058-機を待つ
翌日。
俺は朝起きて、井戸水で顔を洗っていた。
水道水も冷たく感じていたけど、井戸水はレベルが違うな。
冬の水道水って感じだ。
川から遠いここは、井戸水しか水源がない。
トイレは汲み取り式だ。
胃腸が弱い奴はこの世界で生きて行けなさそうだな。
『ボス。コレカラ迷宮ニ出マス』
『監視ハ引キ続キ行イマス』
「任せる....って、返事は出来ないんだったな」
こんな街中で堕落は使えない。
他の姿にはなれるが、上手く伝達できるかは分からない。
厳密にはベノムドミネーターとは別人だからな。
あいつらが一層を抜けるまでは、騒ぎを起こすわけにはいかない。
迷宮自体は全部で六層まで判明していて、その先はわからないが、外界のニュースが伝わるのは二層まで。
あいつ等なら今日中に三層まで辿り着くだろう。
「白石、スキルの準備をしろ」
「うん、分かってる。いつでも出来るよ」
堕落した影響で、スキルはそのIFに上書きされて強くなる。
迷宮の近くの平野で試したが、とんでもない範囲にとんでもない効果を齎していた。
今までとは比較にならない。
「まあ、今日中ではないけどな」
「あ、そだよね」
「飯でも食いに行くか」
「おっけー」
俺たちは宿を出る。
客に怪訝な目で見られているが、まあ一昨日あった事を考えるとな。
街は別に変わった様子は無かったが、酒場に行くと数人が飲んだくれていた。
いつもは居ない面子だ。
話を聞く勇気は陰キャだから無いとしても――――
「あれー? いつもこの時間にいたっけ? セルンさん」
「あー? 勇者のお嬢ちゃんか」
「は?」
いつの間に知り合いになってたんだ?
ともかく白石は、俺の前で飲んでいた男に話しかけていた。
「おいジジイ、お冷持ってこい! あるだろ、氷!」
「うるせえ! 金払え!」
怒鳴り合いの後、白石は男と共に机に座って話し始めた。
真似できんな、この馴染み具合は。
今だからわかる、俺は否定されるのが怖かったんだ。
誰かと話して、話そうとしたこと自体を否定されるのが。
まあ、それを知ったところで――――別にコミュニケーション能力が上がるわけでもないんだが。
どんなに歳を食ったって、どんなに経験豊富になったって、結局は人付き合いが下手なんだ、俺は。
「色々分かったよ~」
「あ、ああ」
銅貨数枚を犠牲に新種のドリンクを開拓していた俺は、会話が終わったらしい白石が話しかけてきた。
同時に、俺の注文していた豆もつまみ食いされた、解せん。
「迷宮が封鎖されたんだって」
「封鎖?」
「勇者チームが攻略に乗り出すから、封鎖。以後は迷宮も無くなるから、商売あがったりだって」
「そうか.....」
哀れだとは思わないが。
どうせここもハイブに沈む、一生俺に仕えるというやりがい一杯の仕事が待っているからな。
迷宮跡もハイブの影響下にあるから、茶番の魔物狩りで一生食っていけるだろう。
アフターケアも充実している。
「それよりさ、ラルハンさんがこれ。貧相な物食うなって」
「貰っておく」
俺は白石から小皿を受け取る。
独特な匂いのする野菜....漬物か?
つまんで食うと、意外に悪くなかった。
躊躇しない理由は、匂いが胡瓜の糠漬けに似ていたからだ。
俺、あれ好きだったんだけどな。
「うまい」
「よかったね」
「まあな」
遠慮はしない。
白石は食事が要らないが、俺には必要だからな。
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