その2 夢の墓場で、響く産声
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第二話『奇跡は綺譚を紡ぎ出す!』
その2 夢の墓場で、響く産声
teller:???
◆
獣が、生きていた。
野蛮で凶暴、知性の欠片も無いケダモノだ。
世はそれを、モンスターと呼んでいたが――獣は、そんなことすら知らなかった。
気にも留めていなかった。
鈍臭く、卑しい個体だった。
獣はただ、生きていた。
栄養を求める身体に従い、目に映るものを喰らい尽くし、本能のままに歩み。
獣はただ、のうのうと生きていた。
そして、獣は魔女の炉にまんまと囚われた。
獣が本能に従い生きていたように、魔女もまた、本能から多くの力を求めた。
破壊の為の力だ。
獣は、強大な力を持つ魔女に敗北を喫した。
魔女の栄養源と成り下がり、その命を終えるはずだった。
彼が、居なければ。
偶然にも、獣と時を同じくして炉に囚われた人間がいた。
年若い青年だった。
彼は、炉で傷付いた獣を見付けるなり、獣を抱き締めて慰めた。
彼も魔女の手によって重い傷を負っていたが、そんなことを悟らせまいと彼はただ獣に笑いかけた。
そして彼は、獣に語り聞かせた。
取り留めもない話だった。
ただそれは、彼自身の夢と希望に溢れていた。
したいこと、なりたいもの。
それらを全て、彼は獣に語った。
言葉の通じない獣相手に、それでも笑顔を向けて、身振り手振りを交えて、彼は朗らかに語り続けた。
青年の話も言葉も、獣は何一つとして理解することはできなかったが――獣は、彼のその明るく優しい姿に確かな憧れを抱いた。
それは、獣の中に初めて生まれた心だった。
本能とはまた別の、獣自身の強い意思、強い感情。
その獣だけの、強い自我。
魔女の炉の中で命を吸い取られ続けていたとしても、死にかけでも、青年は己を貫いていた。
夢、希望、優しさ、愛。
溢れんばかりのたくさんの心を持つ青年を見て、獣は自らを恥じた。
ただ本能のまま生きるだけだった、魔女と変わりない自分の今までの日々に、一体何の意味があったと言うのかと。
獣から見た青年の夢はあまりに眩しく、青年の生き様は、あまりに尊かった。
着々と身体が弱っていく中、獣はそれでも辛くはなかった。
終わりの時まで彼の物語を聴いていたいと、ただ想った。
半日ずっと、青年は獣に語った。
語って語って、語った。
炉の中で治療道具もなく、傷付いた獣に青年がしてやれたことは、明るい夢物語で獣を慰めてやることしかなかった。
その半日は――青年に、決断の時間を作る半日でもあった。
言葉もわからないだろうに、青年の話を聴く度に瞳を輝かせる獣を見て。
青年の決意は、固まっていった。
青年は、人間だった。
が、古から伝わる魔法を学び、魔法に長けた存在だった。
治癒術の類を青年は使えなかったが、一つだけ。
たった一つだけ、この状況を打破する希望がある魔法を、青年は知っていた。
禁断の魔法だった。まだ不完全な魔法だった。
術者が指定した対象に、強い生命力、魔力を宿すことのできる魔法。
代償は、術者の命。
青年は、彼の物語を嬉しそうに聴いてくれた無垢な獣に、生き延びてほしいと願った。
全てを語り終えて、終わりが近づく命の中。
青年は毛むくじゃらの獣をまた優しく抱き締めて、その消えかけの命を温めて。
最期の言葉で、魔法を唱えた。
そうして。
青年――凪也=ラブクラフトという男の命が、体温が、記憶が、知性が、知識が。
不完全な魔法の作用で、姿形までもが。
知性によって翻訳された青年の言葉や物語の内容が。
心が芽生えたばかりの獣の中に、一斉に流れ込んで侵して溢れて浸して爆ぜて弾けて――。
――そうして『ぼく』は、生まれてしまった。
◆
teller:スズベル=エメラルダー
人の姿をしたそのモンスターは、己の出自を叫び語った。
ブリキハートを、オレを、モンスター由来かつ凪也=ラブクラフトという男の生命力と魔力の分がプラスされた馬鹿力で、殴って責めて糾弾しながら。
魔法、はオレの専門外だけども。
人の命と姿と知性を受け継いだモンスターなんて初めて見たけども。
命なんて重いモンを代償にしたんなら、こんくらいの奇跡だって起きちまうのかもしれない。
モンスターは叫ぶ。
「何故! 我が友の命は手折られねばならなかった! 彼の魂は、彼の夢は、気高かった! 未来ある傑物だった!! 彼はぼくの、英雄だった!!」
その悲痛な叫びはオレの心を砕こうとし、その痛烈な拳は、ブリキハートの表面を砕こうとする。
バリアでギリギリ拳の威力が軽減されるから、ブリキハートは未だに砕かれていないけど。
本当に、この怪力で攻撃され続けたらバリアも機体も砕けそうだけど。
避け続ける気にはなれなかった。
この拳から、この怒りから、オレはただ逃げたくはなかった。
ああ、クソ。
WITTS戦闘員なんて仕事してりゃあ、こういう怒りをぶつけられることはたまにある。いや結構ある、頻繁にある。
アリスちゃんを、ついでにキャロッタ村の連中を助けられたのが、運良かったってだけだ。
オレらが相手にしてんのは、魔女。
世界に牙剥く、強大な災い。
災害から助けられないもんも――助けられなかった命だって、山ほどある。あった。
オレがWITTSに入ったのは、10歳の頃。
それから11年、ずっとこうして生きてきた。
いいモンも悪いモンも、腐るほど見てきた。
命に間に合わなかったことを責められても、言い訳一つ出てこない。
でも、キャロッタ村でアリスちゃんを助けたこと、あの時間が無駄だったとはオレは絶対に言いたくない。
モンスターの声が響く。
オレの心をいやに抉り取る咆哮だ。
「我が友は!! 凪也は!! WITTS入隊を夢見て旅をしていた!! ぼくに、その夢の話を聞かせてくれたんだ!!」
「は……」
「それがなんだ、この体たらくは!! 何故、何故!! 我が友の命に、間に合わなかった……!!」
オレを咎める声と拳が、またオレとブリキハートから色んなもんを抉って。
痛いほどの叫びが、オレの名を象った。
「スズベル=エメラルダーと言ったな!! 貴様は、WITTSとして何の為に戦っている!?」
「ッ……仕事だからだよ!!」
拳を防ぎながら、オレも正直な本音を叫び返す。
そしたらすぐに追撃が来た。
「生業だと言うなら、何故その道を選んだ!? なぜ、魔女に立ち向かい世を守る道を選んだ!?」
……世を、守る?
オレはつい、操縦桿を握る手を緩めそうになった。
違う。
オレは、そんな人間じゃない。
そこまでの人間じゃ、ない。
それだけの望み、抱いたことない。
博愛が、オレの心からは欠けている。
博愛の心なんて、自分じゃ欲しいとも思わない。
好き嫌いが多いんだ。
いつもどっかで何かを見下して、差別して選別して。
見返りばっかり求める甘ったれで。
冥助のオッサンの言う通り、オレはまあまあクソ野郎なんだと思う。
根本的な魂の資質ってやつが、世界を脅かす魔女なんかに立ち向かうWITTSの人間としては向いてない。
――それでも。
怒りに任せたヤロウの拳を防ぐ為に、オレの両の手は反射的に、バリアがなるべく厚いところで攻撃を受ける為の動作を機体に命じる。
オレの11年間で染み付いた動き。
オレの11年間で、叩き込んだ動き。
嫌いなもんは沢山ある。
いちいち思い出す必要もないくらい、息してるだけであらゆるもんへの『嫌い』が溢れてくる。
こんな風に怒りを向けられることだって、敵意を向けられることだって、本当なら大っ嫌いだ。
いつまで経っても慣れちゃくれない。
好きなもんは、思い出せばある。
例えば、自由が好きだ。
感情の自由、心の自由。
好き嫌いの自由。
役立たずのオレを憎む目の前のモンスターが手に入れた自我も、本当ならオレにとっちゃ好ましいもんのはずで。
色んな自由はあるけど、オレは。
「……心の自由を、とにかく誰にも奪われたくねえんだよ」
「心の自由、だと……?」
「生きてるやつの心なんて、欲深くて贅沢くらいでいい。世界なんかより、オレはまずそれを守りたい。……魔女に、何もかもを慌ただしくする天災に、誰かの心を邪魔されてたまるか」
世界を、『なんか』と言い捨てたオレに、金髪のモンスターは目を見開いた。
驚いてんのかブチ切れてんのかわかんねえけど、今は気にしちゃいられない。
オレにとっては、そうなんだ。
世界まるごと愛するなんて、無理なんだ。
だけど、こんなオレにも愛しいもんはちょっとならある。
それは例えば可愛い女の子だったり、例えば――世界を丸ごと愛してそうだったアリスちゃん、だったり。
WITTSの戦闘員として生きてりゃ、嫌なことも色々あるけど。
アリスちゃんの命を守れたみたいに、ごくまれに良いこともあるし。
アリスちゃんを迎えに行くって約束したから、アリスちゃんの目に映る世界がちょっとでも綺麗なもんであればいいとか考えて――オレみたいなやつでも少しくらいは世界を守ろうとか、ようやく思える。
そうやって、どうにかこうにか自分の中で『好き』を見つけて、見つけ出した『好き』の為に必死になって、なんとかここまで生きてきた。
それが、オレの。
「……オッサン、オレは」
『……んー? なに?』
「……まあまあいいやつ、なんだろ」
小声で冥助のオッサンに問いかけると、通信機越しに吹き出された気配がした。くそ、ブン殴りてえ。
『うん、まあまあいいやつだよ。スズベルくんは。やっぱりまあまあクソ野郎だけど』
「うるっせえ!!」
オッサンに怒鳴りながら、オレは左の操縦桿横のスイッチを押した。
ブリキハートの左腕が一振りされると共に、左腕部を覆う直方体の装甲―― 万能収納装備・『ボックスアーム』が開かれ、斧が左手に接続される。
我慢させちまって悪いな、ブリキハート。
そろそろ真面目に、目覚めてくれや。
「――ブリキハート、テイルスタート! Get ready, my lady!」
愛機に呼びかけ戦闘準備を整えると、金髪のモンスター野郎が身構えた気配がした。
だけど。
「テメエじゃねえよ!! 自惚れんな!!」
牽制の意も込めてそう叫び、斧を振り落とす。
斧が捉えた先には――魔女の残骸の中の一体。
仕留め切れていなかった最後の一体。
うっすら生体反応は感知して警戒しちゃいたが、やっぱり死に損なっていた上に仕掛けてきやがった。
愕然としているらしいモンスター野郎を素通りし、魔女と打ち合いを始める。
気高くは生きれない。
オレには、全部を愛せないし守れないし救えない。
オレにとっては、愛しいもんよりも疎ましいもんの方がこの世界には溢れてる。
それでも。
WITTSに入ったのは、オレの意志だ。
WITTSイース・トーヴ支部所属戦闘員、スズベル=エメラルダーとして生きてるのは、今こうしているのは、他でもないオレ自身の望みだ。
オレなりに勝ち取った自由で想った。
このオレが望んだんだ。
クソ野郎かもしれないけど、全部が中途半端かもしれねえけど。
オレだけはオレの11年を、誰よりも誇りに思う。
そんな11年で洗練された攻撃を、オレは、大っっ嫌いな魔女リカルカへと繰り出した。
◆
teller:???
我が友が。
その命を賭して、奇跡のような魔法をぼくに唱えて、力を与えてくれたと言うのに。
全ての元凶、魔女リカルカを仕留め損ねていた。
元々は友のものだった魔女に関する知識や常識が脳内でぐるぐると渦巻いて、未だぼくの中に正しく定着しない。
芽生えた心を原動力に力任せで拳を振るっても、友の仇討ちには足りなかった。
そのことに、絶望したのは確かだ。
だが――。
顔を上げる。
睨み上げるのではなく、ただ真っ直ぐな視線を、それに向ける。
我が友が憧れた巨大ロボット、【レディ】。
スズベルと名乗った男が駆るその機体は、魔女を打ち倒そうと果敢に動いている。
ならば、この場で一番の当事者であるぼくも、諦めてたまるものか。
まだ膝をついて、たまるものか。
ぼくは、ぼくとしてこの世に在る限り、何一つとして諦めはしない。
魔女を一体だけ仕留め損なったと言うなら。
友が起こした奇跡が、果たされなかったと言うなら。
「――その奇跡、ぼくが果たす!!」
胸に抱いた決意を言葉にして叫んだ、その瞬間。
ぼくの声に呼応するかのように、大地の表面がきらりと光り。
魔女と、スズベルが乗る銀色の【レディ】の戦闘の衝撃の余波で、その地表が抉れ――。
現れたそれに、ぼくは息を呑む。
其処に在ったのは、あちこちに傷を負ってはいたが、ちかちかとライトに光を宿した一機のロボット。
無人の【レディ】、だった。
◆




