市場にて
案の定、ペスカード市場はそれほど混んではいなかった。まずは魚介類を扱っている鮮魚店が俺達を出迎えてくれる。アインラスクは港町というだけあって、取り扱っている商品は海の魚が多いようだ。
メバルにカワハギ、シタビラメ。それからサバにサワラときて…マダイまである!よりどりみどりだな。
新鮮な魚を塩焼きや唐揚げにしたり…ムニエルもいいね。それから天ぷらに煮付け、この時季は鍋もありだ。あれこれ考えているとヨダレが出てくるぜ!
もちろん、魚介類しか扱っていないという訳ではない。しばらく歩いていると、取り扱っている商品が明らかに変わってくる。
石鹸やエッセンシャルオイルを扱う日用品店、干物や瓶詰めを置いている食料品店、それからテーブルや椅子を取り扱う家具店…他にも色々なお店が建ち並んでいるね。
そんな中、女子達は吸い込まれるようにおしゃれで可愛い雑貨を置いてあるお店に入っていった。俺は食料品店で珍しい瓶詰めを吟味して選びたいのだが、一人だけ別行動をする訳にもいかない。仕方がない…付き合うか。
と言っても、興味のないものを見たって面白くもなんともない。しばらくはユリーシャと一緒に雑貨を見ていたものの、そのうち飽きてきてしまい、気が付くと俺は出入り口の近くに何をするでもなく突っ立っていた。
ここにはユリーシャがいるから、みんなが買い物に夢中になる訳にはいかないだろう。今は俺達しかいないが、いずれ他のお客さんも入ってくるはずだしな。だから、俺がきっちりと周囲を警戒しておいてやろう…などと自分に言い聞かせながら、そのまま出入り口の近くに邪魔にならないように陣取った。
店の中から外の様子を完全に把握することは難しいが、そんな時のための不可視の錫杖である。これを使えば、店の中にいてもこの店が面している通りの様子が手に取るように分かる。優れものだぜ…これを作ってもらった俺、ナイス!
今の時間は人が疎らという訳ではないが、それほど混んでもいない。ちょうどいい塩梅といったところか…。
「警戒、ご苦労さん」
「アマユキか…」
相変わらず気配を感じさせないので、少しばかりビックリしてしまう。
「なあに?ユリーシャ様の方がよかった?」
「そんなんじゃねえよ…もういいのか?」
別に気を使わなくてもいいんだぜ?
「んー、ちょっと違うんだよね…私の趣味とはさ」
「そうか…」
何がどう違うのかはよく分からんが、ここから出られる芽が少し出てきたのはいいことだ。他の三人はまだじっくりと見ているようだが…。
「飽きもせずによく見れるよねぇ…」
ここにはユリーシャもいるので、さすがのアマユキも小声だ。
「まったくだ」
俺は暇な時間を持て余していたので、話し相手ができるのは嬉しいね。
今日という一日も何事もなく終わるんだろうな…アマユキと他愛もない話をしながら、そんなことを考えていた時だった。
『警告します!異常が発生しました』
冷静だが、強い口調で魔剣が俺に異常を伝えてきた。
「はっ?」
完全に虚を突かれ、思わず変な声が出てしまう。
魔剣が不可視の錫杖で捉えた異常事態を再生してくれるが、こんなもん見ている暇はねぇ!すぐさま俺はいつもの3つの魔法を発動させ、鏡界に置換していた魔剣をこの世界に引っ張り出す。そして、ドアを蹴破るようにして店の外に飛び出した。その異常はすぐに分かった。
「うっ…うぅぅ…」
はす向かいの金物屋の前、年の頃は40歳くらいか?男が苦し気に呻いている。顔色は生気を失ったような土気色、両手は喉の辺りを掻きむしっている、口からは白い泡と嘔吐物…なんだ?何が起こっている?
『毒を盛られたものと推測します』
毒だと…誰が?何のために?突然の異常事態に、周りの人達は誰も彼もが唖然としている。
「うぅぅ…ぐ…」
男はその場に崩れ落ちるように倒れた。
「ショウ、ここを頼んだわよ!」
「あ、あぁ…」
飛び出した俺の後から出てきたアマユキは、やはり百戦錬磨の強者だ。的確な指示を俺に出し、男に駆け寄る。
そうだ…唖然としている場合じゃない!あの男が毒殺されたとすると…あの急変の仕方から見て、時間的に朝食に毒を盛られたとは考えにくい。ほんの少し前に毒を打ち込まれたとみる方が妥当だろう。
だとすると…まだいるかもしれないんだ。犯人が!この場に!まずいことに、この場にはユリーシャがいる。犯人の狙いがユリーシャという可能性も十分にあるぞ。
俺にユリーシャの身の安全を確保させ、自身はこの場に居合わせた魔法戦士として事件の対応に当たる。アマユキの取った手は、完璧なように見える。それに比べると俺は…何もできずに周りの人達と同じように右往左往してしまった。
くそっ!何やってんだ、俺は…。これ以上の失態を重ねる訳にはいかないぞ…この出入り口は絶対に死守だ!
俺は魔剣の鯉口を切り、いつでも抜けるようにした上でこの場にいる人達を注視する。妙な動きをするヤツは容赦しない!だが、俺の決意とは裏腹に、誰かが襲いかかってくるようなことはなかった。




