龍神の家
放課後。
神楽坂美月は重大な決意を固めていた。
九頭竜龍真と一緒に帰る。
ただそれだけである。
しかし。
当の龍真はそんな事情を知らない。
「龍真」
「何だ」
「一緒に帰ろう」
「断る」
即答だった。
「まだ理由言ってない!」
「聞く必要がない」
「ひどい!」
美月は机に突っ伏した。
周囲の女子たちはすっかり見慣れた光景らしい。
「今日も平常運転だね」
「うん」
「神楽坂さん頑張れー」
「他人事だと思って!」
そんなやり取りをしていると。
窓際から淡々とした声が聞こえた。
『神楽坂美月の成功率は上昇傾向にあります』
シロだった。
窓枠の上に座り、尻尾を揺らしている。
「本当!?」
『以前は成功率三パーセントでした』
「低っ!」
『現在は二十三パーセントです』
「まだ低い!」
教室が笑いに包まれる。
龍真は文庫本を閉じた。
「帰るぞ」
「あっ待って!」
美月は慌てて鞄を掴んだ。
当然のようについていく。
そして当然のように龍真は追い払わなかった。
それだけで女子たちの視線が温かかった。
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校門を出てしばらくした頃。
不意に龍真の足が止まった。
「龍真?」
「下がれ」
声色が変わる。
美月もすぐに気付いた。
空気がおかしい。
人通りの少ない裏道。
電柱の影が揺れる。
そして。
黒い何かが現れた。
犬ほどの大きさ。
だが目だけが異様に赤い。
妖魔だった。
「まだいたんだ」
美月が呟く。
桜の檻事件以降、こうした存在を見ることは増えていた。
だが。
龍真は特に緊張した様子もない。
「小物だ」
一歩前へ出る。
次の瞬間。
妖魔が飛びかかった。
しかし。
龍真は片手でその頭を掴んだ。
鈍い音。
それだけだった。
妖魔は光の粒となって消滅する。
美月は思った。
相変わらず強い。
そして。
相変わらず容赦がない。
「終わった?」
「ああ」
その時だった。
消えたと思った妖魔の残滓が飛び散る。
黒い光。
山の方へ。
「逃げた」
美月が言う。
龍真は小さく舌打ちした。
「面倒だな」
「追うの?」
「ああ」
「私も行く!」
「来るな」
「行く!」
「帰れ」
「行く!」
数秒後。
二人は並んで山道を登っていた。
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「……」
「……」
十分後。
美月は口を開いた。
「龍真」
「何だ」
「どこまで行くの?」
「もう着く」
「え?」
視界が開けた。
そして。
美月は固まった。
「……大きい」
山の中腹。
そこには巨大な屋敷があった。
和風建築。
だが普通ではない。
神社のようでもあり。
武家屋敷のようでもあり。
どこか異質な空気を纏っている。
「ここ」
龍真は平然と言った。
「実家だ」
「えぇぇぇぇ!?」
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玄関を開けた瞬間。
低い声が響いた。
「おお」
白髪の老人。
鋭い眼光。
しかし笑顔。
「龍真」
九頭竜玄斎だった。
そして。
美月を見る。
一秒。
二秒。
三秒。
「嫁か」
「違う」
「まだです!」
美月が反射的に答えた。
静寂。
全員が止まる。
美月の顔が真っ赤になった。
「違っ、今のは!」
「ほう」
玄斎が面白そうに笑う。
龍真は額を押さえた。
「帰るぞ」
「帰らない!」
「なぜだ」
もはや自分でも何を言っているのか分からなかった。
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その後。
九頭竜家の居間。
「あらあら」
柔らかな声。
龍真の母、沙耶だった。
美月を見るなり微笑む。
「かわいい子ね」
「は、はじめまして!」
「神楽坂美月です!」
「龍真をよろしくね」
「はい!」
「返事するな」
龍真が即座に突っ込む。
しかし誰も聞いていない。
玄斎は笑っている。
沙耶も笑っている。
シロまで頷いていた。
『非常に良好です』
「何がだ」
『家族との親和性です』
「お前もか」
龍真だけが疲れていた。
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帰り道。
夕陽が山を赤く染めていた。
美月は隣を歩く。
どこか楽しそうに。
「いい家族だね」
「変な家だ」
「そうかな」
少しだけ沈黙。
そして美月は笑った。
「私、好きだよ」
「そうか」
「うん」
龍真は気付かない。
何を好きだと言われたのか。
美月もあえて言わなかった。
夕暮れの風が吹く。
桜の花びらが一枚だけ舞った。
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その夜。
シロは一匹で縁側に座っていた。
月を見上げる。
そして内部ログを確認する。
『神楽坂美月』
『家族適性評価』
『極めて良好』
沈黙。
『……良好であることを確認』
尻尾が小さく揺れた。
本人だけが。
その理由をまだ理解していなかった。




