まさかの
不測の事態に備えて待機することになっているティアリスを残し、俺達はカルケーストを発った。1人減ったことで、馬車の中は随分と広くなったような気がする。それと同時に静かにもなってしまった…何だか気まずいな。
とは言え、今はユリーシャの警護中…つまり仕事中なので、お喋りに夢中になる訳にもいかない。いなくなるとティアリスの偉大さがよく分かるね。単に無神経なだけかもしれないが…。
カルケーストから1時間ちょっとで、俺達を乗せた馬車はアインラスクへ到着した。もちろん、何事もなかった。やはり温かく出迎えてくれたアインラスクの市長スクレイアさんとユリーシャが会談をして、今回のアインラスク訪問は終わり…のはずだった。
そうは問屋が卸さなかったのは、市庁舎のロビーでユリーシャがまだ大学生だった頃に師事していた魔法使いのクリスギルさんと、ばったり出会ってしまったからだ。クリスギルさんはもう一線から退き、趣味でレガルディア中を旅している人の良さそうなお爺ちゃんだ。
お互いにまさかこんな所で出会うことになるとは思ってもみなかったので、話が弾む弾む…。気を利かせて市長のスクレイアさんが二人を応接室へ案内したもんだから、二人ともじっくり腰を据えてお話をすることになってしまい…気が付けばすっかり日が暮れていた。
今から無理をしてライラリッジへ帰るというのは間違いなく悪手だ。日帰り旅行のはずがまさかの一泊旅行である。こうなることを見越していたのかどうかは分からないが、カレンが粛々と宿泊の手筈を整え、リアルナさんへの連絡もしていた。どうやらこれまでにもこの手のイレギュラーはよくあったようだな…。
それからお節介焼きのスクレイアさんが段取りをつけてくれて、今晩は市長のスクレイアさんとクリスギルお爺ちゃんと一緒に、夕食をとることになった。
アインラスクの市長と高名な魔法使いと一緒に会食という状況に、俺は及び腰になってしまうが、それがすぐに杞憂だということに気が付いた。スクレイアさんはほんわか系のいい人だし、クリスギル爺さんも好々爺である。
和やかな時間がお開きになると、なんだか物足りないような気もしてくるね。会食も悪くないもんだ。それが分かっただけでも、この降って湧いたような一泊旅行には価値があったというものだ。
市庁舎を後にした俺達は、カレンが手配してくれたホテルでお泊りだ。この状況にリアルナさんはきっと…いや間違いなく狂喜乱舞しているだろうが、特に何事もなく一夜を明かした。妄想大好きリアルナさんには悪いが、世の中そういうもんである。
迎えた翌日、すんなりライラリッジへ帰ってもよかったのだが、せっかくだからアインラスクを観光することになった。他の4人はともかく、俺はアインラスクは初めてだからな…なんだかウキウキするぜ!
「家が隙間なく建っているんだな…」
ここは運河に面したセルゲイザル通り。もっともアインラスクらしいと言われる通りを歩きながら、俺は隣のユリーシャに話しかけた。セルゲイザル通りはどこを切り取っても絵になるくらい綺麗な街並みだ。
「アインラスクは一時期、人がとても増えてしまいましたから…それに対処するために、市が建物の大幅な改築を推奨したからですよ」
隣を歩くユリーシャが、その裏にある事情を話してくれた。
人口増加はザカリヤ時代のことだろう。おそらく、その後の市長がそういう街づくりへ舵を切ったのだ。とは言え、アインラスクの建物がすべてギッチギチという訳でもない。
「…あの館は随分とゆったりと建てられているな」
それは明らかに周りのギッチギチな建物とは違い、そんなに広くはないものの庭が付いている。空を突くような高い尖塔を持っていることも目を引くね。
「あれは…ルアンザラーン商連合が入居している館のようですね。尖塔の高さは90mもあります。高い尖塔はここに誰が住んでいるのかを多くの人に知らしめると同時に、火の見櫓の役割も担ってますね」
「よく分かるな…誰が使っているとか」
日頃の勉強の賜物ですな。
「尖塔に書いてありますよ」
ユリーシャがクスクスと笑いながら言った。一見すると、尖塔に描かれた模様のように見えたものは飾り文字だった。確かに書いてますね…こいつはうっかりだぜ。
一通りアインラスクの街並みを見学すると、俺達はペスカード市場へ向かった。お昼には少し早いので、まだそんなに混んではいないはずだ。見学するにはうってつけだろう。




