかずにその場に留まることの方が怖いという心理状態になるのだった。


 イレーネを先頭とする騎兵隊は、二度目の中央突破にも成功した。幸い敵に聖遺物「紫稀の祝福」を身に着ける者は、後任者がすぐ見つからなかったのか現れていない。だが、そうはいっても中央突破をしているだけでは敵を包囲することはできない。そもそも騎兵二千で敵一万を包囲できるわけがないのだが。


 そのうちにチェルシャラン軍の方も落ち着きを取り戻し、騎兵隊の更なる突撃を受け止めるだけの防御態勢を整えつつあった。


「どうするんだ、このまま戦っていても埒が明かないぞ」


 モーガンが焦ってソマスに詰め寄るが、ソマスの方は涼しい顔をしていた。


「まあ見ていろ。私の予測が正しければ、ここらで動きがある」


 ソマスが言い終わるか終わらないかのうちに、ガチャリと音がしてファヤー港の城門がおもむろに開いていく。そして、今までファヤー港に立て籠もって持久戦を続けていた防衛十字軍残党たちが、城門の内側から喊声を上げながら出てきて、敵兵に向かって突撃を開始した。


「ファヤー港の聖徒らが我らの奮闘に応えてくれたぞ! 我らもまた彼らを助け、共に勝利の喜びを分かち合おう」


 ソマスの言葉に、騎兵たちは再び奮い立った。ファヤー港を囲んでいたチェルシャラン軍は、ソマスらの騎兵隊と、ファヤー港にいた防衛十字軍残党に挟撃される形となり、一気に浮き足立った。ぽろりぽろりと逃げ出す兵が現れると、たちまち戦意喪失の連鎖の波は止められなくなり、気づけば敵兵は皆一目散に聖地カナーノキア目がけて全力で駆けていた。ソマスらはそれらを散々に追い立てて討ちまくり、大いに戦果を拡大した。


 この日の戦いは転生十字軍の大勝利に終わり、チェルシャラン側は多大な死傷者を出した。ファヤー港は解放され、港内にいた防衛十字軍残党が転生十字軍に合流した。


 *


 ファヤー港内で防衛十字軍残党を率いていたのは、シュツッツェル・ファ・マルという騎士であった。彼は、カナーノキア王国に直接属しており、特定の騎士修道会には所属していないもののソマスとは面識があった。ファヤー港が解放された日、彼はソマスを見るなりその手をとって


「いやあ、もうダメかと何度も思いましたよ」


 と語った。


 シュツッツェルの後につづいて、彼と共にファヤー港を守っていた騎士兵士たちが次々と出てきてソマスらに礼を述べる。しかし、その数が異様に少ない。ぱっと数えても、四百人程度しかいなかった。


「これで全部ですか?」


 ソマスが訊くと、シュツッツェルはそうだと答える。


「それは……多くの仲間が殉教したのですね……」


 ソマスはそう言って祈りを捧げる所作をする。元々沢山いた兵士が、敵の苛烈な攻撃によって四百人にまで減ってしまったのかと思ったのだ。


「いや、最初からこんな数でしたけど……」


 シュツッツェルは困惑しながら答えたが、その答えで困惑したのはソマスらの方だった。


「四百人で、一万人を……?」


 このシュツッツェルという騎士は、後に聖人に列せられることとなる。


「まあ、うちにはとても運のいい奴がいるんですよ」


 シュツッツェルがニヤニヤしながら、一人の騎士を呼び出す。前に出てきた青年の騎士は、おどおどとしていて、いかにも気が弱そうだった。


「こいつ、見た目は頼りなさそうでしょ? でも、どんな絶望的な状況でも必ず生還してくるんです」


 その青年の名は、ノーナム・ファ・アースといった。

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