月を見る者たち
その日の朝も。
思兼学園は平和だった。
「シロー!」
元気な声が校門前に響く。
『おはようございます』
「おはよー!
満面の笑顔。
今日も全力。
今日も通常運転。
美月である。
「眠そうですね」
『睡眠不足ですか』
シロが龍真を見る。
龍真は小さく欠伸をした。
「ああ」
「夢見が悪かった」
「どんな夢?」
「覚えてない」
本当だった。
何か夢を見た。
確かに見た。
だが内容が思い出せない。
残っているのは。
妙な胸騒ぎだけだった。
◇
昼休み。
中庭。
龍真はベンチに座り。
美月は隣に座り。
シロは立ったまま弁当を食べていた。
『行儀が悪いです』
「じゃあ座ろうよ」
『必要性を感じません』
「感じて!」
いつもの会話。
その途中だった。
美月がふと空を見る。
青空。
白い雲。
そして。
昼の月。
薄く浮かぶ半透明の円。
「……あれ?」
違和感。
その瞬間。
月の前に。
一人の少女が立っていた。
白い髪。
白い服。
静かな瞳。
こちらを見ている。
「っ!」
思わず立ち上がる。
だが。
瞬きした瞬間。
消えた。
何もない。
ただの月。
「……」
「どうした?」
龍真が聞く。
美月は少し迷ってから言った。
「今」
「誰かいた」
シロの動きが止まる。
『どのような人物でしたか』
「え?」
『詳細を』
その声音は真剣だった。
美月は少しだけ不安になる。
「白い髪の女の子」
『……』
「シロ?」
数秒。
沈黙。
そして。
『私も見ています』
空気が変わった。
◇
同じ頃。
那由禍は夢を見ていた。
白い海。
白い空。
白い世界。
何もかもが白い。
その中央。
一人の少女が立っている。
振り返る。
顔が見える。
見えたはずだった。
「――」
そこで目が覚めた。
静かな部屋。
夜明け前。
「……」
額に手を当てる。
珍しい感覚だった。
恐怖。
それに近い何か。
「思い出したくありません」
自分で言って驚く。
なぜだ。
知りたいはずだ。
真実を。
失われた記憶を。
なのに。
思い出すことが怖い。
そんな感情が生まれていた。
◇
放課後。
竹林。
茶室。
玄斎は一人で空を見ていた。
月。
まだ薄い昼の月。
「来るか」
誰もいない。
返事もない。
それでも老人は小さく笑った。
「面倒じゃのう」
◇
夜。
下校途中。
三人は並んで歩いていた。
龍真。
美月。
シロ。
いつもの帰り道。
いつもの景色。
そのはずだった。
『停止』
突然。
シロが立ち止まる。
「どうした?」
龍真が振り返る。
シロは空を見ていた。
『月を』
「月?」
美月も見上げる。
そして。
全員が見た。
月が。
欠けた。
本当に。
一瞬だけ。
何かに喰われたように。
丸い月の一部が消える。
数秒。
そして戻る。
「……は?」
龍真が呟く。
美月も言葉を失う。
幻覚ではない。
三人とも見た。
その瞬間。
世界中で。
悲鳴が上がっていた。
SNS。
テレビ。
天文台。
観測所。
全てが同じ異常を捉えていた。
月が欠けた。
あり得ない形で。
そして。
シロの視界が揺れる。
『――』
声。
まただ。
頭の奥。
心の奥。
どこからともなく。
声が響く。
『見つけた』
少女の声。
優しく。
懐かしく。
少しだけ嬉しそうな。
『誰ですか』
シロは問う。
返事が来た。
初めて。
今度は返ってきた。
『会いたかった』
その瞬間。
シロの目が大きく見開かれる。
なぜだろう。
知らないはずなのに。
胸が締め付けられる。
泣きそうになる。
そして。
月の向こう側で。
何か巨大な影が動いた。
まるで。
目覚めるように。




