その6 そして、果てない不思議の国へと。
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第一話『ブリキと屍体のおとぎ話』
その6 そして、果てない不思議の国へと。
teller:アリス=クロスロード
◆
クイーン・オブ・ハートのコックピットに乗り込んで、魔女リカルカと対峙する。
クイーン・オブ・ハートには私の想像が反映されているから、コックピットの構造はブリキハートに似た造りになっている筈。
落ち着かなきゃ。
スズベルさんの戦い方を良く思い出して。
私の憧れ、私の初めて大好きになった人。
あの人の勇姿は、私の心に焼き付いている筈でしょう。
だけど、スズベルさんが嵌めていたようなグローブは私には無い。
手始めに二つの操縦桿を強く握ってみる。
冷たく硬い感触は少し機体が揺れただけで、剥き出しの肌に摩擦の痛みを与える。
想像を軽々と超える、痛みと緊張感。
これらはきっと、戦いが続けば増すのだろう。
だけど、退けない。
退かない。絶対に。
守るって決めたから。
守る為に戦う。それができる私になる。
この勝利を勝ち取れないと――私は一生、自分を誇れない。
そんな私、大好きになったあの人に、スズベルさんに、愛を語る資格なんてない。
操縦桿を、握り直す。
お願い、私のマイ・フェア・レディ。
気高く麗しい、ハートの、愛の女王陛下。
私も頑張るから、どうか貴方も、歩きたての私に力を貸して。
私の――。
「……クイーン・オブ・ハート!! 行こう!!」
私の想像で創造されたコックピットは、ブリキハートそっくりに、モニターで埋め尽くされている。
画面に映るリカルカを拡大する。
黒衣の魔女、闇色の操り糸。
まずは囚われた村人を解放しなきゃ。
リカルカに近付こうとして、アクセルを踏んで。
移動中の足音がブリキハートと違うことに気付く。
軽やかな滑走ではない。
まだ移動に慣れていないかのような、ゆっくりゆっくり軋む、ぎこちない音。
それでも懸命に地を蹴り駆ける音。
これが貴方の足音なんだね、クイーン・オブ・ハート。
――綺麗な音だよ。素敵な、貴方だけの音。
走ろう、一緒に。どこまでも。
リカルカに近付いて、私はまず想像する。
クイーン・オブ・ハートは私が妖精因子の能力で創った存在。
正式な【レディ】とは違う。
私自身も【レディ】の操縦訓練を受けていない。
だから今は私だけの武器を、想像と創造という武器で、魔女と渡り合うしかない。
手を伸ばす想像をすれば、クイーン・オブ・ハートはまるで私の心に呼応するかのようにリカルカに手を伸ばしてくれた。
動きが少し軽くなった。
まるでクイーン・オブ・ハートと、心が繋がっているみたい。
だけど、リカルカの動きはより軽い。
目の前の、リカルカのベール器官はドレスのように身を覆ったり、糸のように細まったり、随分と伸縮自在らしい。
リカルカが伸ばしたベールに、クイーン・オブ・ハートが踏み出した足を取られる。
駆けていた勢いを殺し切れないまま、機体が地面に投げ出された。
コックピットが反転する感覚、地面への衝突による大きな衝撃。
必死に、縋るように操縦桿だけは離さなかったけども、それだけでは駄目だった。
受け身をとることも知らない私の弱っちい身体は、あちこちに打ちつけられる。
頭すらも打って、一瞬意識が飛びかける。
クイーン・オブ・ハートに乗ってから、薄々気付いていた。
私の妖精因子の性質――感知が鈍っている。
リカルカの気配、反応、動き、それらを上手く事前に感じ取れない。
リカルカと、心が繋がりにくくなっている。
理由は、何となくだけどわかった。
このクイーン・オブ・ハートを創造する時、私はかなりの想像力を使い果たしてしまったのだと思う。
そのくらいの想いは、私は私のレディに託したはずだから。
戦いを知らない私には、想像と創造しか武器がない。
今はそれも弱まっている。
だけど、私の心は、想像力は――決して、完全には枯れていないはず。
まだ、ゼロじゃないはず。
だって、私の心の奥に、中心に。
あの人への――スズベルさんへの恋情が、溢れて煌めいて、心臓を急かしてる。
だから私の心は、きっとまだ豊か。
大丈夫。まだやり方を知らないだけ。
私はこれからいくらでも戦える。
そのこれからを、その未来を、今ここで作ってみせる。
想像して、創造して。私の一番の願いを。
守る、想像をして――それを、ここで叶える!
決意と共に操縦桿を支えに、倒れた機体を立ち上がらせる。
それと同時のことだった。
クイーン・オブ・ハートを囲むように、長方形のバリアが幾重にも張られていることに気付いた。
薄いバリア。
もしかしたら移動させられるかも。
隙間だって、潜れるかも。
――さあ、想像して、守って。
私の想像した軌道上を、薄いバリアは閃光のように駆け抜けていった。
バリアの数々は、操り糸と囚われの村人の間に潜り込む。
時には、操られた家族同士が傷付け合おうとしている場面にバリアは割り込んでいく。
異常を察知したリカルカが操り糸を振り回そうとするけど、村人と糸の微かな境界に染み込んだバリアは、ばちりとリカルカの存在に反発する。
反発の、拒絶の衝撃で、操り糸が村人から離れる。
村人同士が傷付け合う、最悪の悲劇が回避された。
良かった、上手くいった。
私の想像が、また創造になった。
反射バリア。
私の想いに応えて、時には誰かを守り、時には悪意を跳ね返す。
私とクイーン・オブ・ハートの、守る為の盾。
解放された村人の表情が、安堵に染まっているのが見える。
――そして、あの子が。
みつあみの小さな女の子が、リカルカから解放された村長さんに泣きながら抱きついているのが見えた。
村長さんもまた安堵した表情で、女の子を、自分のお孫さんを抱き締めている。
良かった。
私も、知ってる。思い出せた。
誰かに、愛しい人に抱き締めてもらうのは、安心すること。
スズベルさん。
貴方に抱き締めてもらえて、私、とても嬉しかった。
嬉しかったんですよ、本当に。
コックピットの中で息をつく。
自分が疲弊しているのはわかっていたけど、まだ戦いは終わっていない。
まだ魔女は、そこに居る。
スズベルさんの戦い方を、もう一度思い出して。
弓――は、使えない。
使い方を知らない。
それにあれは、スズベルさんの、私より少し長い人生の中で磨かれた熟練の技術だ。
あれは、スズベルさんの努力の証だ。
それをいきなり私の未成熟な想像で、見よう見まねで使おうとするなんて。
そんなものは、私が憧れたスズベルさんへの敬意に反する。馬鹿にしてる。
ならどうするか。
まだ操り糸への対策を思いついただけ。
スズベルさんは、角を覆うベールを片付けてから、角を破壊していた。
ベールを、何とかする方法。
用意するのは私だけの武器と、それから。
そうして、また私は想像する。
スズベルさんと、確か―― 冥助さん、のようには上手くいかないけど。
対峙するリカルカと私の間の世界が一瞬、蜃気楼のように揺らぐ。
それを見て、上手くいったと確信して。
私は機体をリカルカに突進させた。
リカルカが、狼狽えている。
振り回すベールの動きが、乱雑になってきている。
きっとリカルカの視界では、バリアで全身を幾重にも覆ったクイーン・オブ・ハートが、攻撃を回避し、攻撃を封じ、リカルカを追い詰めて大立ち回りしている姿が映っている。
だけどそれは、幻影だ。
私が想像で創り出した、リカルカにだけ見えている幻影。
私の想像力は前より乏しくなってしまったから、創った幻影は本当は不完全。
スズベルさんと冥助さんが戦いで使っていたようには上手くいってない。
本当の私はまだ、戦いなんて慣れていない。
あんな立ち回り方は出来ない。
思いついたばかりのバリアを、あんなに巧みに使えない。
本当は、リカルカとの戦闘中の距離の取り方も、コックピットでの姿勢も、何もわかっていないから。
グローブを嵌めていない私の両手は、戦闘の間に何度も操縦桿の摩擦を経験して、擦り剥いて擦り切れて、ボロボロに血が滲んでいる。
機体を動かす度に、二つの操縦桿を握る度に、両の手が裂けるような痛みを訴える。
何度も機体が揺れて、何度も良くない打ち付け方をしたから、きっとあちこち痣だらけ。
頭から、少し暖かい液体が垂れていて、流れたそれが服を汚す色を見て。
ああ、こめかみの少し上辺り。
そこを打って、何かに引っ掛けたから、血が出ているんだろうなとようやくわかった。
くらくらするのは、きっと緊張だけが理由じゃない。
損なった血、受けた衝撃の弊害。
戦いで負った全てが、私の少ない体力をじわりじわりと奪っている。
それでも倒れたくない。
意識、保って。
もっともっと、私は目を開けていたい。
例え、今よりボロボロの血まみれになったとしても。
痛みすらも、希望に変えよう。
痛覚も、苦しい呼吸も、恋のときめきとは違う心臓の高鳴りも、私の身体を巡る赤色も。
生きている証だと、目を逸らさずに受け入れて。
私がこの世界に生まれてきたことを、今一度噛み締めよう。
ずっと俯いて、屍体の心のままこの世に居たから。
目を開けて、顔を上げて。
私の誕生を、世界の始まりを、見届けて。
苦しみも悲しみも痛みすらも、全部、全部、私は愛おしむ。
生きることを、愛おしむ。
それが、私の物語の始まり。
私の序章。
スズベルさんと出会って知ることが出来た愛しさを、私は何があっても守り続ける。
愛を広げて、世界を拓く。
上手く創れなかった幻影は、そろそろ限界だろう。
時間制限付きの幻影しか今の私では創れないけど、でも、時間稼ぎにはなった。
私が、魔女リカルカを確実に狩る武器を考える時間なら作れた。
角を守るベールだって、だいぶ削れた。
クイーン・オブ・ハート。
ハートの女王様。
幼い頃に絵本で、童話で見た貴女は、大きな鎌を持っていた。
処刑の為の鎌だった。
でも私はこんな時も、スズベルさんのブリキハートを思い出す。
クイーン・オブ・ハート、ごめんね。
貴方の名前、スズベルさんの愛機と、ちょっとだけお揃いにしちゃった。
ハート。心。
心があることが、どれだけ素晴らしいことか、美しいことなのか、今の私は全身で理解したから。
聞いて、私のレディ。
貴方も心を司るなら、貴方にも、愛はあるよね。優しさも、あるよね。
どうか童話とは違う、私の呼びかけに応えてくれた『貴方』として傍にいて。
愛に生きる女王として、慈悲深い女王として、私と共に在って。私だけの、美しいひと。
「お願い、クイーン・オブ・ハート……! もう少しだけ、頑張ろう!」
生まれたばかりの貴方の機体だってもう戦いで傷付いていて、貴方だってきっと痛くて苦しいに決まってる。
ごめん、でもありがとう。
貴方の誕生は、私に沢山の勇気をくれた。
愛すること、生きること、改めて私に教えてくれた。
ありがとう。ありがとう。
もう少し、あと少し。
最後の一撃を放ったら――二人で少し、休もうね。
やっと。
私の想像が、ようやく形になる。
武器の形状を思い出から拾って引っ張り出して考えるのは時間がかかったけど、やっと私たちの最強の武器を出せた。
青い、大鎌。
クイーン・オブ・ハートの機体の色も、青色。
童話のハートの女王は赤い色をしていた気もするけど、これが私たちだと、私のクイーン・オブ・ハートだと、心に刻んで、覚悟を決めて。
機体の両の手で握り締めた大鎌で、勢い良く魔女リカルカの角を、刈った。
切り裂いた一閃。刈り取る一閃。
すぱり、と魔女の角は綺麗に切断されて、破壊されて。
禍々しい叫びと共に、魔女はその身を、静かに消失させた。
終わっ、た。
私たち、勝てたの。
顔を上げて、モニターを見る。
魔女リカルカの、反応は無い。
――ああ。
指先が自然と、コックピットのハッチを開けていた。
吹き荒ぶ風が、身体の傷を撫でては痛みを広げていく。
それでも、風の匂いや風の音を、私はその時、愛しく思った。
夜空が、広がっている。
いつの間にか、夜になっていたんだ。
そっか。
ずっと俯いてたから、いつも膝を抱えて息を殺して眠っていたから、忘れていた。
夜空はこんな色だったんだ。
深い濃紺。落ち着く色。
点在する星々の灯りが、とても眩しく尊く見える。
そっか。
世界、こんなに広いんだ。
こんなに多くの色と光で満ちていたんだ。
もしかしたら、ね。
クイーン・オブ・ハート。
貴方が青く彩られたのは、私が青空に焦がれたから、かも。
だって、スズベルさんと初めて出会った時、空はまだ青かったから。
ごめんね、私、スズベルさんのことばっかりだ。
だけど私、やっぱりあの人が大好き。
ねえ、クイーン・オブ・ハート。
スズベルさんの話してくれたレンガ道――貴方とも、歩きたい。
ようやく始まった私の世界を、貴方と歩きたいよ。
ハッチを開けたまま、私は、共に戦い続けた操縦桿に、操作盤に、抱き締めるように覆い被さる。
生まれてきてくれて、呼びかけに応えてくれて、私を守ってくれてありがとう。
優しい優しい、愛に生きる女王様。
◆
夜が、明けていた。
初めての荷造り。
初めてまとめた荷物を背負った私の服装は、今までと違う。
リボン付きのカチューシャはそのまま。
子どもっぽい自覚はあるけど、ほんとは少しお気に入り。
今までは白っぽいロングスカートと淡い色のスカーフ、それに近い服を着回していた。
だけど、今は。
産婆さんが保管してくれていた、母の形見。
いつか私に着せたいのだと、最期まで、この村まで持って来てくれたと、聞いた。
エプロンドレスに近い服。
裾にレースがついた黒のエプロンは少し透けた生地だから、赤いドレスが映える。
袖はあるけど、両肩だけ少し出ている。
オシャレ、なのかな。
エプロンと一緒になったウエストリボンは黒く、ふわっと広がる赤いスカート、赤と黒のボーダーソックス。
い、色。は、派手じゃないかな。
幼くないかな。
でも私、一応は背が低いから、まだ大丈夫かな。
少しだけ――スズベルさんが、似合うよって話してくれた服に、似ているかも。
ああ、ごめん、お母さん。私ずっと、好きな人のことばっかり。
私に似合うかどうか、気にするよりまず――私、この服、とても可愛いって思う。
自分が可愛い服を着るとか、女の子らしい服を着るとか、今まで考えることが罪だなんて思っていたけど。
ありがとう、お母さん、産婆をしていたおばあさん、きっと最後まで私と母を守ってくれた、お父さん。
即席だけど、グローブも嵌めてみた。
まだあちこちの傷は治り切ってないけど、私の心が待ってくれそうになくて。
旅立ちの準備を整えて、私は家を出る。
村人たちが、遠巻きに私を見ている。
複雑そうな視線が、たくさん。
その中に、あのみつあみの女の子を見つけて私は慌てて駆け寄った。
びくりとするその子に、私はようやく可愛いうさぎの編みぐるみを差し出す。
リカルカとの戦闘中は操縦桿で手が塞がっていたから完全には守り切れなかったけど、一応ずっとポケットの中にしまって衝撃は逃していたから、傷は付いていない……はず。
「そ、それ……あたしの……!」
「うん、ごめんね。見つけたんだけど、ずっと渡しそびれてて。……大事に、してあげてね。編みぐるみも、お友達も、村長さんも……みんな……」
魔女リカルカの危険が増えてきたこの世界。
戦う術を手に入れた私は、本当に誰かを守る為に生きるなら、この村に居た方がいいのだと思う。
スズベルさんも、迎えに来てくれると約束してくれた。
でも、これは私のわがまま。
強くなりたいと思った。
リカルカと初めて戦って、自分の未熟さを思い知った。
スズベルさんを待つだけじゃなく、憧れのスズベルさんを追いかけて、努力できる私でありたい。
私の旅の行き先は、WITTSイース・トーヴ支部。
私は、クイーン・オブ・ハートと一緒に、WITTSの戦闘員になりたい。
スズベルさんと同じになりたい。
スズベルさんの力になりたい。
そして、WITTSとして戦って――私は私の世界を守っていきたい。
このキャロッタ村も含めて、魔女の脅威に怯える世界をなくす為に、私は走り出したい。
「……じゃあ、またね」
編みぐるみを抱き締めて、困ったような目で私を見た女の子に手を振って、背を向けて、歩き出す。
私が疎まれていること、私が怯えられていること。
それはもう、大丈夫。
だって、悪意だけで生まれたものじゃないから。
魔女リカルカが怖かったから、魔女リカルカに愛する人を殺されてしまったから。
私という悪を、捌け口を作らないと、彼らはきっと今まで上手く自分の心と付き合えなかっただろうから。
大切なものがいたから、愛するものがいるから、きっとそのぶん憎しみも生まれるんだ。
スズベルさんも言っていた。
好き嫌いが無い人の心では【レディ】は動かせないと。
――『嫌いなもんばっかだからさ。自分がちょっとでも好きになれたもんがオレには凄く特別に見える』――
スズベルさんの、信条。
村の人たちも、そうだったのかな。
憎しみ。私のまだ知らない感情。
村の人たちも、どうか。
あの人たちも、愛を知っている人たちだから。
どうか憎しみだけでなく、彼らの特別なものへの、大切なものへの愛を募らせながらこれからも生きていってほしい。
振り返らず歩いて、しばらくして。
「……っ、お姉ちゃん!!」
声が、聴こえた。
幼い女の子の声。
振り返らず歩く決意は、呆気なく壊される。
みつあみの女の子と、彼女の友達数人。
この村の数少ない子どもたちが、私を追いかけてきてくれて。
「お姉ちゃん、ごめんね、ごめんね……!! ありがとう……!! 守ってくれて、助けてくれて、編みぐるみも、えと、えと……ありがとう……!」
ごめんなさい、ありがとう。ありがとう。
舌っ足らずの口調で紡がれる謝罪。それを超える数の、『ありがとう』。
幼い彼女たちの言葉が、心に染み渡る。
初めて、話したけど、でも。
いっぱいの、『ありがとう』。
私、それだけで。
「……うん……私も、ありがとう……! またね……!」
私、それだけで。
――今度は、笑顔で『またね』を言える。
子どもたちに、沢山沢山手を振って。
村を出ようと、歩いて歩いて。
最後に一度だけ振り向いたら、何か言いたげな村長さんや大人たちに、みつあみの女の子たちが、私に『ありがとう』を言ってくれた子どもたちが。
ぷんすか可愛らしく怒りながらも、何かを大人たちに強く主張していて。
遠くて全ては聞き取れない子どもたちの想いを、大人たちは口を挟まず、否定せずちゃんと聞いていて。
それを見ることができたから。
最後に、この村に、希望が持てた気がして――私は一人、また呟く。
「……また、ね。キャロッタ村。私の、育った村」
顔を上げる。
私が焦がれた青空が、そこに広がっている。
顕現させたままだったクイーン・オブ・ハートが、村の入り口で私を待っていてくれる。
行こう、私たちの世界へ。
私たちの未知の世界、未知の出会い。
きっとその出会いは、私たちの心に、素敵なものをくれるから。
荷物と共に乗り込んだクイーン・オブ・ハートが、歩き出す。
やっぱり、まだ移動の仕方には慣れていないけど。
貴方の足音、私は大好きだよ。クイーン・オブ・ハート。
ああ、そうだ。
スズベルさんは、マーカーや信号入力、みたいなものを駆使して、ブリキハートを自動操縦していた気がする。
私にも出来るかな、と。
『想像』しながら操作盤をへたくそに弄って、クイーン・オブ・ハートが私の操縦なしでも歩き出したことに、ほっと安心して。
どうせなら移動中に、勉強したいことがあったから。
家の本棚から引っ張り出して持って来たのは―― 初級治癒術の教本。
戦って、頬に怪我をしていたスズベルさんを見て、何か私でも力になれないかと、ずっと思って。
考えて考えて、私は治癒術を一から学ぶことにした。
今は私自身も怪我をしていたから、まずは私を練習台に、と、しばらく読んだ教本の流れに沿って、初めての治癒術を、試しに行使してみたら。
「痛……っ!?」
傷口に走ったのは、衝撃だけ。
より痛みがひどくなってしまったかもしれない。
やっぱりすぐには使えないみたいだ。
頑張らなきゃな。
頑張ること、いっぱいだ。
――頑張れること、いっぱいだ。
治癒術の失敗の痛みでよろめいた私に合わせるように、自動操縦モードだったクイーン・オブ・ハートも大地の盛り上がった部分に脚を躓かせて、機体がよろけて。
ちょっとおかしくて、笑ってしまって。
自分が笑えることが、嬉しくて。
理想像の私には、なりたいと思った私には、まだまだ遠い。果てなく遠い。
だけど夢を見つけて、目指せて、歩き出せた今の私を。
隣にいてくれるクイーン・オブ・ハートを。
理想に辿り着くまでの長い道のりを、広がる世界を。
私が背中を追いかけていたい、愛しい愛しいスズベルさんを。
全部を想って、愛して、私は進む。
ここまで16年もかかってしまったけど。
愛から始まった私の世界、私の物語。
始まりの合図に、私は返事をして――そうしてやっと、幕は開いた。
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