077-魔王城での一幕
魔王国、ヴァー・ロ・ジール。
アルバトロス王国と南部で接し、十三年前から現在まで戦争を続けている国家であった。
もともとはもっと北にあった国家だが、十年の間に少しずつ領土を拡大してきた過去がある。
北にあるとはいえ、別に雪と氷に包まれているという訳ではなく、冬季に若干気温が王国よりも低くなる程度のものだ。
国家の中枢に目を向ければ、そこには湖と、それに面した豪華絢爛たる首都があった。
首都、グロス・ザクラス。
湖から取水し、籠城する事を前提とした城塞都市である。
もっとも、それは今や形骸化しているが。
「.........」
グロス・ザクラスで最も大きく巨大な建築である、魔王城。
その廊下を、一人の角を生やした男が歩いていた。
身長は人間の平均の二倍ほど、戦場で相対すれば、普段は持っていないバトルアックスの一撃により容易に屠られるに違いないだろう。
「ランベ殿、どちらへ?」
「重大な報告がある故、魔王様に謁見する」
その時、背後から追い抜いてきた細身の女が、彼に話しかける。
耳の長い女だ、彼女はそれを聞くと、妖しく微笑む。
「これは偶然ですね、ワタシも同じ用事です」
「リンパルド、幕僚のお前が陛下に何の用なのだ?」
「恐らくは、あなたと同じでしょう」
「ふむ」
二人は並んで歩く。
階段を三つ登り、側近がいるだろう執務室を目指す。
いかなる場合でも、側近に一言言わなければ謁見は許可されない。
魔王軍自体は非常に風通しの良い組織だが、それでも形式というものは守らなければならない。
「...して」
たっぷり数十分後。
二人は魔王城7階に設けられた謁見の間に訪れていた。
魔族式の正座しながら後ろ手に手を交差させ、足と尻の間に挟む姿勢を取りながら跪く二人。
その真正面に座るのは、全身鎧を身に付けた魔王だ。
「余を呼びつけた理由、是非とも拝聴しよう」
「はっ! 魔王様!」
凝った通過儀礼などは存在しない。
魔王と呼ぶ事自体が最大の敬意の表明なのだ。
「一ヶ月ほど前に占拠しましたサバンが奪い返されました故、判断を仰ぎに参りました」
「....何? よく聞こえなかった。もう一度言え」
場の雰囲気が変わる。
魔王が明らかに不機嫌な様子を見せたためだ。
「サバンが奪還されました。たった一夜にして、精強なる兵士が敗れ去ったのです」
「誰がそれを為した?」
「勇者です、我らの知識にない「スキル」を使う者どもによって蹂躙されたと、皆...口々に言っていると」
魔王軍は魔法により移動や通信の技術を高めている。
何をするにも王に徒歩や馬車で....という王国とは大きく異なり、生の反応をそのまま王へと届けることができるのだ。
「勇者.....か。これも運命だな」
魔王が呟く。
怒っている様子ではなく、むしろ嘆息しているような様子であった。
「あの....魔王様?」
「リンパルドよ、幕僚全員を招集せよ。対勇者を踏まえた戦場の準備をしなくてはならぬ」
魔王はリンパルドへ向けてそう命じた。
それは「お願い」ではなく絶対の命令であり、リンパルドは驚いた。
軍を管轄する幕僚程度の自分に魔王が直接命令を下すのだから。
魔王軍においては確かに王が軍権を持つものの、珍しい事だ。
「....ところで、失念していたな。リンパルド、貴殿はいかなる用事であったか?」
リンパルドが立ち上がろうとしたとき、唐突に魔王が忘れていたことを思い出した。
彼女は自分の用事を口にする。
「ランベ殿と変わりません。敗走して来た者達の沙汰を聞きに参りました」
「戦う意欲はまだあるのか?」
「え...は、はい」
「であれば懲罰部隊を編成し、そこに配属させよ。首と四肢がもげていない兵士をむざむざ死なせるのは忍びない」
「寛大なる慈悲に感謝します、魔王様」
リンパルドはそれっきり黙る。
魔王はそれを気に留めることなく、続けていく。
「参謀のノレア・ベルクク、兵站のベルメリア・アンディス、魔王騎士団のウォード・サバイク、そして幕僚達を招集せよ。予定が合わなければそちらで調整し、後で教えるが好い」
「はっ!」
それで謁見は終わった。
ランベとリンパルドは同時に謁見室を出て、肩の力を抜く。
「魔王様、鎧を脱がれなかったな」
「脱がれるのですか?」
「俺やハルバと会う時には少なくともヘルムは脱ぐ。信頼されていない証だな」
「......脱いで頂ける程に信頼を勝ち取って見せましょう」
リンパルドはそう言った。
彼女と別れたランベは、魔王城のバルコニーへ移動する。
首都を一望できる、古い時代には防衛のための設備だったそこに立ち、彼は遠く南を見渡す。
「何が起こっているのだ.....? 人の抗いが、我々に何を齎す.....?」
人は無様に抗い、そして敗北する。
ここ十年来の常識が覆され、彼が抜け出してきた軍部は阿鼻叫喚の騒ぎの渦中にある。
大きな変革の前では、古い常識に裏打ちされた自分はむしろ邪魔になるかもしれない。
そんな不安を抱えて、ランベは南に目を凝らす。
見えるはずの無い前線へと。
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