夢を見る神
神は夢を見るのだろうか。
少なくとも。
那由禍は今まで考えたことがなかった。
必要がなかったからだ。
夢とは願望。
夢とは未練。
夢とは心の残滓。
原初神にそんなものはない。
そのはずだった。
「おはようございます」
聞き慣れた声がする。
シロだった。
なぜかエプロンを着けている。
さらにその隣には。
「朝飯じゃ」
玄斎。
なぜか囲碁盤を持っている。
意味が分からない。
「那由禍さん!」
美月が元気よく手を振る。
「恋愛相談しよう!」
「断ります」
即答した。
だが。
「そう言わずに!」
腕を引っ張られる。
さらに。
「帰るぞ」
龍真まで現れた。
当然のように。
自然な顔で。
その輪の中に。
「何故ですか」
那由禍は言った。
「何故私がここにいるのですか」
誰も答えない。
シロが笑う。
玄斎が笑う。
美月が笑う。
龍真も少しだけ笑う。
意味不明だった。
「だから帰るんじゃろう」
玄斎が言う。
「どこへです」
「決まっとる」
その瞬間。
全員がこちらを見る。
そして。
「おかえり」
世界が白く染まった。
◇
目を開く。
夜だった。
静かな部屋。
月明かり。
那由禍はしばらく動かなかった。
「……」
沈黙。
「何故ですか」
誰に聞くでもなく呟く。
夢。
今のは夢だった。
理解できない。
そもそも夢を見る理由がない。
必要がない。
なのに。
見た。
しかも内容が酷い。
「恋愛相談とは何ですか」
本気で分からなかった。
◇
翌日。
思兼学園。
「シロー!」
朝から元気な声が響く。
「抱きつき禁止です」
「断る!」
いつもの。
本当にいつもの光景。
龍真は慣れたように教室へ入る。
シロも席へ向かう。
だが。
その途中だった。
『――』
何かが聞こえた。
いや。
聞こえた気がした。
シロが立ち止まる。
「どうした?」
龍真が振り返る。
『いえ』
首を振る。
だが。
違和感が残った。
微弱。
極微量。
しかし確かに存在する。
『観測開始』
内部演算。
異常検知。
検索。
照合。
該当なし。
『……』
初めてだった。
データベースに存在しない反応。
◇
放課後。
シロは屋上にいた。
風が吹く。
空は青い。
いつも通り。
だが。
違う。
何かがいる。
見えない。
感じない。
なのに。
確かにいる。
『発信源特定失敗』
『再検索』
『失敗』
『失敗』
『失敗』
内部ログに警告が積み上がる。
その時。
「気付きましたか」
声がした。
振り向く。
那由禍だった。
『あなたもですか』
「ええ」
珍しく。
本当に珍しく。
那由禍は笑っていなかった。
◇
「何ですか」
シロが問う。
那由禍は空を見る。
青空の向こう。
遥か彼方。
「分かりません」
シロが固まる。
『分からない?』
その言葉は異常だった。
原初神第一柱。
世界創世に関わった存在。
その那由禍が。
分からないと言った。
「あり得ません」
那由禍は続ける。
「私はこれを知っているはずです」
『はず?』
「ええ」
少しだけ眉をひそめる。
まるで。
何かを思い出そうとしているように。
「知っている」
「理解している」
「観測している」
そこで言葉が止まる。
そして。
「なのに」
一拍。
「思い出せません」
風が吹いた。
シロは初めて背筋が寒くなるのを感じた。
感覚として。
ではない。
感情として。
それを理解した。
◇
夜。
学園の屋上。
シロは一人で空を見ていた。
月が浮かぶ。
星が瞬く。
静かな夜。
そのはずだった。
『誰ですか』
問いかける。
返事はない。
だが。
その瞬間。
月の向こう側。
何か巨大な影が動いた気がした。
錯覚かもしれない。
見間違いかもしれない。
それでも。
確かに。
そこにいた。
『……』
声が出ない。
見たことがない。
知らない。
理解できない。
それなのに。
どこか懐かしい。
そんな感覚。
一方。
遠く離れた場所で。
那由禍も同じ空を見上げていた。
その顔から笑みは消えている。
初めて。
本当に初めて。
原初神第一柱は警戒していた。
「来るのですか」
誰に向けた言葉なのか。
それは本人にも分からなかった。
ただ。
世界は静かに動き始めていた。




