その8 いつかの、おしまい。
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第四話『夢想家どもの、終末糾弾』
その8 いつかの、おしまい。
teller:スズベル=エメラルダー
◆
この場にいるのはオレと、凪哉と。
今回の異常事態を起こした、【妖精因子】の持ち主・リュートのガキ。
自我持ちのボロボロ【レディ】、ブラウニーのじいさん。
そして、冥助=ララバイ。ぼさぼさの紫髪によれよれの白衣の男。
WITTSイース・トーヴ支部所属、【レディ】 開発室長のムカつくオッサン。
オレと凪哉はオッサンに促されて、機体から降りて話を聞くことになった。
リュートのガキに威圧感を与えないため、らしい。
リュートのガキはおびえたように体を縮こまらせている。
さっきのオレらは、こいつのブラウニーとの思い出を嫌という程に浴びたわけで。
そう思うと、少し気まずい。
リュートの【妖精因子】が落ち着いてきた頃合いだからか、冥助のオッサンの大事な話とやらが始まった。
「まず、ブラウニーさんの診断結果を伝えるね。…… 心臓部は完全にやられてる。綺麗に修復するのは絶対に不可能。だから、残された短い時間……余命というべきかな。それはもう覆らない。自我の消失は、免れない」
凪哉が息を呑む音がした。
だいたい予想はついちゃいたが、オレは軽く舌打ちをする。
リュートのガキは、喋らない。
冥助のオッサンは、話を続けた。
「しばらくスリープモードに入ってもらって、その状態のまま多少……気休めの修復をした方が、申し訳程度の延命に繋がるんじゃないかとは思う。というか、スリープしなきゃもう一日もしないうちにブラウニーさんの自我は消えるよ」
オッサンの言葉に、リュートのガキのちっこい身体がびくりと震えた。
オッサンの静かな声だけが、重っ苦しい空気の中で響く。
「……これが、俺の診断結果です。ブラウニーさん。早急にスリープモードに入ることをお勧めするんですけど……その前に何か、ありますか」
損壊だらけの【レディ】が、破損箇所からバチバチと電流を迸らせた機体が、ぐら、と頭を上げる。
ブラウニーの、じいさん。
コアの灯りは明滅しているのに、眼の役割を果たす灯りだけはどこか柔らかで。
聴こえてきた声は、近い死を宣告されたとは思えないくらい、穏やかだった。
『……元より、わたくしは老いぼれです。十分に、幸せに生きましたとも。しかし……心残りが一つ』
ブラウニーの身体が、露骨にリュートの方を向く。
立ち尽くすリュートの足は震えていて、未だ、このガキは言葉一つ洩らさない。
ブラウニーの身体が、今度は冥助のオッサンの方を向いた。
じいさんレディの眼のライトの光は変わらず淡く、気持ちが痒くなるくらいに優しい。
『……冥助=ララバイ殿、どうか……わたくしが眠ったあと、そしていずれ朽ちたあと……リュート坊ちゃんを頼まれてはくれませぬか』
「……おや。どうして、俺に頼むんですかね」
『貴方様の聡明さを見込んでのことです。坊ちゃんはまだまだ幼く……生きていく為の勇気がすくすくと育まれている過程にあります。どうか、どうか……わたくしが居なくなったあと、優しい坊ちゃんの手助けを……』
「――申し訳ない、ブラウニーさん。その役目は、俺には無理です」
らしくもなく静かな声で、オッサンは言った。
懇願をバッサリ切り捨てられたブラウニーのじいさんに、何故かと聞き返す暇もオッサンは与えなかった。
冥助のオッサンは容赦なく、事実を告げる。
「俺、たぶん……結構近いうちに、人間じゃなくなるんです。だから……リュートくんを傍で守って導くことは、俺にはできません」
「……え……?」
声を洩らしたのは、ブラウニーのじいさんでもなくリュートのガキでも、オレでもなく。
凪哉だった。
ああ、そうか。コイツ、オッサンの身体についてまだ詳しく知らねえのか。
オッサンはこの話なかなか自分からしねえんだもんな。
…………腹立つ、よな。
「貴方の知っている通り、俺は貴方たち【レディ】の開発者です。【レディ】は搭乗者の心と繋がることで起動して力を発揮し、魔女と渡り合えます。その仕組みを絶対にする為に……まあ、俺はだいぶ無茶しちゃいまして」
『無茶……ですかな?』
「全ての【レディ】が繋がるマザーコンピュータ……俺の搭乗機でもある『マザー』が浸された電脳空間に俺自身の魂をぶち込んで溶け込ませました。ぜんぶの大元に俺の魂がある影響で、【レディ】は生物の心に反応するんですよ」
ブラウニーのじいさんの言葉が、止まる。
押し殺したような、声にならない言葉だけは聴こえたような気がした。
……絶句に近い、反応だった。
「……っていう、まあまあな無茶をしたせいでね。俺の身体、日に日に電脳空間と同化しているんです。そのおかげでここみたいな【レディ】が絡んだ異空間になら、魂がこういう立体映像の姿を作って、この仮初の身体で異空間に侵入、介入できます」
オッサンが、自分の立体映像製の身体をとんとんと指で指す。
「俺の実体は今もWITTSイース・トーヴ支部にいますけど……問題かつ、今の本題があって」
『……問題、ですかな』
「……さっき俺、『マザー』を起動して色々やらかしましたよね」
『……ええ、ええ。お強かったですよ。先程は坊ちゃんを助けてくださってありがとうございます』
「……どうも。だけど魂がどんどん生身とは違う世界に馴染みすぎてるからか、反動で俺の実体はすげー虚弱なんです」
オッサンが 大袈裟に肩を落とす。
本気で嫌そうな顔だった。そうだろうよ。
「さっきの通り……俺が『マザー』を起動すると、俺の魂が侵入できた世界ごと『マザー』に成り代わらせることができます。『マザー』が成り代わり乗っ取った世界を丸ごと、俺は搭乗者として自由に操ることができます。でも、この能力には代償があります」
『代償……穏やかではない言葉ですな』
「はい。それはもう。……『マザー』を【レディ】として起動する度に、俺の虚弱な本体はすっっげーダメージ喰らいます。このあとこの俺が……俺の魂が実体に還ったら、めっっちゃ吐くし頭痛発熱目眩胃もたれ筋肉痛その他諸々やられます。マジできついです」
「……いっつも思うけどオッサンのそのよくわかんねえ代償、薬の箱の裏の説明読んでるみてえだな」
ついオレが口を挟んじまったら、冥助のオッサンがへらっと笑った。
「なはは、酷い時は下痢もやべえぜ!」
「オッサンのトイレ事情なんて詳しく聞きたくねえよ、言わねーでいいよ。つかそんな堂々と人に話す話題じゃねえだろ。アホかよ黙れよオッサン」
「シリアスな話の途中だから黙らせないで。えーとね、それでですね……」
シリアスしたいならシリアスに徹しろや。
このオッサンのこういう飄々としたところが嫌いだ。昔から。
「……そんなひっでえ身体を今は抱えてますけど、俺の魂が完全に電脳空間に慣れたら、そのとき虚弱な生身の身体は消失します。その時、俺は電脳空間の住人になってほぼほぼ永遠を手に入れてしまうんですよ」
『……永遠…………まさか……』
一呼吸、置いて。
オッサンはそれこそ、クソッタレな永遠の話をした。
「……俺はいつか、この星で一人になる。遠い未来にこの星の全ての生き物が滅んでも、俺の魂は電脳空間でたった一人生き続けます。――で、最後は確実に発狂します」
しん、と辺りが静まる。
凪哉のヤロウが声を上げたかもしれねえが、きっと小さな声だった。
「俺がどんな性格であろうが俺は所詮、ただの人間です。人の身じゃ孤独と永遠に耐えられず、どうしても発狂するんですよ。あ、でも」
最後にオッサンは、別にこっちの心はまったくフォローされないクソな結末を補足する。
「無人の星でイカれた俺が変なことやらかさないように、俺の精神バランスが露骨に狂い始めたら俺の自我は消えて完全に星を守るシステムに徹する……って仕組みは今のうちから作ってるんで、この星は安泰だと思いますよ」
…………リュートとブラウニーは、黙ってオッサンの話を聞いている。
オレがちらりと凪哉に目線をやると、ひどく動揺しているようだった。
そりゃそうだろ。初耳なら衝撃的な話題のはずだ。コイツは冥助のオッサンには懐いてるみたいだし。
クッソ重い空気の中で、それでも冥助のオッサンは笑い出す。
「なはは。ま、でも安心してくださいよ。ここまで辿り着いた骨のある若者が、なんとここに二人も! その名もスズベルくんアンド凪哉くん!」
オッサンが、オレと凪哉を急に指す。
確かにオレたち、幻影魔女ども薙ぎ倒してまで、ここに辿り着いたけどよ。
「個人的には、二人ともリュートくんの良い兄貴分になってくれるんじゃないかなあって思うんですけど。どうですかね?」
急に軽くなった声色と口調で出された提案に、ブラウニーのじいさんはしばし黙ったが。
じいさんにも冥助のオッサンに思うところは色々あるんだろうけど、じいさんの立場じゃ長々と話してる時間はないはずだから、切り替えたらしい。
ブラウニーのじいさんの眼の淡いライトがオレと凪哉に向けられ、こちらをぼやあと温かく照らしてくる。
『……お二方。すみませんが、リュート坊ちゃんを頼みます。そして、リュート坊ちゃん』
オレらの返事は、待たず。
最後にブラウニーのじいさんの身体が、またリュートの方を向いた。
『坊ちゃん……わたくしは、ずっと坊ちゃんの御心に――』
そして、ブラウニーはリュートに別れの挨拶を告げるはずだった。
けれども。
思えばオレらがこの場に辿り着いてから一言も喋っていなかったリュートのクソガキが、そんな終幕をおとなしく受け入れるはずがなかった。
「……っ、いやだ! やだ! じいじとお別れなんて僕、そんなのやだ! お別れなんて来ない、僕が来させない! ずっと一緒にいるんだ!!」
『坊ちゃ……!?』
今までブラウニーのじいさんの足下に佇んでいたリュートが、駆け出して、それからブラウニーの機体の表面を駆け上がるようによじ登って。
そうしてコックピットの中に飛び込んで――リュートは、オレらの前で初めて、【レディ】ブラウニーに搭乗した。
途端にブラウニー周りの空間がぐにゃりとねじ曲がり、地面に大穴が空く。
一人と一機は、すとんとその穴に堕ちていくように姿を消した。
またリュートが【妖精因子】を暴走させて異空間を拡げたんだろうけど、能力の行使が唐突すぎたからか、大穴はぽっかりと空いたまんまだ。
まだこっちが追いかけられる隙を残しちまってる。
だからいちいち詰めが甘いんだよ、クソガキ。
――と、その時。
「…………スズベルくん、凪哉くん。こんな時だけど、本物の魔女が出現したよ」
おふざけ一切なしの声色で、冥助のオッサンが最悪の報告をしてきた。
「反応はリュートくんたちのところから感じる。このままだと二人が危ない」
「リュート殿……! 直ちに助太刀に――っ、…………あ…………?」
凪哉が自分の【レディ】にも乗らずに、そのまま迷わず大穴に飛び込もうとして――その時、がくんとその大きな身体がよろけて崩れ落ちた。
最悪の事態が重なったことを察して、オレは舌打ちをする。
「…………凪哉、テメエはじっとしてろ。自覚無えと思うけど、もう毒回ってんだよ。死にたくなけりゃここでオッサンに解毒してもらっとけ」
「しかし……リュート殿とブラウニー殿が……!!」
「オレが行く。オレならまだ動ける。そんでなんとかする。文句あっか」
凪哉と冥助のオッサンに背を向けて、オレはブリキハートに乗り込むべく歩き出す。
リュートの作った幻影の魔女相手なら冥助のオッサンの能力で処理できたろうけど、相手が本物の魔女となると話は別だ。
今のオッサンは凪哉の解毒に集中したいだろうし。
それでも無茶してオッサンが魔女片付けりゃ話は一瞬なんだろうけど、戦闘増えるとオッサンの身体にかかる負荷というか代償というか……も、ますますキツくなるし、そうなると後々面倒だし。
だったら今は、オレが行かなきゃだろ。
オレの背中に、ますます毒が回ってきたらしい凪哉のヤロウのどこか苦しそうな声がぶつけられる。
「……貴様のその……毒が効きにくい体質というのは、一体……?」
「…………今聞くなよ。説明してる暇ねえってさっきも言ったろ。なんつーか……出自、っつーか、種族っつーか……ちょっと変わってんだよ、オレ」
「安心してよスズベルくん。俺は君のこと、普通のクソ野郎だと思ってるよ?」
「うるっっっせえよ。フォローになってねえんだよクソオヤジ」
ブリキハートに乗り込む寸前に後ろを振り返ると、苦しそうな凪哉の背を冥助のオッサンが支えていた。
……まあ、凪哉のヤロウはオッサンに任せとけば大丈夫そうだな。
「頼んだよ、スズベルくん。君の任務は当初の予定通り、10歳の男の子……リュートくんの救出だ」
「……オレは野郎嫌いだからな。あんま聞き分け悪かったら、あの生意気そうなガキのことぶん殴っちまうかもしれねえけど」
「…… 幼子にそのような狼藉を働けば、ぼくが貴様を殴ろう。もしくは蹴ろう」
「毒食らってんだから喋んじゃねえよ凪哉。つかテメエの蹴り痛えんだよ。シャレになんねえんだよ。……あー、くそ」
あのガキを助けなきゃ、世界は滅ぶ。
なのにこんな腹立つ野郎どもに送り出されると、やる気が湧き辛い。
それでもまあ、オレはこれが仕事だ。
自我持ちレディだのヘンテコな体質だの、オレにとってのイヤな過去を思い出させる要素が今回はやたら多い。
正直オレの人生はずっと、クソみたいなもんだった。
人に言えない、何もかも痕跡を消したいくらいにはおぞましい出自があって。
今でも気持ち悪い体質が少しはこの身に残ってて。
だけどオレの心にでっかい影響を与えやがった自我持ち【レディ】と出会えて、なのにすぐに二度と会えなくなった、なんてことがあって。
それで――ふらふらボロボロの中、出会って、一度は父親みたいだとまで思ったどっかの白衣のオッサンは、クソッタレな永遠孤独に突入からの発狂バッドエンドが確定してるときた。
クソッタレ。ふざけんな。
だからオレには、この世界に嫌いなもんばかりだ。
だけど、まあ。
オレが今助けに行こうとしているクソガキは、こっから頑張れりゃ、オレほどクソな人生は送らずに済むはずなんだ。
オレに、思い出したくもないイヤな過去があったとしても。
イヤな10年間がオレのもともとの最初にあったとしても。
オレはもう、ちゃんと始まってる。
オレにとっての始まりは、とっくの昔。11年前。
始まってんだ、始めたんだ。
オレの意思で、この人生を。この生き方を。この在り方を。
もう前に走り続けるしかないんだ。
始まったオレとして、生きてくしかないんだ。
11年の間にイヤなこともありまくったけど――愛しのアリスちゃんみたいに、オレの11年を認めて慕ってくれる大天使も、こんな世界にはいるわけだ。
だから。
とっくのとうに始まったオレの、オレだけの物語を、オレは止める気なんてない。
その為には今の、一応は誇らしい仕事だって全うしてやるし。
まだ始まってもいない、とあるクソガキの物語が始まる手助けくらい、してやるよ。
「……行くぜ、ブリキハート! クソッタレな永遠に、ケリつけにいくぞ!」
そうしてオレは、ブリキハートに、オレだけの愛機に乗り込んで。
未来に駆け上がる下準備として、世界の底に真っ逆さまに堕ちていった。
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