その7 テクニカル&パワーの爆走
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第四話『夢想家どもの、終末糾弾』
その7 テクニカル&パワーの爆走
teller:スズベル=エメラルダー
◆
オレのブリキハートと凪哉のジェーン・ドゥは、異空間を抜け出す為に出口である隙間目掛けて駆けていた、わけだが。
ふいに、モニター越しの世界が暗くなった。
急に大きな日陰の中に飛び込んだような、嫌な違和感が走る。
モニターを確認して、オレは思わず息を呑んだ。
立ちはだかったのは、あまりに大きすぎるシルエットだった。
一際デカい幻影魔女だ。
冗談みたいに、異空間ぜんぶを押し広げるくらいにデカい。
見てると気が遠くなりそうだ。
さっきまでこんなデカい魔女は居なかった。
おおかた、リュートのガキが残した【妖精因子】の力が、リュートの持つ足掻いて抵抗したいって言う感情が、こんなもんを生んだんだろう。
辺りの霧も、他の幻影魔女も、気付けば姿を消してる。
目の前のクソデカ魔女の養分になった……ってとこか。
突破口まであと少しなのに、やっと幻影の魔女もザコ揃いになってきたのに。
こんなデケえのが最後の番人を気取りやがって。クソがよ。
「あのまやかしの魔女……角が……弱点が、二つあるというのか?」
通信で、凪哉の驚いた声が聴こえた。
凪哉の言う通り。
クソデカ幻影魔女の遠い遠い頭部には、鋭角な角が二つある。
本来魔女の弱点である角は、一つのはずだ。
だけど。
「幻影の存在だからこそ、角が二つって言うありえないこともまかり通るんだろうよ。ここはあのガキの思い通り、なんでもありだ。二つとも潰さないと倒せねーんだろうな、クソ……」
そう吐き捨て、オレは思案する。
さて、こういう相手にはどうするか。
凪哉のヤロウの操るジェーン・ドゥは立ち止まっている。
なら、とりあえず。
凪哉にも言い聞かせるように、オレは口を開いた。
「……よく聞きな。オレが撹乱してアイツの隙を狙う。ブリキハートにゃスピードあるからな」
「……そうか。ならば、ぼくは」
「テメエは動くな。この寒さじゃテメエの機体にガタがくる。まだ毒も蔓延してんだ、下手にチョロチョロすんじゃねえ」
「それでは不十分な策だ、スズベル」
「あ?」
ムカつくことに、凪哉の返事は反論ときた。
けど、さらにムカついたのは。
――異議を唱える声に、眩しいくらいに揺るぎない心を感じたことだった。
凪哉は、言う。
「仕掛けるなら、より確実な隙を狙うべきだ。提案がある。ぼくはまだやれる。奇跡を成し遂げてみせる。ただ指を咥えているつもりなど初めから毛頭無い」
機体越しの通信なのに。
聴こえているのは声だけなのに。
視線を感じた。
凪哉の青い瞳の光を、正面から浴びている気分になった。
なんだか苛立って、気まずくて、コックピットの中でひとり目を逸らしちまった自分が情けない。
「スズベル、貴様は助けたいのだろう。リュート殿も、ブラウニー殿も。それはぼくも同じだ 。ならば手を結ぶべきだ。確実な救済の為に」
そんな言葉を聞き終わり、オレはでっっけえ溜息を吐き出してから。
「……よっぽどいい策なんだろうな、きんきら奇跡野郎」
「妙ちきりんな渾名で呼ぶな」
「妙ちきりんな口調で話すヤロウに言われたかねえわ」
◆◆◆
幻の魔女が、揺れていた。
ぐにゃぐにゃとデカい身体を揺らすサマはなんとも気味が悪い。
オレは揺らめくクソデカ幻影魔女に舌打ちしてから、ブリキハートを滑走させる。
魔女と一定の距離を保ったままスピードを上げ、ぐるぐると魔女の周りを回るように走っていく。
その最中、ブリキハートの右腕部を上げさせる。
ブリキハートの右腕部には、主砲がある。
普段はホンモノの魔女相手に、レーザービームじみた勢いのエネルギー弾を一気にぶっぱなす主砲。
連射可能の長距離攻撃手段。
弾数制限はあるが、ぶち当てれば向こうの大ダメージは確実だ。
主砲をぶち込む隙を窺いながら、ブリキハートを滑走させる。
ぐるぐるぐるぐると周りをうろちょろするオレが目障りなのか、魔女が苛立ったように両腕をこちらに振り上げてくる。
その瞬間、オレは主砲を撃った。
意外と向こうもスピードがあるのか躱される。
撃っても撃っても逃げられる。
魔女は逃げ惑いながらもデカさで優位を取ろうと腕を伸ばし、主砲の発射源のオレをはたき落とそうとする。
そこをまた、撃った。
だけど今度は魔女を直接狙ったものじゃない。
魔女が走り進む方向を塞ぐように撃ってやった。
魔女はまんまと射線にそのデカい図体を滑り込ませたが、ギリギリ直撃だけは避けやがった。
急停止した魔女の身体の表面を、弾丸がぴりぴりと掠め焦がす。
弾が接触したダメージで、魔女が僅かによろける。
――そして魔女がよろけた最中、ブリキハートは『それ』を投げ飛ばした。
『それ』。
普段は斧を握る左腕部に、さっきからずーっと抱えられていたもの。
ブリキハートが投擲したのは、奇跡なんぞを自称するクソ野郎・凪哉=ラブクラフトが乗り込んだ【レディ】――ジェーン・ドゥ。
【レディ】が他の【レディ】の機体をまんま投擲するなんざ聞いたことねえよ。無茶させんな。
こんな脳筋作戦を提案したのはテメエなんだから、しっかり仕事こなせよ凪哉!
「覚悟! 災いの魔女を象りし瞞しよ! 奇跡と正義で、成敗致す!!」
妙に通りの良い凪哉の声が響く。うるっっせ。
ブリキハートに投げられた勢いで、凪哉inジェーン・ドゥは、魔女のガラ空きの身体に突っ込んでいく。
勢いが殺されないうちに、タックルよろしく機体が魔女にブチあたる。
ついでとばかりに、凪哉はジェーン・ドゥの装備の一つであるモーニングスターを魔女の顔面にガンッ、と強く強く叩き込む。
魔女のデカい図体が、呆気なくよろける。
モーニングスターをモロに食らった顔面だけ、じわじわ瓦解を始めている。
――よし、崩れた。
こいつを待ってた。
オレは主砲を魔女に向かって、惜しみなく連射する。
エネルギー弾の嵐が魔女目掛けて炸裂し、爆ぜる光と音と共に、魔女の悲鳴が響き渡る。
山のようにデカい胴体が、ボロボロと崩れ行く。
とどめは目前、なのに。
オレの背中にまた走ったのは、嫌な違和感。
ダメージを受けてふらついてるだけの筈なのに。
あの魔女の挙動が、なんとなく見過ごせない。
動きが、似ていたんだ。
こっちが攻めに転ずる前に、魔女がぐにゃぐにゃゆらゆら身体を揺らしていた時の動きに。
オレの勘みたいなもんが告げている。
脳に危険信号をガンガンに送ってくる。
あの気味悪い揺れ方は、なんかの予備動作だったんじゃないのか。
じゃあ今、崩れゆくこの時でさえも。
あの魔女は、何かを仕掛けようとしているんじゃ?
そこまで考えた頃にはもう、オレの片手は慣れた風にコックピットのパネルを操作していて。
オレの操作に従いモニターが感知、検知した成分を見てオレは――。
「……クッッ、ソが!!!! 凪哉、もうぜってーコックピットのハッチ開けんなよ!!」
張りたくもない声を張って、凪哉のヤロウに警告だけした。
ブリキハートの主砲の、残った弾を余さず撃ち込む。
主砲が狙う的は、魔女本体じゃない。
さっき魔女の進行方向を塞いだ時の使い方と似ている。
今、あの魔女が放とうとしているもんは、毒素だ。
その毒素がこれから拡がるだろうとモニターの計算が打ち出した予測範囲に、根こそぎエネルギー弾をぶち込んだ。
嫌な予感は当たっちまう。
魔女は毒素を全身から霧のように滲み溢れさせ、異空間に広がる空気を一気に汚染しようとする。
あらかじめ予測範囲に撃ち込んでおいたエネルギー弾の炸裂がギリギリ間に合って、一部の毒素がエネルギー弾と相殺された。
だけど辺りから完全に毒が消えたわけじゃねえことは、未だに毒素への警告を光らせるモニターが証明している。
幻影だろうがなんだろうが、これ以上あの魔女を生かしておけない。
異空間の毒は機体にも効くようだから、モタモタはしてられない。
危うい芽は、早いうちに摘んで潰しておくもんだ。
「凪哉!!」
呼びかけると、毒を警戒して足を止めてた凪哉が、ジェーン・ドゥが、動き出す。
ジェーン・ドゥのメイン武装であるドリルが、けたたましい回転音を鳴らし始める。
あの忌々しい幻影魔女の角は、二つ。
魔女は角を潰せば滅びる。
この異空間で散々瞬殺してきた他のザコ幻影魔女どもだって、そのルールは律儀に守ってやがった。
だから。
凪哉が魔女の角の一つを狙っているように、オレも。
毒が蔓延しているはずの世界で、オレはそれでもコックピットのハッチを開けた。
主砲は撃ち尽くしちまった。
だったら今のオレが使える手段の中で、確実に魔女を仕留められる方法なんて、一つしかない。
慣れ親しんだ特殊クロスボウを構える。
吹きっさらしの中、確実に肺を毒で穢しながら、それでもオレは。
『毒が効きにくい』なんて、普通じゃ有り得ない特異体質なんかに。
ワケありだらけの過去ありきの、特別なんかに。
こんな忌まわしくて気持ち悪い身体なんかに、賭けてしまった。
自分のヘンテコな体質とか、自我のある【レディ】とか、オレにとってのド地雷ばかりを否応なしに突きつけられるからか。
集中力が、一瞬乱れそうになる。
……何を迷ってんだか。何を揺らいでんだか。
余計なこと考えないで、神経研ぎ澄まして、いつも通り矢を射っとけよ、スズベル=エメラルダー。
うだうだ昔を振り返んのも、嫌いなもんのことばかり考えんのも、後でもできるだろ。
今は幻とは言え、魔女を狩れ。
それがオレの仕事だろ。
世界と、あのリュートとかいうガキを助けるんだろ。
それがオレの任務だろ。
こんなクソみたいな永遠、否定してやるんだろ。
これは、オレだけの誓いみたいなもんだろ。
……色々うまく片付いたら、可愛い可愛いアリスちゃんとデートしたいんだろ。
それはオレの、心からの望みだろ。
オレにとっては、大事なことだろ。
オレは全部叶えて、全部勝ち取るんだ。
凪哉の提案に乗ったのだって、確実な救済とやらを遂げてみたくなったからだ。
欲深いのは、嫌いじゃねえはずだろ。
贅沢でわがままな心の自由も、ヒトらしい俗っぽい望みや願いも、オレは愛してるはずだから。
その愛、なんてもんを力に変えるつもりで。
脱線しかけた思考ごと、思い出したくもないトラウマごとぶっ壊すつもりで。
「くったばれ!! テメエの永遠、壊してやるぜ!! 『筋書きの破壊者!!』」
――ついでに言及しとくと、やっぱり妙に通りの良い叫びが一つ。
「我こそ、奇跡!! 目指す未来への希望の光、受けてみよ!! 『告名神託』ッ!!」
オレが放った矢が、凪哉が振り下ろしたドリルが。
魔女に別方向から同時に衝撃を与え、二つの角をそれぞれ砕く。
何となくそんな予感はしていたが、他の幻影魔女と同じく。
クソデカ魔女は消える寸前――リュートとブラウニーの思い出を、オレらの脳に勝手に流し込んで来た。
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――『あのね……あの、ね? じいじ……』
――『なんでしょう、坊ちゃん?』
――『僕ね……じいじと出会えて……じいじに助けてもらえて、じいじとこうして生きられて、良かった。ほんとに良かった。……だいすき、だよ』
――『………………おや…………おやおやおやおや…………』
――『……な、なにさ……ニヤニヤしないでよ、むかつく!』
――『ふふ……とんでもございません。ですが、坊ちゃん。わたくしのようなガラクタから、表情を読み取ってくださるのですね。嬉しいです』
――『そりゃあ、じいじは声色わかりやすいもん……あっ! じゃあやっぱりニヤニヤしてるんじゃん! もうばか! むかつくから、じいじなんて僕がずっとずっとその変なカオにさせてやる!』
――『ふむ……坊ちゃん、それはまた……』
――『そうだよ、約束! ……僕がずっと、じいじを笑わせてあげるよ!』
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デカい図体の幻影魔女だったからか。
オレらにとっちゃ最後の砦と言ってもいいくらいの難敵だったからか。
今倒した魔女は、リュートのガキの一番強い思い出が、想いが、魔女のかたちになったヤツみたいだった。
それでも、オレと凪哉は走っていく。
凪哉はどうだか知らねえが、少なくともオレは――オレ自身の足を引っ張る思い出さえも、振り切るようにブリキハートを走らせて、走った。
走っている中、凪哉からの通信が入る。
焦ったような声が、通信機越しにコックピットに飛び込んでくる。
「スズベル、貴様なんて無茶を……! 人にハッチを開けるなと命じておいて、自分一人生身で毒の中に顔を出すやつがあるか!!」
「オレは毒効きにくいんだっつったろ! うっせ今は細かいこと気にすんな、走れ! リュートのガキんとこ行くんだろうが!!」
納得いかない様子の凪哉に、オレは喚いて反発し返して、また走って、それで。
やっと辿り着いた先に居たのは、リュートのガキと、ブラウニーのじいさんと――。
「な……オッサン……!?」
「む……冥助殿、なのか? 何故ここに……」
いっつもリモートでオレを散々こき下ろしてくるオッサン―― 冥助=ララバイ。
オッサンが生身でここに居るのは有り得ねえから、なんかの力でこの異空間に干渉しているんだろうけど。
パッと見は生身のその身体だって、なんかの立体映像なんだろうけど。
ボロボロに壊れたブラウニーの傍にしゃがんでいたオッサンは、オレらに気付いてゆっくりと立ち上がる。
「……おや、役者が揃ったね。さてじゃあ、大事な話をしよっか?」
その声がオッサンらしくもなく真剣なものだったから――あまり良い話じゃねえことは確かで。
だけど、凪哉のいつものうるせえ主張の影響だろうか。
どんな厳しい現実を突きつけられても、オレも。
奇跡なんてものを信じて遂げたくなっちまってたんだ。
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