044-地の底より来るもの
時は少し遡る。
人類軍がハイブ軍と接触し、ハイブ魔物が撤退するハイブ軍を引き継いで、数十分が経過した時。
『頃合イダ』
声が響く。
その声はハイブのネットワーク全体へと伝播し、そして蟲達が最初に行動を開始した。
この数日間の混乱に乗じて敷設した通路を通り、都市の中へと湧き出したのだ。
確かに蟲達は弱い。
だがそれは魔物だった時の話であり、ハイブ生物と化した今は違う。
戦闘経験も無ければ、身を守る鎧すら着けていない民間人を殺戮する事など、彼等にとっては些事である。
それどころか、この都市の攻略自体が全力の彼らにとっては遥かに役不足だった。
「助けて、変な虫が!」
「ぎゃあああ、痛い!」
混乱が伝播していく。
だが、その混乱は中心部からではなく、外周部からゆっくりと広がっていく。
城壁を伝って登った蟲が、神経毒で城壁の人員を無力化したため、外の騒ぎは中へとは広がらない。
蟲たちは、これ幸いと麻痺させた人間を齧る。
彼等にとっては....そう、略奪のようなものだ。
ボスがやって来て堕落させて仲間にする前に、大っぴらに肉を齧っておきたい。
そういう原始的な欲に従ったものだ。
そして、彼等が恐れているボスの号令は、未だに発せられていない。
その理由は単純だ。
大型種が出てくるために、中型が頑張って穴を開けているからである。
既に中型は街の中へと侵入しているが、その多くは溶解液で穴を開けている最中であり、まだまだ侵攻は始まったばかりであった。
地下に拠点を築き、既に相当数の戦力が侵入しているにもかかわらず、初の街の攻略は意外にも難航していた。
「そうか」
そういう報告を受け取り、嘆息した人間がいた。
誰あろう、当然ながらハルキである。
宿で立ち上がった彼は、部屋の中を見回してから、呟く。
「――――〈堕落〉」
その姿が、黒い靄に包まれる。
そして、靄を破って黒く変色した腕が突き出る。
中から現れたハルキは、ベノムドミネーターへと姿を変えていた。
ハイブ生物たちのボスであり、彼が得た三つの力のうちの一つ。
彼はドアを力任せに引き千切り、宿の外へと向かう。
「あ、お客さん、今外には出ない方が――――」
足音を聞きつけて反応した宿の主人は、上階から降りてきた怪物に腰を抜かした。
そのすきを狙い、ベノムドミネーターの足元から「根」が伸びる。
「〈侵蝕堕落〉」
無慈悲なる侵入。
防御も回避も叶わないそれを受け、ただの人間である主人はといえば。
「うぎゃあああああああああ!!」
叫び、転げまわる以外の術を持たなかった。
それも数秒すれば収まり、何事もなかったかのように主人は立ち上がった。
その顔からは表情というものが消え失せている。
「情報ヲ集メテ来イ」
『ハイ』
ただのハイブ生物と化した「それ」は、人間の模倣をしながら宿を出ていく。
ベノムドミネーターはといえば、根を宿全体に伸ばしていた。
「〈侵蝕堕落〉」
再び、無慈悲と理不尽が襲う。
宿の人が泊まっていた全てのドアが開き、忠実な僕と化した者たちがベノムドミネーターの前へと出る。
「オ前達ハ奴等ヲ追イ込メ」
『ハイ』
『ハイ』
『ハイ』
響き渡る絶叫。
たちまちハイブ生物としての本性を剥き出しにした元人間たちは、宿の扉をぶち破り、外へと出て行った。
それを見届けたベノムドミネーターは、右腕から無数の毒の触手を引きずり出した。
狩りが始まる。
↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。




