075-洗礼の光
路地で、一人の魔族が戦っていた。
猫の耳を生やした彼は黒い虫のようなものを相手取っており、それは執拗に彼を攻撃し続けていた。
「く....何なんだ....!」
人間を軽く屠った彼の魔槍......切れ味強化の魔法を施されたその武器でさえ、虫には全く刃が通らない。
逆に虫の攻撃は、あっけなく皮膚を突き破り、彼にダメージを蓄積させていく。
『神に救いを求めよ、汝の敵を愛せよ、邪悪なるものを打ち払うために信仰せよ』
その時、ハルキの詠唱する厳か(に聞こえる)声が天から降り注ぐ。
彼にとってはそれは次なる災害に他ならなかった。
だが、どうしようもない。
魔法投射部隊はほぼ全滅、戦術を魔法に頼っている魔族には弓を扱える者がいない。
空にいるハルキを迎撃する手段がないのだ。
『案ずる事は無く、聖堂はここに。洗礼の時は来た――――〈洗礼聖域〉』
その言葉が途切れると同時に、空に巨大な紋様が浮かび上がる。
逆三角形を中心に文字が書き込まれた魔法陣らしきそれは、薄赤色に発光し、都市に向けて光を発し始める。
「な、んだ、これは」
それを見ていた魔族の男は、不気味な感覚に膝を突く。
そして、深淵の魔物は男を襲わず、じっとそれを見ていた。
彼の中にあった不快感、不気味な感覚は時間が経つにつれ安心感、肩の荷が下りたような感覚へと変化していく。
「そう、か.....信仰すれば、救われる......」
誰かに抱擁されているような、危険な安心感を抱えて男は立ち上がった。
体の震えは収まり、心は一つに、焦点は定まり、おぞましい力がからだ中を駆け巡っていた。
「死ね!」
魔槍が汚染された力を纏い、深淵生物を刺し貫く。
貫かれた生物は声すら上げずに絶命し、溶けるように消えていった。
「これが....唯一なるものの御力.......!」
知らない筈の単語を、洗礼された言語野が引っ張り出す。
男は駆け出す。
更なる信仰を得るために、その奇跡を行った人物の元へ。
複雑な路地を突破し、襲ってくる深淵生物を蹴散らし。
そして、辿り着く。
その場所は半壊した練兵場だった。
だが、その役割だけあり、人を集めるには最適の場所である。
既にそこには、夥しい数の「信仰者」達が集まっていた。
魔族だけではない、人間も同じだ。
『みな、よく集まってくれた』
「「「「「ロア! ロア! アロース!」」」」」
空から降りて来たハルキに対して、信仰者たちは一斉に神を讃える言葉を口にする。
彼等の心は救われ、人間でも魔族でもない別の脅威を知り、その脅威を打ち払うための力を求め、信仰に堕ちたのだ。
だが、まだ足りない。
それではただのマインドコントロールである。
『おまえたちに、真の祝福を授けよう』
次の瞬間、ハルキが右手の平を天へ向ける。
そこから芽吹いた光の花が、信仰者たちへ向けて光の花粉を放つ。
それが信仰者たちに触れた瞬間、「根」が確立する。
『〈教化堕落〉』
厳かなる声が響く。
信仰者たちは自身の過去を改変され、そして忠実なる聖職者へと変わった。
もはや魔王や人の王など、どうでもよくなり、大いなる救済のためならば背く事も厭わないと、本気で考えるようになったのだ。
『信仰者たちよ、聖餐は終わった。俺の命を受けよ』
「「「「「教祖様万歳! 教祖様万歳!」」」」」
『都市に散った、もしくは逃げた者どもを追え。決して逃がすな』
「「「「はい!!」」」」
練兵場を、恐ろしいまでの練度で神の兵士たちが出ていく。
深淵教団の信者として、深淵の魔物と戦う訓練を幼いころから積んできた彼等であれば、たとえ昨日まで民間人であっても――――
同じことだ。
かくして、サバンは二度陥落した。
↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。




