神の戸
昼休み。
旧校舎の茶室。
全員の視線が一点に集まっていた。
机の上。
そこに置かれた白い封筒。
昨夜。
夢の中で受け取ったはずの招待状。
しかし。
今は現実に存在している。
「何回見ても意味分かんねぇ……」
龍真が額を押さえた。
「夢の中の手紙が現実に出てくるとか」
「ホラーだろ」
『分類としては超常現象です』
「知ってる」
シロは封筒を見つめている。
まるで。
呼ばれているようだった。
◇
「開けてみるか」
龍真が言う。
その瞬間。
「待ちなさい」
那由禍だった。
いつになく鋭い声。
全員が振り返る。
「それを開くということは」
静かな瞳。
だが。
どこか怯えている。
「後戻りできなくなる」
珍しい表情だった。
那由禍が。
恐れている。
美月が小さく呟く。
「そんなに?」
「……はい」
短い返事。
だが。
重かった。
◇
「しかし」
玄斎が茶を飲む。
「開けんと始まらん」
「軽いな!?」
龍真が突っ込む。
老人は笑った。
「招待状じゃぞ」
「普通は開けるじゃろ」
「月から来てるんだぞ!」
「遠方からの客じゃな」
「そういう問題か!?」
いつもの玄斎だった。
◇
結局。
封を切ったのはシロだった。
白い封筒。
中から現れたのは。
一枚の紙。
月光のような銀色の文字。
誰にも読めない。
だが。
シロだけは違った。
文字が自然に理解できる。
『月門起動許可証』
その場が静まり返る。
「何て?」
龍真が聞く。
『月門起動許可証』
「だから何だそれ」
『分かりません』
「お前もか」
(笑)
◇
しかし。
那由禍だけが固まっていた。
顔色が悪い。
視線が揺れている。
「月門……」
その単語を口にした瞬間。
頭の中で何かが弾けた。
白い都市。
崩れる塔。
逃げ惑う影。
閉じられていく巨大な門。
誰かの叫び。
『閉じろ!』
『今すぐだ!』
『間に合わなくなる!』
激痛。
那由禍が額を押さえる。
「っ……!」
「那由禍!?」
美月が駆け寄る。
だが。
那由禍は首を振った。
「大丈夫です」
そう言いながら。
全然大丈夫ではなかった。
◇
「場所はどこだ」
龍真が聞く。
シロは紙を見る。
『神の戸』
「神戸か?」
『おそらく』
「おそらくって」
その時。
玄斎が笑った。
「その通りじゃ」
「何が」
「神戸」
「神の戸じゃ」
沈黙。
「ダジャレ?」
美月。
「違う」
那由禍。
全員が振り返る。
顔は真剣だった。
「元々の意味です」
「え?」
「神々が往来する門」
「その管理地」
「それが神戸」
誰も喋れなかった。
冗談だと思った。
しかし。
那由禍は冗談を言わない。
◇
「つまり」
龍真が整理する。
「神戸のどこかに」
「月へ行く門がある?」
「ある」
玄斎。
「正確には」
「学園の地下じゃがな」
全員。
「は?」
◇
放課後。
旧校舎地下。
立入禁止区域。
さらに奥。
さらに奥。
そして。
誰も知らない扉の前。
重い封印。
古い文字。
見たことのない紋章。
玄斎が杖を突く。
封印が消える。
扉が開く。
轟音。
冷たい風。
そして。
全員が息を呑んだ。
巨大な空間。
地下とは思えない。
神殿のような広間。
中央。
白銀の円環。
何十メートルもある巨大な環。
無数の古代文字。
眠るように静止している。
だが。
シロが持つ招待状だけが。
淡く光っていた。
◇
『これが』
シロが呟く。
『月門』
那由禍が拳を握る。
記憶の奥が軋む。
思い出しそうになる。
思い出したくない。
その先にあるものを。
知っている気がした。
「シロ」
珍しく。
那由禍が呼び止めた。
シロが振り返る。
しばらく沈黙。
そして。
那由禍は言った。
「その先にあるものは」
「私ですら恐れています」
空気が凍る。
原初神第一柱。
世界最古級の存在。
その那由禍が。
恐れている。
シロは静かに月門を見上げる。
円環の奥。
暗闇。
その向こうに。
何があるのか。
まだ誰も知らない。
ただ一つ。
確かなことがあった。
もう。
後戻りはできない。
月門の中心で。
白い光が。
ゆっくりと灯り始めていた。




