その9 銀世界の到来
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第四話『夢想家どもの、終末糾弾』
その9 銀世界の到来
teller:リュート=シューター
◆
なんで、なんで。
みんな僕の邪魔するの。
僕たちの、邪魔をするの。
じいじとのお別れがイヤで、いっぱいいっぱいになって。
それで、じいじを連れて逃げ出したのに。
僕がソウゾウリョクとやらで願ってブチ開けた穴に、隠れようとしたのに。
今、僕の目の前には魔女がいる。
僕が作り出した幻影なんかじゃない。
ざわざわとした殺気を感じる。
本物の、魔女リカルカだ。
『坊ちゃん、気を確かに! わたくしめがお守りします!』
「や、やだ……っ」
『坊ちゃん……!』
じいじが何か、言ってる。
こんなちっぽけな僕を守ろうとしてくれてる。
でも、だめだよ。
じいじ、心臓ケガしてるんだよ。
戦いなんかしたら、じいじが壊れちゃう。
じいじが、消えちゃう。
そしたら、ぼく。
「や、やだ!! やだあ!!」
こんなふうに癇癪起こすのなんて、子どもっぽくてカッコ悪いのに。
僕は泣き喚いて泣きじゃくって、耳を塞いで目を閉じて俯いて縮こまって、全部から逃げようとした。
もう、やだ。
もうやだよ。
もう。
僕から、何も奪わないで――。
「……っ、だあもう! ぴーぴー泣くんじゃねえよ、クソガキ!!」
え。
怒鳴り声が、聴こえた。
じいじの声じゃない。
もっと野蛮で荒っぽい声。
なに。こわい。
こわいのがイヤで、邪魔者がイヤで。
僕はもっと俯いて、下ばかり見て、しゃがみこむ勢いで心を閉ざそうとしたのに。
声の主は、よりにもよって上から来た。
銀色が、空から降って来た。
じいじのコックピットの、壊れて穴が開いている部分。
そこに丁度滑り込むように、そいつは、僕のところまで落ちてきた。
俯いていた僕の襟首を引っ掴んで、勝手に自分用のスペースを空けて、僕の横に片膝ついて。
その男は。
銀髪の、気の強そうな男は。
図々しくも、僕のブラウニーに同乗してきた。
……確かこいつの名前は、スズベル、だったはず。
なんでこいつがここに。
僕を、追ってきたの?
こいつも僕を邪魔するの?
……だったら。
「い……いやだっ、こないで!! 邪魔しないでよ! 僕、じいじがいないと生きていけないんだ! いやなんだ!!」
「……そりゃそうだろ。独りじゃ生きてけないってのは、別にフツーのことだろ」
……否定、されなかった。
それが今の僕には予想外で、次の言葉を失ってしまう。
その間にスズベルはコックピットの天井を見つめて、じいじに語りかけていた。
「……なあ、ブラウニーのじいさん。オレ、あんたみたいなのに会ったことあるんだ。ずっとずっとガキの頃に」
『……わたくしのような者……心を、持ってしまった【レディ】……ですかな?』
「……ああ。そういうオレだから、このガキに言える言葉があるはずなんだ。オレだけの言葉を、言いたいんだ。言ってやりたいんだ」
スズベルの眼が、一瞬で僕を捉えた。
ぎくりとする。
他人に見つめられるのなんて、こわい。
「……テメエもよく聞いとけよ、リュート」
なのにこいつは、僕の名前を呼んだんだ。
他でもない、僕の名前を。
こいつは僕を、逃がしてはくれなかった。
「……オレが会った【レディ】は、オレにとって生まれて初めて信用できた大人だったんだ。だけどそいつはオレの前でぶっ壊れて、居なくなって……そしたらオレ、何も見えなくなった。未来すらも、とにかくぜんぶ」
…………そう。
そうだよ、僕にとってのじいじもそうなんだ。
だから今、未来も希望も何もかも、僕の前から消えようとしてるんだ。
僕はそれがこわいんだ。
「オレの人生にとっちゃ、そいつの存在はデカすぎるくせによ……人生の中で言うと、きっと一瞬の交流だったんだ。綺麗に別れる時間なんてなかった。だからオレ、そいつの前ではずっと、情けなくて何もできない弱虫なクソガキのまんまだった」
弱虫なクソガキ。
スズベルが自分に対して言った言葉の筈なのに。
なんだか僕にも言われた気がして、ざわざわして、ちょっと腹立って、喉の辺りが、なんか苦しくなった。
スズベルが、少し俯く。
「オレの今の愛機……ブリキハートの心臓部は、もう二度と会えない【レディ】のモンを無理くり修復したやつを使ってんだ。もうそこに絶対に自我は芽生えないのに、引きずってんだよ、ずっと。そんくらい割り切れねー話なのは、オレにもわかってるつもりだ」
スズベルの話に、僕の身体が震える。
だってそれは、スズベルが今も引きずってる悲しみは、今まさに僕に迫っているものだったから。
いやでいやで、何もかもから逃げ出したくなる。
だけどやっぱり、スズベルの眼は僕を映して、スズベルの声は僕の名前を呼ぶんだ。
こいつが語りかけてるのは、僕、なんだ。
「……なあ。テメエはまだ頑張れるだろ。情けないクソガキじゃないとこも、一人前の男に育ったとこも、このじいさんに見せられる可能性残ってるだろ……?」
「な、にさ……無理でしょ、あの冥助とかいう人だって、じいじ、もう直らないって……」
「その冥助のオッサンが言ってたろ。ブラウニーのじいさんは、スリープモードに入らねえとまずいって。……いつかは完全にサヨナラだけどよ、それは今じゃねえんだ。じいさんが眠って眠って、少し起きて……そのあとだ。意味、わかるか?」
「わ、わかんないよ……眠るからなんだって言うのさ!! 結局じいじが居なくなっちゃ意味ないよ! じいじが眠っちゃったら僕寂しいよ、ひとりぼっちだよ、やだよ……!」
泣き叫んだ、その時。
横に座ってたスズベルが僕の肩を乱暴に掴んだ。
揺れた僕の身体が、ずっと俯いていた僕の顔が、その勢いで強制的に前を向かせられる。
じいじを動かす為の操縦桿と、ややこしそうなパネル。
目の前の様子や周囲のマップが映っているモニター。
じいじの操縦席からの景色が、よく見える。
見えてしまう。
僕の横顔に、スズベルの叫ぶような声だけがぶつけられる。
「テメエが強くカッコよくなるまでの時間はまだ残ってるってことだよ!
「……つよく……かっこよく……?」
なにそれ。
なに、それ……。
「別れが覆んねえなら、でもまだ時間に猶予があるなら! いつか笑顔でじいさんとサヨナラできるように強くなっとけ! こっから先、気張って生きて……それで……!」
次の、言葉は。
次の叫びは。
どんな拳よりも、僕の横っ面には効いてしまった。
「満足いくまでなりてえ自分になって、それをじいさんに見せてやれ! 安心で笑わせてやれ! いつか目覚めたじいさんに残された時間を! 幸せ以外なんもねえくらいにしてやれよ!!」
声が聴こえただけなのに、それだけなのに。
身体に衝撃を感じた。
世界が眩んだようだった。
心が変に、ざわざわする。
スズベルの言葉を引き金に、僕は何かを思い出す。
大切なこと、な気がする。
なりたい自分。
僕がなりたい、僕は。
僕が、なりたかった僕は――。
****
――『僕がおっきくなって、もっと力も強くなれば……僕もじいじを守れるでしょ?』
――『僕こんなんだけど、大事なものを守れるやつにはなりたいの。……わかってよ……』
――『そうだよ、約束! ……僕がずっと、じいじを笑わせてあげるよ!』
****
……そうだ。
僕、そういう人間になりたかった。
なりたいって、じいじに言った。
思い出した。
思い出せた。
でも、まだこわい。
どのみち、じいじはもう眠っちゃうんでしょ?
そばにじいじがいないのに、一人なのに。
一人で僕、なりたい自分なんかになれるの?
どうしようもない怯えが、僕から勇気を奪う。
なのに、僕にこれ以上俯く時間なんて許されなかった。
頭が割れそうなくらいの、魔女の激しい叫びが響く。
どういうわけか今の今まで動きを止めていた魔女が、モニター越しに暴れていた。
まるで癇癪を起こした子どもみたいに。
……僕、みたいだ。かっこわるい。
至近距離で、スズベルの舌打ちが響く。
「くそ……っ、ブリキハートに抑えさせてたけど、もう時間切れかよ。随分と活きのいい魔女だな……!」
ブリキハート、が抑えてた?
ブリキハート……って、スズベルの乗ってる【レディ】だっけ。
ブリキハートって魔女と戦える【レディ】でしょ。
ブリキハートで抑えられないなら、ブリキハートに乗るはずのスズベルがこんなところにいるなら。
――じゃあ、あの魔女どうするの?
搭乗者、って自分の【レディ】に転送できるんだっけ。
そしたらスズベル、戦ってくれる?
わかんないよ、そんな専門的な知識。
だって僕は、こんな僕は、ただの――。
「……おい、リュート」
不安と疑問が膨れ上がって、頭の中がパンクしそうなのに。
僕、もういっぱいいっぱいなのに。
スズベルはまた僕の名前を呼ぶ。
また、僕から逃げ場を奪っていく。
僕の横に居るスズベルが、両手のグローブを外す。
たぶん、WITTS の支給品だ。
操縦桿を握る時の摩擦から、手を守るためのもの。
スズベルはそのグローブを、大人用で僕にはぶかぶかのそれを、僕の頼りない両手に無理やり嵌めてくる。
僕の両手に、無遠慮に自分の両手を添えて。
僕なんかに、操縦桿を握らせる。
「テメエがあの魔女をやるんだ、リュート。今すぐアレと戦えるのは、テメエだけだ」
「ま……待ってよ……! 僕に魔女を倒せって言うの……!?」
僕が、魔女を倒すの?
こんな僕が?
こんな、ちっぽけな心とカラダの僕が?
無茶言わないでよ、ふざけないでよ、バカじゃないの。
悪態をいっぱいついてやりたいのに、スズベルのやつはちっともふざけてないトーンで、はっきり言った。
「これはテメエのなりたい自分になる為の第一歩だ。まずはあのクソ魔女倒して生き残るぞ! テメエのぜんぶ、そっから始めてみろ!」
そんな。
そんな、そんなの、いきなりだよ。
心の準備とか、さ。まだ全然さ。
僕は。
僕、なんて――。
『…………坊ちゃん』
――声が、聴こえた。
いつもよりは、弱々しい声。
けれど僕にとってはずっと、誰より強くて頼もしい、大好きな声。
じいじの、声。
『……わたくしの名前を呼んでください、リュート坊ちゃん。大丈夫、坊ちゃんなら成し遂げられますとも』
そんな、励ましの声が。
僕の心を今までずっと支えてくれた声が、やっぱりというか、あまりにも優しくて。
なんだか、泣きそうになった。
――少しだけ、俯く。
みんな、勝手だよ。ひどいよ。
無理やり僕を立ち上がらせようとしてきてさ。
強引に前に進ませようとしてきてさ。
振り回してくる勝手な大人なんて、僕、大嫌いなのに。
…………僕がもし、大人になれるんだとしたら。
絶対、勝手な大人になんかならない。
器が大きくて、何かを守れるくらい強くて、ちゃんと優しい大人になってやる。
かっこよくなってやる。
あんたたちとは、違うんだ。
――顔を、上げる。
ああ、結局。
こんな時でも、最後に僕の背中を押してくれたのは、じいじだったけど。
そんなに言うなら、やってやる。
僕だって、頑張れる。頑張ってやる。
これは僕の第一歩だから。
この一歩を踏み出せば、少しずつでも僕の何かは変わっていけるはずだから。
願った理想の大人に近づけるはずだから。
進むんだ、僕は。
じいじの名前を、今呼ぶんだ。
じいじに呼びかけるんだ。
じいじと繋がって、立ち上がるんだ。
呼びかける方法、僕は知ってる。
いつか、じいじに教えてもらった。
じいじとの思い出ならぜんぶ大事に抱き締めてるから、僕、ちゃんと覚えてる。
逃げたい、けど、今は逃げない。
何かから逃げない自分になってみたいから、なっていきたいから。
立派な大人を目指す為に、ここで生き残るんだ。
いま戦ってやるんだ、僕が。
――じいじにいつか、いっぱいの幸せをあげる為に!
「『ブラウニー』!! テイルスタートッ!!
Ready go ! Go! Our lady!!」
――じいじと僕は、ずっと一緒に居たけど。
思えばこれが、僕とじいじの、初めての起動だった。
初めてで、始まりだったんだ。
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