066-彼が見た悪夢
少し後。
中島は這々の体で迷宮の外へと出ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ....」
迷宮の底には、一度だけ使う事の出来る転移の魔法陣がある。
コアを引き抜いた中島は、遭遇した化け物を地の底に封じ込めるべく、一人脱出したのである。
「くそ.....」
彼は目に見えて焦燥していた。
当然だ、地球からずっと一緒だった仲間が、化け物に同族へと変えられてしまったのだ。
集団心理で怖いモノが無かった彼は、一人になった事で反撃する気を失い、ただ逃げる事しかできなかった。
彼のスキルは〈炎王〉。
火魔法の魔力消費が大幅に軽減され、詠唱も短くて済む。
それ故に殲滅力に特化していたため、あの場で反撃すれば多少なりとも同様は与えられていただろう。
与えられたところで...だが。
「(やべえ、疲れが...早く知らせないと!)」
迷宮の転移魔法陣は、入り口に飛ばしてくれるわけではない。
迷宮外の目立たない場所に転移するのだ。
それ故に中島はすぐに目的地へ辿り着くことができず、街に辿り着いたのは朝になってからだった。
「勇者様! どうされたんですか!?」
朝になって門が開いたため、中島は急いで中へと駆け込む。
そして、最初に話しかけて来た兵士に向かって叫ぶ。
「迷宮の奥に化け物が居た! 俺以外は全員捕まって...!」
「なんと...大変な事です、隊長ー!」
「どうした! ...勇者様!?」
更に奥から高齢の兵士が現れた。
中島は安堵する、彼も言い繕い、独立を謳っても所詮は大人になれない子供なのだ。
大人に囲まれれば、安全な場所にいるという認識ができる。
三人は詰所内へ移動し、そこで中島の話を聞いた。
「そんな事が...」
「大変でしたね」
「あ、ああ。ありがとうございます」
これで何とかなる、ならなくても皆に伝える事ができる。
完全に安心し切っている中島に、隊長が話しかける。
「ところで、その化け物というのは...?」
「わからない、虫とか獣とか...人っぽいのも居た、そいつが俺の仲間を...」
「そうですか...」
その時、隊長が中島を凝視する。
他の人間も同様だ。
「ひょっとして、その化け物というのは...コウイウノデハナイデスカ?」
「っひ!?」
一拍置いて、隊長の顔がぱっくりと割れ、そこから一気に化け物へと形を変えていく。
中島は椅子を蹴倒して後退する。
それでもまだ、化け物なのは一人だけだと感じていた。
だが、
「良かったです、間違ッテイナクテ」
「う、わぁあああ! 炎よ、踊れ! ブラストバーン!」
中島は反射的にスキルを使い、炎で部屋を焼き払った。
だが、
「大丈夫デスカ?」
「大丈夫デスカ?」
「うわぁあああああ!」
そこに立っていたのは、擬態した姿のハイブだった。
化け物とはいえ人間の姿をしたハイブに、中島は恐怖感と、人間を傷つけた事による罪悪感でパニックに陥る。
転げるように詰所を抜け出して、街の中心へ。
彼は考えが及ばなかった。
衛兵が「こう」なのであれば、街中が「こう」でないという保証はどこにもないのだが。
日本という警察組織が一定の治安を担保する法治国家の生まれである彼は、無意識のうちに街という囲いが担保する安全地帯という認識に執着し、街の中にさえ入れば助かる、そう言った妄執に取り憑かれていたのだ。
「勇者様」
「勇者様」
「勇者様」
「勇者様」
笑っていない目で、笑顔を貼り付けた住民たちが中島を取り囲む。
中島は魔法を使おうとするが、人を傷付けられないという自制心で抑え込んでしまう。
もともと彼に嗜虐心といったものはなく、いじめの主導ですらない。
周囲と合わせ、周囲を楽しませる事ができる道化であるからだ。
「中島くん」
「...っ!?」
その時。
不気味な空気を切り裂いて、一人の声が中島の耳朶を打つ。
振り返った中島は、そこに立つ彩乃の姿を見た。
「彩乃、無事だったのか」
「無事?」
「あ、ああ。皆化け物に変えられちまったんだ!」
「大丈夫、みんな無事だよ?」
彩乃は笑みを浮かべた。
その背後から、影から現れるようにして、五人の人影が起き上がる。
「う、わぁああああ!」
不気味な笑みを浮かべた杉浦、小林、西村、上野、木下の五人。
近づいてくる五人に対して、中島は何も出来なかった。
早朝の都市に、鋭い悲鳴が響き渡り、そして誰もそれを気に留めなかった。
彼がどうなったかは、誰も知らない。
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