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思兼学園異聞  作者: 歌麿
第二部 桜と龍と恋する神殺し~神殺し候補は恋に全力です~
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月の案内人

 夢を見ていた。

 白い世界。

 静かな風。

 どこまでも続く白い海。

 そして。

 巨大な門。

 月光で造られたような白銀の門が、静かに佇んでいる。

 その前に。

 一人の少女。

 そして。

 一羽のうさぎ。

「来た来た!」

 うさぎが飛び跳ねた。

「今度こそ来た!」

『……』

 シロは数秒考えた。

『質問があります』

「うん!」

『どちら様ですか』

 うさぎが固まった。

「またそれぇ!?」

 白い少女が小さく笑う。

 その笑顔はどこか懐かしい。

 だがシロには理由が分からない。

『初対面です』

「違うんだって!」

 うさぎは前脚を振り回した。

「忘れてるだけ!」

『記録に存在しません』

「だからそれが問題なんだよ!」

 頭を抱えるうさぎ。

 シロは首を傾げた。

『問題なのでしょうか』

「大問題だよ!」

 即答だった。

 翌朝。

「最近寝不足?」

 登校中。

 美月が心配そうに覗き込む。

 シロは首を振った。

『問題ありません』

「でも最近ぼーっとしてるよ?」

『夢の観測中です』

「何それ」

 龍真が思わず突っ込む。

「意味は分かる」

『夢を観測しています』

「言い方がおかしいんだ」

 シロは少し考えた。

『では夢の調査中です』

「さらに仕事っぽくなった」

 美月が笑った。

 その笑顔を見て。

 シロは少しだけ胸の奥が温かくなる。

 理由は分からない。

 だが。

 夢の中の少女が見せる笑顔と。

 どこか似ている気がした。

 昼休み。

 茶室。

 玄斎はいつものように茶を飲んでいた。

「月の話だろ」

 龍真が言う。

「そろそろ何か教えろ」

 玄斎は小さく笑った。

「急くのう」

「急ぐだろ」

「月が欠けたんだぞ」

 老人は湯飲みを置く。

 そして。

 静かに言った。

「そろそろ招待状が届く頃じゃ」

 沈黙。

「……は?」

 龍真。

「招待状?」

 美月。

「パーティー?」

 玄斎。

「似たようなもんじゃ」

「絶対違うだろ」

 龍真は即座に否定した。

 その夜。

 シロは再び夢を見る。

 白い世界。

 巨大な門。

 少女。

 うさぎ。

 今度はうさぎが腕――いや前脚を組んで待っていた。

「よし」

「今日はちゃんと説明する」

『期待します』

「その言い方やめて」

 うさぎは溜息を吐く。

「私は案内人」

『案内人』

「うん」

「君たちを見守る役目」

『君たち』

「そう」

 うさぎの表情が少しだけ曇る。

「昔から」

『昔?』

「……」

 うさぎは口を閉じた。

 何か言いかけて。

 やめた。

「まだ早い」

 代わりにそう言った。

『皆そう言います』

「皆?」

『まだ思い出さないで』

『会いたかった』

『早く来て』

『まだ早い』

 シロは指折り数えた。

『最近よく言われます』

 うさぎは吹き出した。

「ぷっ」

「それはそうだろうね」

「君は昔からそうだった」

『昔を知っているのですか』

 うさぎは答えない。

 代わりに門を指差した。

「見て」

 巨大な門が。

 ゆっくり開く。

 光が溢れた。

 眩しい。

 だが。

 その光の向こうに見えたものに。

 シロは動きを止めた。

 都市。

 巨大な都市。

 白銀の塔。

 空へ伸びる橋。

 無数の建造物。

 人の街に似ている。

 だが。

 人の街ではない。

 もっと古い。

 もっと静かだ。

『これは』

 シロの声が震える。

 理由は分からない。

 だが。

 胸が痛い。

 懐かしい。

 帰りたい。

 そんな感情が込み上げる。

 白い少女がそっと答えた。

「あなたの家」

 静かな声だった。

 優しく。

 そして。

 どこまでも悲しく。

 シロは言葉を失う。

 家。

 そんなものは知らない。

 龍真たちと出会う前の記録は曖昧だ。

 だが。

 その街を見た瞬間。

 なぜか思った。

 帰りたい。

 帰らなければ。

 そこに。

 何かがある。

 何かを忘れている。

 その時だった。

 都市の奥。

 巨大な影が動いた。

 山ほどもある黒い影。

 ゆっくりと。

 まるで眠りから覚めるように。

 白い少女の顔が曇る。

 うさぎも笑顔を消した。

「……もう時間がない」

『何がですか』

 答えは返ってこない。

 世界が崩れ始める。

 夢が終わる。

 最後に聞こえたのは。

 少女の声。

「来て」

 それだけだった。

 シロは目を覚ました。

 真夜中。

 窓の外。

 月が浮かんでいる。

 静かな夜。

 だが。

 シロは初めて自分から呟いた。

『行かなければ』

 その言葉は。

 誰に聞かせるでもなく。

 月へ向けられていた。

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