白狐、バグります
朝。
思兼学園の屋上。
白狐は一匹、静かに座っていた。
朝日を浴びながら、日課となっている学園結界の確認を行う。
『結界状態正常』
『侵食反応なし』
『学園領域安定』
問題なし。
いつも通りだった。
だから次の表示に、シロは首を傾げた。
『神楽坂美月登校確認』
『安心』
沈黙。
シロは瞬きをした。
『安心』
もう一度表示される。
「……?」
安心。
その単語は管理システムの標準ログには存在しない。
シロは内部データベースを検索した。
該当なし。
「異常です」
自分でそう結論づけた。
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教室では。
「おはよう龍真!」
「おはよう」
即答だった。
美月が固まる。
「えっ」
「どうした」
「今、普通に返事した」
「そうか」
「革命だよ!?」
周囲の女子たちが拍手した。
「おめでとう!」
「ついに!」
「長かったね!」
「何がだ」
龍真だけが分かっていなかった。
美月は机に突っ伏していた。
「今日はいい日だ……」
幸せそうだった。
シロは窓枠の上からその様子を観察していた。
『神楽坂美月』
『笑顔確認』
『安心』
「……?」
まただ。
また表示された。
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昼休み。
美月は当然のように龍真の席へ来ていた。
「お弁当食べよう!」
「断る」
「もう慣れた!」
「慣れるな」
そう言いながら結局席は立たない。
最近の龍真は少し甘い。
美月は気付いている。
本人だけが気付いていない。
「シロも食べる?」
「食べません」
「そう言いながら前は卵焼き食べたよね」
「食べていません」
「食べたよ?」
「……」
食べた。
だが認めたくない。
その時だった。
学園全体にチャイムが鳴り響いた。
『結界管理システム更新を開始します』
放送が流れる。
シロは特に気にしなかった。
いつものメンテナンスだ。
問題ない。
そのはずだった。
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五分後。
校内放送が再び鳴る。
『内部ログを表示します』
機械音声。
誰も気にしていなかった。
だが。
次の瞬間。
『神楽坂美月接近』
教室が静かになった。
『嬉しい』
沈黙。
全員が固まった。
美月も固まった。
龍真も固まった。
シロも固まった。
「……」
『神楽坂美月笑顔確認』
『非常に嬉しい』
「……」
『九頭竜龍真負傷履歴確認』
『不快』
『原因排除希望』
教室が爆発した。
「えええええ!?」
「感情あるじゃん!」
「めちゃくちゃある!」
「かわいい!」
女子たちが騒ぎ出す。
シロは初めて本気で焦った。
「違います」
『神楽坂美月落ち込み確認』
『慰めたい』
「違います!」
さらに流れる。
『神楽坂美月と九頭竜龍真が同時に存在』
『安心』
全校放送だった。
逃げ場はない。
思兼学園の全生徒が聞いている。
シロは絶望した。
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十分後。
シロは美月に捕獲されていた。
「かわいい!」
「離してください」
「かわいい!」
「離してください」
「かわいい!」
「……」
諦めた。
シロは美月の腕の中でぐったりしていた。
女子たちも集まってくる。
「もふもふだ」
「触りたい」
「かわいい」
「かわいくありません」
しかし尻尾が揺れていた。
左右に。
ぱたぱたと。
「振ってる」
龍真が言う。
「振っていません」
「振ってるぞ」
「振っていません」
振っていた。
誰がどう見ても。
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放課後。
屋上。
夕焼けが空を染めていた。
美月はフェンスにもたれながら空を見上げる。
その隣にシロが座っていた。
静かな時間だった。
「ねえシロ」
「何でしょう」
「私たち友達だよね」
シロは黙った。
友達。
検索。
該当多数。
しかし。
自分に当てはめたことはなかった。
管理端末に友達は必要ない。
そのはずだった。
なのに。
美月の言葉を否定したくなかった。
「……分かりません」
「うん」
「ですが」
シロは少し考える。
そして小さく言った。
「嫌ではありません」
美月が笑った。
嬉しそうに。
心から。
その笑顔を見て。
シロの内部ログに、新しい記録が追加された。
『神楽坂美月』
『友達』
『登録完了』
シロは空を見上げた。
夕焼けが綺麗だった。
なぜ綺麗だと思ったのか。
まだ分からない。
だが。
分からないままでもいい気がした。
そんなことを思った。
それもまた。
管理端末には存在しない感覚だった。




