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思兼学園異聞  作者: 歌麿
第二部 桜と龍と恋する神殺し~神殺し候補は恋に全力です~
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月を見る者たち

 その日の朝も。

 思兼学園は平和だった。

「シロー!」

 元気な声が校門前に響く。

『おはようございます』

「おはよー!

 満面の笑顔。

 今日も全力。

 今日も通常運転。

 美月である。

「眠そうですね」

『睡眠不足ですか』

 シロが龍真を見る。

 龍真は小さく欠伸をした。

「ああ」

「夢見が悪かった」

「どんな夢?」

「覚えてない」

 本当だった。

 何か夢を見た。

 確かに見た。

 だが内容が思い出せない。

 残っているのは。

 妙な胸騒ぎだけだった。

 昼休み。

 中庭。

 龍真はベンチに座り。

 美月は隣に座り。

 シロは立ったまま弁当を食べていた。

『行儀が悪いです』

「じゃあ座ろうよ」

『必要性を感じません』

「感じて!」

 いつもの会話。

 その途中だった。

 美月がふと空を見る。

 青空。

 白い雲。

 そして。

 昼の月。

 薄く浮かぶ半透明の円。

「……あれ?」

 違和感。

 その瞬間。

 月の前に。

 一人の少女が立っていた。

 白い髪。

 白い服。

 静かな瞳。

 こちらを見ている。

「っ!」

 思わず立ち上がる。

 だが。

 瞬きした瞬間。

 消えた。

 何もない。

 ただの月。

「……」

「どうした?」

 龍真が聞く。

 美月は少し迷ってから言った。

「今」

「誰かいた」

 シロの動きが止まる。

『どのような人物でしたか』

「え?」

『詳細を』

 その声音は真剣だった。

 美月は少しだけ不安になる。

「白い髪の女の子」

『……』

「シロ?」

 数秒。

 沈黙。

 そして。

『私も見ています』

 空気が変わった。

 同じ頃。

 那由禍は夢を見ていた。

 白い海。

 白い空。

 白い世界。

 何もかもが白い。

 その中央。

 一人の少女が立っている。

 振り返る。

 顔が見える。

 見えたはずだった。

「――」

 そこで目が覚めた。

 静かな部屋。

 夜明け前。

「……」

 額に手を当てる。

 珍しい感覚だった。

 恐怖。

 それに近い何か。

「思い出したくありません」

 自分で言って驚く。

 なぜだ。

 知りたいはずだ。

 真実を。

 失われた記憶を。

 なのに。

 思い出すことが怖い。

 そんな感情が生まれていた。

 放課後。

 竹林。

 茶室。

 玄斎は一人で空を見ていた。

 月。

 まだ薄い昼の月。

「来るか」

 誰もいない。

 返事もない。

 それでも老人は小さく笑った。

「面倒じゃのう」

 夜。

 下校途中。

 三人は並んで歩いていた。

 龍真。

 美月。

 シロ。

 いつもの帰り道。

 いつもの景色。

 そのはずだった。

『停止』

 突然。

 シロが立ち止まる。

「どうした?」

 龍真が振り返る。

 シロは空を見ていた。

『月を』

「月?」

 美月も見上げる。

 そして。

 全員が見た。

 月が。

 欠けた。

 本当に。

 一瞬だけ。

 何かに喰われたように。

 丸い月の一部が消える。

 数秒。

 そして戻る。

「……は?」

 龍真が呟く。

 美月も言葉を失う。

 幻覚ではない。

 三人とも見た。

 その瞬間。

 世界中で。

 悲鳴が上がっていた。

 SNS。

 テレビ。

 天文台。

 観測所。

 全てが同じ異常を捉えていた。

 月が欠けた。

 あり得ない形で。

 そして。

 シロの視界が揺れる。

『――』

 声。

 まただ。

 頭の奥。

 心の奥。

 どこからともなく。

 声が響く。

『見つけた』

 少女の声。

 優しく。

 懐かしく。

 少しだけ嬉しそうな。

『誰ですか』

 シロは問う。

 返事が来た。

 初めて。

 今度は返ってきた。

『会いたかった』

 その瞬間。

 シロの目が大きく見開かれる。

 なぜだろう。

 知らないはずなのに。

 胸が締め付けられる。

 泣きそうになる。

 そして。

 月の向こう側で。

 何か巨大な影が動いた。

 まるで。

 目覚めるように。

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