043-実に残酷な現実と理想の乖離
一時間後。
戦況は完全に劣勢に傾きつつあった。
死を全く恐れずに突っ込んでくるハイブ魔物相手に、ただの兵士たちは次々と斃れていく。
ハイブ魔物を1体倒すのに三、四人が死ぬのだ。
算盤が合わない。
「〈氷結世界〉!」
今もまた、少女の声が響く。
かつては後衛だった、今は先陣となった場所で逃げるに逃げられず、スキルを連発する声が。
七海は戦い続けていた。
四方八方から襲い掛かる敵に対して、従者の騎士がいなければとっくに死んでいる。
傷を氷魔法で塞ぎ、動かない足を氷で支え。
折られた腕を氷で強引に固定して。
「〈氷結世界〉...ッ!」
〈氷結世界〉には二つの効果がある。
〈勇者〉が複数の効果で成り立っているように、発動するだけではない効果を持つスキルは他にも存在する。
〈氷結世界〉の効果は二つ、
一つは周囲全てに干渉する凍結能力。
もう一つは氷魔法への大幅な適性上昇効果。
「我が、命じる...魔力よ、光れ、活きよ...我が、意思を...この場へと...示せ! ヘイルレイン!」
簡易的な詠唱を済ませると、空から尖った氷の雨が降り注ぎ、鋭利な鏃となって魔物の体を穿つ。
もうとっくに、魔力は底を尽きている。
スキルと違い、魔法は魔力が尽きれば終わりだ。
だがスキルは、彼女のスキルは周囲を巻き込む。
彼女を守っている騎士の命まで、凍らせてしまうのだ。
「〈氷結世界〉!」
また、氷の波動が周囲全体を覆う。
彼女自身には涼しい風としか感じられなかった風の爆発は、騎士の側を通る頃には北風の如く冷え切り、広がっていくに連れて冷たく厳しく変化していく。
まるで花が咲くように、地面についた霜が、氷が外向きへと広がっていく。
「ごほっ!」
七海は咽せる。
とっくに枯れ切った声を張るのも、限度が来たのだ。
「少しだけ...休ませてよ...!」
「お任せを、勇者様」
騎士が立ち上がる。
すっかり霜がついた鎧を脱ぎ捨てて、剣を振るって襲ってくる魔物を打ち倒す。
その間に息を整えた七海は、閉じていた目を開ける。
そこに宿っていたのは、ついこの間まで学生だった小娘の、小動物が威嚇するような弱い煌めきではなく、覚悟を決めた戦士の光だった。
......そうまでして、なぜ彼女は戦うのか?
「あとは...お願いします...勇者、様...」
「押し付けないで、〈氷結世界〉!」
彼女は決して振り返らない。
「あたしはハルキを守ってみせる。だって、あんたは...」
彼女の背後にある都市にいる人物を守りたいと思ったからこそ、彼女は、彼女は...
『ソレハ、随分ト虫ノ良イ考エダ』
唐突に、声が響く。
咄嗟に、彼女は避ける。
そこに何かが突き刺さり、地面を一瞬で溶かして広がって蒸発した。
「誰!?」
七海はそれが飛んできたと思われる方向を見た。
そして、見た。
ベノムドミネーターを。
その姿は、彼女の理想のハルキから離れすぎていたために、彼女は気付かなかった。
「あんたが首謀者...! 殺して、やる!」
「ヤッテ見セロ」
ベノムドミネーターは右腕を、変形し、何か砲身のようになった腕を構えた。
「出来ル物ナラナ」
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