008-実害
怪我の件をきっかけに、俺の存在は再び思い出されたらしい。
壁のシミと同じだった俺が、あいつらの脳裏に留められるようになった。
それを嬉しい事だとは、よほどのマゾヒストでもない限り思わないだろう。
「わりー、これやってくれよ」
「これって...」
「愛菜と約束あるんだわ、あとで何か奢....いや、何かやるよ」
「分かった」
どうせ守られない約束だが、俺はやることがないので引き受ける。
あいつらみたいに訓練しても意味は無いしな。
神殿での生活は、衣食住は向こうが用意してくれるが、身の回りの事は自分でやる必要がある。
だから俺はこうして、廊下をブラシで掃除していた。
異世界でも似たようなものはあるんだな。
「(意外と楽しいな)」
水をかけてブラシで擦ると、面白いように汚れが浮く。
こういう単純作業は得意な方だ。
いや、自慢には全くならないんだけどな。
「よし」
神殿は結構綺麗で、床の汚れの多くは土埃が中心だった。
俺は吹き抜ける風を浴びながら、アーケード状の回廊を掃除して回る。
気が付くと、だいぶメインの建物から離れてしまっていた。
崩れ落ちた建物も多くあるから、それに通じる通路なんだろうな。
こんな建物を使ってるくらいだし、この国も相当切羽詰まって居そうだ。
「――――」
「っ」
その時、遠くから声が聞こえてきて、俺は慌てて隠れる。
何で隠れたかは分からないが、強烈に嫌な予感がしたからだ。
「でさあ」
「マジか、帰ったら買うわ」
内田と柏木だ!
俺が最も苦手とする相手二人だ。
あいつらはクラスの中心人物でもあって、滅多に二人で行動しない筈なんだが...
ともかく柱の陰に隠れたまま、二人がどこへ向かうのかを目で追う。
「ああ?」
「この辺にいるって聞いたけどな」
「おい、出てこいよ!」
目的は俺か。
なら尚更出てくるわけにはいかない、何をされるかわからないからだ。
あの二人は特に嗜虐心が強い。
要するに、俺が弱いのがいけないんだ。
弱くて抵抗できないから、虫の脚をちぎって遊ぶように弄ばれる。
ここで縮こまっていれば、バレない...
「お、いたいた。何で隠れてんだよー?」
「何もしないからさ、出てきなよ」
しまった。
掃除用具は流石に隠せない。
「よお」
「よ...よお」
久々に声を出した気がする。
精一杯猿真似してみるが、既に手遅れらしい。
肉食獣に見つめられているような気分になっている俺に、素早く柏木が飛び掛かった。
気付いたときには足を掴まれて、地面に引きずられていた。
「や、やめ!」
「お前さ、最近ちょっと調子乗ってるだろ?」
「躾が足りないんじゃないかと思って」
足を抑えられているので、何も出来ない。
そのまま、内田が近づいてくる。
「ほら、ほら~」
「や、やべで!」
「くすぐったいのかよ、ほら、こっちも」
股間に手が伸びてくる。
平気でカンチョウなどと言ったり、局部を触ろうとしてくる。
こいつらの間では当たり前のスキンシップなのかもしれないが、俺には気持ち悪いだけだ。
ずっと、ずうっと同じことをやられて来た。
教師も周囲も止めない。
親に言えるわけもない。
怖いから?
違う。
尊厳を自分自身で守れなかったなんて、情けない事を言えるわけがないからだ。
傲慢だ?
そうだろうな。
味わったことがない人間には、一生分からない。
「...........」
結局ズボンを奪われた俺は、それを探して神殿内を回った。
池に捨てられていたのを見てショックを受けたが、その辺に干して黙って帰った。
後でローブを貰えたが、それで肌寒さが防げても、惨めさが収まるわけでもなかった。
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