白狐は怒る
翌朝。
神楽坂美月は上機嫌だった。
理由は簡単である。
登校途中。
龍真と会えたからだ。
「おはよう!」
「おはよう」
返事が返ってくる。
最近は普通に返してくれる。
革命だった。
「今日もいい日だなぁ」
「安いな」
「龍真基準が厳しいんだよ」
美月は笑った。
龍真は呆れた。
そして。
その二人の後ろを。
シロが歩いていた。
『監視継続』
『護衛継続』
いつものログ。
だが。
最近は少し違う。
『神楽坂美月』
『危険』
その表示が消えない。
昨夜から。
ずっと。
シロは空を見上げた。
「嫌な感じがします」
「珍しいな」
龍真が答える。
「根拠は?」
美月が聞く。
「ありません」
少し間を置いて。
「ですが嫌です」
それは。
完全に感情だった。
◇
昼休み。
美月は中庭にいた。
園芸部の花壇。
最近のお気に入りである。
「元気だねー」
花を眺める。
その時。
風が吹いた。
いや。
違う。
空気が変わった。
花の色が失われる。
緑が枯れる。
生命が萎む。
美月の表情が変わる。
「これ……」
知っている。
この前遭遇した気配。
生命を奪うもの。
原初神側。
そして。
目の前の空間が歪んだ。
黒い人影。
以前の妖魔とは違う。
明確な意思を持つ。
人の姿。
しかし顔がない。
『神楽坂美月』
声が響く。
『確認』
『木花咲耶姫因子』
『回収対象』
美月の背筋が凍った。
「何……?」
『同行を要求する』
「断る!」
反射だった。
影が一歩前へ出る。
その瞬間。
『拒否確認』
『強制移送を開始する』
黒い手が伸びた。
◇
だが。
届かなかった。
白い影が間に割り込む。
シロだった。
「接触を禁止します」
静かな声。
だが。
怒っていた。
明らかに。
『管理端末』
『介入権限なし』
「あります」
即答だった。
美月が驚く。
龍真も。
普段のシロなら言わない。
そんな言葉。
『理由を要求』
黒い影が問う。
シロは少し黙った。
答えを探しているようだった。
そして。
小さく言った。
「友達です」
空気が止まった。
美月が目を見開く。
龍真も僅かに驚く。
シロ自身も驚いていた。
だが。
その言葉は本心だった。
「だから」
「渡しません」
◇
黒い影が嗤う。
『感情』
『非効率』
『不要』
その言葉に。
シロの尻尾が揺れた。
怒っていた。
本当に。
初めて。
「違います」
『――』
「感情は不要ではありません」
「感情があるから」
「守りたいと思えます」
白い光が溢れる。
シロの身体を包む。
学園結界が共鳴する。
管理端末ではない。
一つの意思として。
シロがそこに立っていた。
◇
次の瞬間。
龍真が動いた。
「後は任せろ」
黒い影が振り返る。
遅い。
一撃。
空間ごと断ち切る。
黒い影は崩壊した。
断末魔も残さず。
静かに消滅する。
◇
夕方。
屋上。
美月はフェンスにもたれていた。
その肩にシロが乗っている。
「ありがとう」
「何がですか」
「守ってくれた」
シロは黙る。
少しだけ。
照れた。
そんな概念はないはずなのに。
「当然です」
「最重要保護対象ですから」
いつもの言い方。
だけど。
美月は笑った。
「うん」
「友達だもんね」
シロは否定しなかった。
ただ。
小さく尻尾を揺らした。
◇
その夜。
原初神側。
黒い空間。
失われた端末の記録が再生される。
『木花咲耶姫因子確認』
『九頭竜龍真確認』
『白狐端末確認』
そして。
新たな命令が下る。
『計画変更』
『神楽坂美月確保を最優先とする』
暗闇の奥で。
何かが目を開いた。
桜の檻で倒したはずの脅威は。
まだ終わっていなかった。




