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思兼学園異聞  作者: 歌麿
第二部 桜と龍と恋する神殺し~神殺し候補は恋に全力です~
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月へ続く問い

 翌朝。

 世界は少しだけ騒がしかった。

 テレビ。

 ネット。

 新聞。

 どこを見ても同じ話題。

 昨夜。

 月が欠けた。

 あり得ない形で。

 数秒だけ。

 しかし確かに。

 世界中の観測機器が記録していた。

「CGじゃないのか?」

「観測所も見てるらしいぞ」

「じゃあ何なんだよ」

 教室の中も騒がしい。

 龍真は窓際の席から空を見た。

 昼の月。

 何事もなかったように浮かんでいる。

 だが。

 昨夜見た光景は忘れられなかった。

「なあ」

 隣の席。

 美月が小声で話しかけてくる。

「見たよね?」

「ああ」

「私の見間違いじゃないよね」

「俺も見た」

 それだけで十分だった。

 少なくとも。

 二人とも正気だった。

 昼休み。

 中庭。

 三人はいつものベンチにいた。

 だが。

 空気はいつもと違う。

「シロ」

「何か分かったか?」

 龍真の問い。

 シロは少しだけ視線を落とした。

『不明です』

「不明?」

『観測結果は存在します』

『しかし解析不能です』

 珍しい。

 本当に珍しい。

 シロが答えを持っていない。

『発信源は月面と推定』

『精度九十九・七パーセント』

「十分高いだろ」

『ですが理由が分かりません』

 沈黙。

 その時だった。

「でも」

 美月が言う。

 二人が見る。

「怖くなかった」

 風が吹いた。

「むしろ」

「懐かしい感じがした」

 シロが目を見開く。

『同意します』

 龍真が固まる。

「お前も?」

『はい』

『悲しい』

『懐かしい』

『ですが敵意は感じません』

 余計に分からなくなった。

 その頃。

 竹林。

 茶室。

 那由禍は静かに座っていた。

 珍しく囲碁盤はない。

 玄斎も茶を飲むだけ。

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて。

「危険です」

 那由禍が言った。

 玄斎は湯飲みを置く。

「ほう」

「非常に危険です」

 その声音には迷いがあった。

 原初神第一柱。

 世界創世に関わった存在。

 そんな彼が。

 今。

 分からないと言っている。

「何が見えとる」

 玄斎が聞く。

「記憶の空白です」

 那由禍は空を見る。

 昼の月。

 遠い。

 遠すぎる。

「そこに何かがあった」

「確信があります」

「ですが思い出せません」

 一拍。

「思い出したくない」

 その言葉に。

 玄斎だけが反応した。

「なるほどのう」

 老人は小さく頷く。

 そして。

 空を見上げた。

「月が怪しいと思うか?」

 那由禍は答えない。

 答える必要がなかった。

 怪しい。

 誰が見てもそうだ。

 だが。

 玄斎は首を振る。

「違う」

「?」

「月が怪しいんじゃない」

 老人の目が細くなる。

「月は蓋じゃ」

 沈黙。

 風が竹を揺らす。

「蓋?」

 那由禍が初めて聞き返した。

「そうじゃ」

「何かを閉じ込めるためのな」

 その瞬間。

 那由禍の瞳が揺れた。

 知らないはずなのに。

 その言葉を。

 どこかで聞いた気がした。

 夜。

 寮の部屋。

 シロは窓辺に座っていた。

 月を見る。

 静かな夜。

 何も起きない。

 そのはずだった。

 いつの間にか。

 眠っていた。

 夢。

 白い世界。

 またここだった。

 どこまでも白い。

 空も。

 海も。

 風も。

 そして。

 一人の少女。

 白い髪。

 白い瞳。

 白い服。

 今度は少し近い。

『待って』

 少女が言う。

 シロは歩く。

 一歩。

 また一歩。

 近付く。

 あと少しで顔が見える。

 その時。

 世界に亀裂が走った。

 夢が壊れる。

 少女が悲しそうに笑う。

『まだ駄目』

 そして。

 消える直前。

 最後の言葉だけが残った。

『早く来て』

 目が覚めた。

 真夜中だった。

 窓の外。

 月が浮かんでいる。

 シロはしばらく黙っていた。

 そして。

 小さく呟く。

『月へ?』

 返事はなかった。

 だが。

 どこか遠くで。

 誰かが待っている気がした。

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