事件の幕開け
どうやら犯人の狙いはユリーシャではなさそうだ…油断はしないが、毒を盛られた可能性が高い男のことも気になる。そちらを見やると、アマユキよりも先に男のもとへ駆け付けた人がいた。白髪頭が目に付く老人だ。
「どうなさいました!もし、もし…どうなさいましたか?」
老人は必死に呼びかけるが、男は何の反応も示さない。
『既に死亡しています』
魔剣の非情な宣告を聞き、俺は口の中の生唾をゴクリと飲み込んだ。
おそらく老人も手の施しようがないことを悟ったのだろう…首筋に手をやり脈を確認し、口元に耳を近付け呼吸を確認し、沈痛な表情を浮かべながら立ち上がった。
「急な発作でしょう…お気の毒に」
老人は胸の前で両手を合わせ軽く頭を下げると、アマユキに向き直り素性を尋ねてきた。
「魔法戦士の方とお見受けしましたが?」
「ええ、そうです」
老人もアマユキも、足元に死体が横たわっているのにまったく動じない。肝が据わってますなぁ…。
「申し訳ありませんが、先を急いでおりますので…後のことはよろしくお願いいたします」
「分かりました。お気をつけて」
老人はアマユキに一礼をすると、この場を去っていった。
セオリーとして、第一発見者が犯人だったというのはよくある話だ。だが、この場合は公衆の面前である。それを踏まえると、この老人が第一発見者なのかどうかはよく分からない。善意で男を助けようとしてくれた人なのかもしれない。そんな人を疑うというのは…道義的にないよな。
「ショウ、何があった?」
何か異常なことが起きていることを察知したのだろう…俺の側にやってきたカレンに問い質され、俺は店内に目を向けた。さすがに何かが起こっていることは、ユリーシャもフェリシアさんも気付いているようだ。
ユリーシャは自分の周囲に強力な結界を張っている。不可視の盾を遥かに強力にした魔法のようだ。それから鏡界にしまっていたのだろう…その手には魔法使いにピッタリな杖が握られている。
そのユリーシャの前に立つフェリシアさんは、いつものように穏やかな表情だ。だが、袖口から覗くバラの枝は不自然に蠢いている。これがドルイドの植物を操る能力ってヤツか…初めて見たぜ。
そして、俺を問い質したカレンの手には、既に抜き身の魔法剣が握られている。俺以上にやる気満々だな…ならば、ここはカレンに任せることにしよう。
「詳しいことは俺にも分からん…カレン、ここは任せたぞっ!」
今は説明している暇はないし、上手く説明できそうにない。俺は店の出入り口をカレンにまかせ、アマユキの元へ駆け寄った。
「そいつ…大丈夫なのか?」
もう死んでいるのは分かっているが、それでも聞かずにはいられない。
「残念ながら…ね」
「そうか…」
でも、ここにはこの男に毒を打ち込んだヤツがいるかもしれないんだよな…まだ、警戒は解かないぜ。
「心配しなくても、ここにはもう何もいないわ」
「どうしてそんなことが分かる?」
この異常事態に気が立っている俺は、食って掛かるような物言いになってしまう。だが、アマユキは普段通り落ち着いていた。
「分かるわよ。分からなければ生きていけないわ、フォンラディアではね」
そうだったな…アマユキは魔法戦士であると同時に優秀なハンターでもあるんだ。気配を隠すことだけが得意なんじゃない…気配を見抜くことも得意なんだ。
「あの老人は急な発作とか言っていたが…」
「んー、それはどうかな?とは思うんだけど…」
あえて魔剣の推測は言わなかったが、アマユキもやはり疑問を抱いているようだ。
「私達だけではどうにもならないから…とりあえず人を呼ばなきゃね」
アマユキは呼び笛でアインラスクの魔法戦士を呼び、カレンにも「危険はない」というハンドサインを送った。
カレン、ユリーシャ、それからフェリシアさんはすぐにやってきた。それぞれ警戒はしているものの、その度合いはだいぶ緩めている。この場では事情を聞いても意味がないと思っているのだろう…誰も何も言わない。
しばらくして、アインラスクの魔法戦士がやってきた。四位武官の男が1人、それ以外の5人は見習いのようだ。こちとら四位武官が一番の下っ端なんだが…アインラスクは人手不足なのかもしれんね。
四位武官の隊長に、アマユキが事情を説明した。と言っても、見たまんまを説明しているので、隊長も何とも言えない顔をしている。
「とりあえず、この男を最寄りの詰所に運んでください。私達も同行します。それから、何か情報が取れるかもしれません。手分けをして聞き込みをしてください」
ここでもアマユキの指示は的確だ。
「わ、分かりました…」
この四位武官、ちょっと頼りないかもしれんね…俺も人のことは言えんが。とにもかくにも、俺達は担架に乗せられた男と共に、この場を後にするのであった。




