その5 想像ガール&創造レディ
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第一話『ブリキと屍体のおとぎ話』
その5 想像ガール&創造レディ
teller:アリス=クロスロード
◆
スズベル、さん。
……スズベルさん……。
私を、助けてくれた人。
私を、守ってくれた人。
私なんかを、可愛いと言ってくれた人。
私の涙を、優しく拭ってくれた人。
私を――抱き締めて、くれた人。
キャロッタ村から去って行ったスズベルさんの愛機、ブリキハートの姿が見えなくなるまで、私はずっと立ち尽くしていた。
ぼんやりとして、ぽーっとして。
ずうっと、ブリキハートの背中を見つめて。
その背中から、スズベルさんのあの明るい笑顔を、想像して。
どうし、よう。
ぼんやりしている気はするのに、思考が忙しない。まとまらない。
心臓がずっと、ずっとうるさくて、くらくらして、顔が熱くて。
耳鳴りまでしそうで、気を抜いたら倒れてしまいそうで。
なんで、どうして。
スズベルさんに出会ってから、スズベルさんの顔を見る度に、彼の言葉を胸に刻む度に。
私はこんな、未知に襲われてしまう。
未知の熱と未知の拍動に、今までの空っぽの私がじわじわ、じわじわ飲み込まれていく。
スズベルさん。
素敵な人、だ。
かっこいい人。
優しい人。
だって私、誰かの為に怒る人を、初めて見たの。
この村の人たちはいつも怒ってばかりだけど、それは自分を守るため。
それはそれで強さだとも思う。
自分自身を大切に想えるのは、凄いこと。
私には、できないから。
ずっと、仕方ないと思ってた。
ずっと私は、諦めてた。
私は何も望んではいけない。
私は何も願ってはいけない。
想像することは、私には許されない。
思考は罪。
感情も罪。
私は心を持って生きてはいけない、なんて、私はずっと思ってた。
私の『想像』は、きっと『創造』になってしまう。
遠くのどこか、何かと繋がり合ってるような感覚がいつもあって。
災いの予感が身体に伝わって、それが現実になってしまって。
私が元凶だと、全部が私のせいだと、村の大人たちは言った。
私が何も感じなければ、私に何かと繋がる心なんてなければ、きっと世界は幸せになる。
ずっとずっと、そう思って、私はただ生きていた。
だけど、あの人は、スズベルさんは。
叫んでくれた。声を上げてくれた。
許して、くれた。
私の、想像を。
明日の、未来の幸せを祈ること。
希望を夢見ること。
私のぜんぶ、許してくれたの。
あんなに、声を張り上げてまで。
スズベルさんの言葉が、ずっと頭から離れない。
私の世界とは、なんだろう。
この村?
私が死んだように生きてきたこの小さな村だけが、今までの私の世界のすべて、だったけど。
でも、きっと違う。
少しずつ、少しずつ私は気付いてきている。
スズベルさんの声をきっかけに、私の心がゆっくりと目覚めかけてる。
『私』の始まりが、すぐそこまで来ている。
だから、私は始まりの準備をする。
今までの私に、心の中で問いかけてみる。
嘘つかないで、誤魔化さないで。
ちゃんと答えて、ちゃんと教えて。
ちゃんと、私だけの言葉を想像して。
私とお話して、臆病な『私』。
ねえ、アリス=クロスロード。
私、本当に全部を、想像を諦めていた?
――嘘。本当は少し、想像していた。
私の両親の話は、この村に辿り着いた母を最期まで支えてくれた、年老いた産婆さんが聞かせてくれた。教えてくれた。
彼女も、両親と同じでもうこの世から居なくなってしまったけど、優しい人だった。
優しかった。
優しさを、愛を、私は何も知らないわけじゃなかった。
短い間だとしても、ちゃんと優しさを向けられた時間だって、ちゃんとあった。
産婆さんから聞いた話を元に、今より子どもの頃はたくさん、たくさん想像してた。
母のぬくもりや、父の笑顔。
知らない思い出をたくさん、たくさん思い描いてた。
私、とっくに想像してた。
想像することを、知ってしまっていた。
ねえ、私、本当に何も望まなかった?
願わなかった? 憧れなかった?
――嘘。本当は、憧れていたものがあった。
村の人たちは、余所者の私に一人で生きるように言った。
私がおかしな体質だと知られてからは、心の刺激を防ぐ為に、あらゆる娯楽を封じられてしまった。
でも、あの優しい産婆さんが。
今はもう居ない優しいおばあさんが、本を、時々贈ってくれた。
娯楽小説だった。
少し叙情的に寄った作風の、夢と希望に溢れた童話を、沢山。
そんな空想的な物語が、今までの私の世界だった。
架空の世界に、本当はずっと憧れていた。
憧れがあったから、望みも願いも夢も、本当はあった。
なりたい私も、あった。
――優しい人に、なりたかった。
産婆さんが穏やかに眠ってからは、特にそうだ。
私はずっと、優しさが欲しかった。
だけどこの村の中で優しさを見つけるのが、私はとんでもなく下手くそで。
だからせめて、私は私の心の中に優しさを見つけたかった。探したかった。
――ああ、馬鹿だ。私。
何も諦められてなかった。罪ばかり犯してた。
屍体の振りをして生きていた。
罪なんて響きに酔っていることに気付かないで、諦める言い訳ばかり用意して、俯く自分を正当化して。
足掻くこと、努力することから逃げて。
そんなのどこも、優しくない。
怯えてばかりで、誰かの為に何かに立ち向かうことも忘れてたくせに。
ばかだ、私。最低だ。
だけどそんな最低な私が、スズベルさんに出会えた。
あの人と出会って、あの人を見て、言葉を交わして。
私は、誰かを守るということを知った。
この知らない拍動が、身を焦がす熱が、不安定な呼吸が、私の新たな始まりの合図だとしたら。
例えばこれから私が――新しい私として、生きられるとしたら。
私は――。
「ひぃ……!? なんで、まだ……!?」
――突然、悲鳴が聴こえた。
村人の、怯えた声。
振り返り、私は絶句する。
どうして。
今までならすぐに気付いたのに。
感知、できていたのに。
何も感じる余裕がないくらい、私は、想像しすぎてしまったの?
そんなに、考え込んでしまったの?
――村を覆うように、黒い怪物がいた。
黒いドレスのようなベールを全身に纏った――角のある、魔女。魔女リカルカ。
何度も倒された筈の魔女の残滓がまだ残っていて、それが脅威として顕れてしまった。
もうスズベルさんは出立してしまったのに。
魔女リカルカは、こんなに立て続けに現れるものなの?
「う、うわあ!! 離せ!!」
私はまだぼんやりしていたらしい。
切羽詰まった絶叫が耳に届いて、頭の中がようやくクリアになってくる。
魔女リカルカの角を覆うベールは、幾重にも延びてドレスのように魔女の全身を覆っている。
そのうちの何本かが、まるで操り糸のように細まって、次々と村人の身体の自由を奪っていた。
先程聞こえた声は、村長さんのものだ。
私をずっと、率先して疎んでいたお爺さん。
だけど。
「いやあ! おじいちゃんを離して!!」
「!! 来ちゃだめだ! 逃げるんだ!」
リカルカに捕まっている村長さんに、小さな女の子が泣きながら駆け寄った。
長いみつあみの、ピンクのスカートが似合う女の子。
……村長さんの、お孫さん。
――そして、私が未だにこっそり隠し持っている編みぐるみの持ち主だ。
村長さんたちが余所者の私を疎む理由、少しだけならわかる気がする。
このキャロッタ村に居るのは、多くのお年寄りと、ほんの数人の幼い子どもだけ。
ここは少し閉鎖的で排他的な空気の小村だからか、ほとんどの若者は、成人と同時に村を出て独立してしまう。
だけど村長さんの息子夫婦は、あのみつあみの可愛い女の子のご両親は、魔女リカルカに殺されている。
きっかけはきっと、私が両親を喪った隣村の事件。
周りの救援がなく壊滅した私の故郷に、村長さんの息子夫婦は思うところがあったのかもしれない。
数年前、山間部でのリカルカ出現の報せを受け、救助のボランティアに立候補し――旅先で魔女に襲われ亡くなったと聞く。
私はその時も、リカルカを感知していた。
周りからすれば、気味が悪かっただろう。
何より、私の故郷の事件さえ起きなければ、もしかしたらお二人は今も――。
――そう、だから。
村長さんたちは私を憎み、子どもたちは私に怯えるのだ。
私という共通の悪が居た日々、彼らは少しは、自分の大切な心を守れたのだろうか。
でも、でも、私は。
「なんだ……!? 身体が勝手に……っ、だめだ!! 離れろ!!」
「おじいちゃん!?!?」
「やめろ……っ! やめろおっ!! 私に、その子を……!!」
――魔女に捕まっている村長さんの様子がおかしい。
お孫さんに手を伸ばしているのに、その手が、明らかにお孫さんの小さな首を狙っている。
村人に絡みつくリカルカのベール。
操り糸のようなそれは、捕らえた人々を本当の意味で操り人形にしようとしてるんじゃ。
あちこちから苦しみの声が聞こえる。
操られている人々の声も、家族が捕らえられてしまった人々の声も。
家族が、その人の大切な家族を傷付けようとしている。
魔女が人々の自由を奪い、悲劇を生もうとしている。
そして、そこまで来てようやく、私は駆け出していた。
【妖精因子】。
スズベルさんが話してくれた、私の体質。
私本人ですら、わからないことだらけだけど。
私の心が豊かだというなら、広がって、繋がって、叶えてよ。
――ううん、願うだけじゃだめ。
私が、叶える。叶えてみせる。
そう、始まりの合図だ。
『私』の物語は今から始まるんだ。
だから走り出したんだ。
例えば。
例えばこれから私が――新しい私として、生きられるとしたら。
私は、誰かを守れる私になりたい。
スズベルさんのようになりたい。
もう、悪にはなりたくない。
何もせず勝手に傷付くだけで、誰かの心を守れた気になんて、なりたくない。
沢山の人を守れる私になりたい。
誰かを守ることを、スズベルさんが教えてくれたから。
そうやって私は、いつか――スズベルさんを、守りたい。
あの人の力になりたい。
あの人を助けられるような私になりたい。
あの人が頼ってくれるような私に、成長したい。
変わりたい。
スズベルさんとの出会いは大きなものだって信じたいから。
貴方との出会いを尊びたい。
尊ぶ証を作りたい。私が強くなることで。
スズベルさん。
優しく明るく、強い貴方。
沢山の言葉を持ってる貴方。
拍動の理由、私はもう気付いてしまった。
生きるための支えにしていた、ぼんやりとした家族への憧れを超えてしまった強い感情。
私の中の想像を一瞬で越えてしまった、想い。
スズベルさん。
貴方が好きです。
貴方が、愛しい。
貴方が、大好き。
だから、だから。
貴方に出会えた歓びを糧に、次に会う貴方の前で、笑顔が、言葉が、優しさが溢れるように。
私は、今ここで変わらなきゃ。
想像が許されるなら。
私の想像が豊かだとしたら。
本当に想像が創造になるとしたら。
想像力、今ここで全部使い切っていい。
創造したそれを、これからの、私の未来の全ての希望に変えて生きていくから。
走ったまま、魔女に、魔女に捕らえられている村人に駆け寄りながら、私は必死に考える。
想像、する。
私の『ヒーロー』を、想像する。
本で読んだ知識や、僅かな思い出を全部、全部を引きずり出して、想像力に変えていく。
おとぎ話、私の夢、今ここで現実になって。
『想像』よ、『創造』になって。
スズベルさんの言葉を思い出して、勇気に換える。
◆
――『 WITTSは心で【レディ】と繋がる。手始めに、【レディ】の名前を呼んでやるのさ。こんな風にな!』
――『え、あ、あの……? ふぇ、ふぇありー・めいど……? とは、な、なんでしょうか……?』
――『あ、昔の言い回しで『美少女』って意味ね♡♡ それこそアリスちゃんみたいな♡♡』
――『これが淑女って意味だと『マイ・フェア・レディ』とかになるらしいんだけど……』
◆
――そう。そう、言ってくれた。あの人は。
立ち止まる。
スズベルさんがそうしたように、声を上げるために。
息を整えて、それから、すっと息を吸い込んで。
お願い。
名前を呼ぶから、応えて、私の、ソウゾウ。
「――『クイーン・オブ・ハート』、テイルスタート!! Are you ready? My fair lady!!」
――そして、やっと。
私の想像は、本当の意味で創造になった。
私の中のおとぎ話が、現実として、そこに生まれた。
目の前に、巨大なロボットが顕現している。
私の【レディ】、『クイーン・オブ・ハート』。
私が創造したものだから、正確には【レディ】じゃないかもしれないけど、それでも。
スズベルさんのブリキハートにそっくりな姿かたち。
だって、私の中のヒーローは、これからずっとこの姿だと思うから。
機体の色は、ブリキハートと違って青いけど。
だけど貴方は、私の【レディ】。
私の、誰より美しい希望。
私を迎えてくれるように開いたコックピットのハッチに、迷わず飛び込む。
ありがとう、クイーン・オブ・ハート。
私は貴方と一緒に、私の世界を変える。
そして、私も今ここで、新しい私として歩き出す。変わり出す。
初めての戦いが、始まる。
私は今から生まれて初めて、誰かを守る。
私がなりたい私へと、踏み出すんだ。
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