招待状
翌朝。
シロは珍しく考え事をしていた。
登校中。
龍真の隣を歩きながら。
美月の話を聞きながら。
それでも。
意識の一部は月へ向いている。
「聞いてる?」
美月が覗き込んだ。
『聞いています』
「何の話だった?」
『昨日の夕食についてです』
「違うよ!」
即答だった。
龍真が吹き出す。
「重症だな」
『重症?』
「上の空って意味だ」
シロは少し考えた。
『否定できません』
珍しい返答だった。
◇
昼休み。
中庭。
三人はいつものベンチにいた。
だが。
いつもと違うのは。
シロの方だった。
『龍真』
「ん?」
シロが真っ直ぐ見る。
『私は月へ行きたいです』
沈黙。
美月が固まる。
龍真も固まる。
数秒後。
「却下」
即答だった。
『なぜですか』
「危険だからだ」
『根拠は』
「全部だ」
『論理性がありません』
「月面都市とか夢で見た場所に行こうとしてる方が論理性ないだろ」
シロは返せなかった。
それは少しだけ正しい。
◇
「でも」
美月が手を挙げる。
「私は行きたい」
「お前なぁ」
龍真が頭を抱える。
「絶対言うと思った」
「だって気になるもん!」
「観光じゃないんだぞ」
「分かってるよ」
美月は少しだけ真面目な顔になる。
「でも」
シロを見る。
「一人じゃ行かせられない」
シロが瞬きをする。
理由が分からない。
だが。
胸が少し温かい。
「それに」
美月が笑った。
「うさぎさん見たいし」
「そっちが本音だろ」
「うん」
龍真は深く溜息を吐いた。
◇
放課後。
竹林。
茶室。
今日は全員いた。
玄斎。
那由禍。
龍真。
美月。
シロ。
珍しい顔ぶれ。
「月へ行くべきではありません」
最初に口を開いたのは那由禍だった。
全員が見る。
「珍しいな」
龍真が言う。
「お前が反対するのか」
「行けば分かるからです」
静かな声。
「何が?」
美月が聞く。
那由禍は答えない。
しばらく黙り。
そして。
「思い出してしまう」
そう言った。
空気が重くなる。
誰も冗談だと思わなかった。
那由禍は本気だ。
本当に。
思い出したくないのだ。
◇
「しかし」
玄斎が茶を飲む。
「行くことになるじゃろうな」
「だから何でだよ」
龍真が突っ込む。
老人は笑った。
「招待されたからじゃ」
「だから招待状って何なんだ」
「そのうち来る」
「雑だな!」
玄斎は楽しそうだった。
何かを知っている。
しかし。
教える気はない。
いつも通りだった。
◇
夜。
シロは再び夢を見る。
白い世界。
白い門。
白い少女。
そして。
うさぎ。
「来た!」
今日も元気だった。
『こんばんは』
「こんばんは!」
うさぎは満面の笑顔で飛び跳ねる。
「よし!」
「今日は届け物!」
『届け物?』
「うん!」
うさぎはどこからともなく白い封筒を取り出した。
月光のように輝く封筒。
封印の紋章。
古い文字。
シロには読めない。
だが。
なぜか。
知っている気がした。
「招待状」
うさぎが言う。
その瞬間。
白い少女の表情が少しだけ曇る。
「本当は」
少女が呟く。
「こんな形で呼びたくなかった」
寂しそうな声だった。
『何が起きているのですか』
シロが問う。
答えは返らない。
代わりに。
うさぎが門の向こうを見る。
都市の奥。
遠く。
さらに遠く。
何か巨大な黒い影。
以前より近い。
以前より大きい。
そして。
確実に動いていた。
ゆっくりと。
目覚めるように。
うさぎの笑顔が消える。
「急いで」
珍しく真剣な声。
「もう時間がない」
世界が揺れる。
夢が崩れる。
最後に。
白い封筒だけが残った。
◇
シロは目を覚ました。
真夜中。
静かな部屋。
しかし。
机の上に。
あり得ないものが置かれていた。
白い封筒。
夢で受け取ったはずの。
月光のような封筒。
シロはしばらく動かなかった。
やがて。
静かに呟く。
『招待状』
窓の外。
月だけが。
何も知らないように輝いていた。




