068-帰途
数日後。
俺はスローマから離れる馬車隊の中に居た。
ことは済んだ。
千葉、杉浦、中島、西村、上野の五人は王都へと戻ることになった。
ハイブへと向かわせた坂本と木下、仲間に加えることにした小林と黒田の二人についての偽の情報を持ち帰るためにだ。
もし王都から使いが来ても、街の住人には口裏を合わせるように言ってある。
あの迷宮は、コアを俺が〈侵蝕堕落〉させた影響で、服従下にある。
意思を持ち、侵入者を撃退する。
だから、迷宮に本当にいるのか確かめようとしても少数では無駄だ。
「あなたは、こういう旅をして来たんだ」
「ん? そう、だな」
急に背後から話しかけられ、俺は語彙を失う。
話しかけたのは小林だ。
堕落の際の操作が何か影響したのか、中途半端に自我が残った。
反逆するとか、そういうものではない。
自分から行動できるが、小林の過去は既にハイブに塗りつぶされている。
堕落とはそういう状態なのだと、白石と話して来てよくわかっている、過去をどんなに思い返したところで、ハイブとして生きて来た記憶しかないらしい。
「辛いことはない、燃えるような衝動の中に俺はいる」
「詩的だねー」
白石も加わってくる。
だが、茶化されようとこれは俺の真意だ。
人生に意味はなく、愉悦は虚無へと変わり、復讐には辛い事ばかりだ。
でも、構わない。
燃えたぎる熱い衝動が、心のうちで燃えている。
どんな快楽よりも、心地いい。
俺一人の身長では決して踏み潰せなかったものを、今の俺はやり方次第では真上から踏み潰してしまえる。
あと一歩、あと一歩だ。
一歩の繰り返し。
持たざる者には決して歩くことのできない道を、俺は今歩いている。
二度とない機会で、この道の先で俺は俺自身を世界に認めさせることができる。
大願を成就する。
「難しい顔...何が悩みなの?」
「悩みはない」
「本当に?」
白石が疑いの目を向けてくる。
強いていうなら、こいつらに襲われるかもしれない事くらいか。
ハイブの繁殖欲は、命令程度で抑えが効くものではない。
堕落させたのは俺だし、腹を括るか。
いやまあ、括ったら括ったで、人間じゃない奴らにも襲われることになるんだがな。
メリジューヌやその他蟲どもが順番待ちを作るほどに、あのベノムドミネーターという肉体は人気だ。
「さて...黒田に挨拶に行ってくるか」
そろそろ馬車も止まるだろう。
黒田の作った屍兵が、馬車の周囲を警備していて、その統率は黒田がしている。
外から見れば魔物にしか見えないからな、馬車を狙っていたと言い訳すれば言い訳が立つ。
「馬車結構早いよ、私が行こうか?」
「じゃ、頼まれてくれるか」
「うん」
俺の代わりに白石が立ち上がり、馬車の外へ向けて飛び出していく。
肉体的には学生の頃と変わらないが、ハイブ化によって遥かに頑強になった故にできる事だろうな。
「私にも出来るのかな」
「出来るだろ、ハイブ兵士は皆そうだ」
俺は言い切って、床に寝転がった。
もうだいぶ慣れた、体が痛くなっても堕落すれば治るしな。
しばらく休もう。
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