その5 ハローワールド
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第四話『夢想家どもの、終末糾弾』
その5 ハローワールド
teller:リュート=シューター
◆
「――や、見つけたよ」
突然、だった。
軽い調子で声をかけられて、僕はびくっと肩を震わせる。
だって、知らない声だったから。
ここは僕が【妖精因子】とやらの想像力で創り出した空間の奥。
僕が、じいじ――『ブラウニー』と潜伏していた異空間だ。
さっきの若い男二人は、僕が想像した魔女の幻影に行く手を阻まれているはず。
そいつらがここに侵入したら、この異空間と"繋がっている"僕にもわかるはず。
だから、ここで知らない声が聞こえてくるはずないのに。
ここにいきなり、知らないヤツが現れる筈もないのに。
本当に――突然、だったんだ。
突然、そいつは現れた。
よれよれの白衣を羽織った、背の高い男。
ボサボサのすみれ色の髪。
見た目だけは若そうだけど、どこか得体の知れない空気を纏ったヤツ。
そんな男が、急に僕とじいじの前に立っていた。
ぱっ、と。
まるで瞬間移動でもしたかのように。
「な、なんで……ここに……」
僕の言葉に、彼は笑った。
うさんくさい笑顔だった。
……なんとなく、鼻につく。
「ワケありなもんでさ。俺は半分だけ、この世のものじゃないんだ。現実世界から遠ければ遠いほど、俺にとっては干渉しやすくなる。……ってわけで、君が創ったこの異空間はなかなか侵入しやすかったよ? リュート=シューターくん」
――なんでこの人、僕の名前を知ってるの。
ビクビクと怯える自分の身体が、余計に震える。
じいじの大きな身体に縋ると、白衣の男の視線がじいじへと向いた。
「それに俺、【レディ】を捕捉するのは人より得意だったりするんですよね、ブラウニーさん。……まー、砂嵐だの雪だの、大自然にはたまーにセンサー負けちゃいますけど」
『……貴方様は、もしや……』
じいじの声色は、びっくりしたようなものだった。
……じいじは、この人のこと、知ってるの?
僕が白衣の男を訝しげに見上げると、ニコリと笑い返されてしまう。
「さて。そろそろ自己紹介といこうか。俺は冥助=ララバイ、37歳。WITTSイース・トーヴ支部の【レディ】開発室長だ。つまり――」
『わたくしたち【レディ】を開発した生みの親……わたくしの創造主、でございますか』
「……その通り。お久しぶりです、ブラウニーさん。まさか貴方に心が芽生えていたとは」
冥助、と名乗った白衣の男が、じいじに恭しくお辞儀をする。
心はじいじより若そうなのに、じいじの親とか……変な感じ。
そもそもこの冥助って人、見た目が若すぎる。絶対37歳のおじさんの見た目じゃない。
僕は【レディ】なんてじいじのこと以外考えたくないから詳しくないけど……この冥助って男は何者?
この人、魔女と戦うレディをどうやってつくったの?
なんか、あんまり信用できない。
……白衣、だし……。
みっともなく怯える自分が恥ずかしくて、じいじの陰に身を隠す。
白衣は苦手だ。
嫌なことばかり、思い出しちゃうから。
「……さてと。じゃあブラウニーさん、事情聴取させてもらいましょうか。貴方に自我が芽生えたことといい、貴方とリュートくんの間柄といい……WITTS関係なしに、俺個人にとってもあんまり他人事じゃなさそうなんでね」
『ええ、ええ、どうぞ。しかし……貴方様なら、もうご存知なのでしょう?』
じいじの言葉を聴いて、冥助は僅かに眉を下げて、笑って――。
「――孤児院『スノードーム』。身寄りのない赤子や幼児を保護し、雪原地帯にて自然と触れ合わせながら心を豊かに育てる児童養護施設……しかし、それはあくまで表向きの姿」
――僕の、思い出したくもない過去を、あっさりと暴き始めた。
「『スノードーム』の実態は、魔女【リカルカ】討伐実績により各地で注目され始めた対魔女特化独立掃討組織WITTS と戦闘ロボット【レディ】に対抗意識を燃やした数名の科学者が集まり……WITTS より優れた手段と強力な兵器で魔女を掃討すべく設立した非合法の研究施設。……ここまで、合ってますかね?」
僕の心臓の鼓動が速まる。
嫌な温度の汗が首筋を伝う。
じいじが冥助の言葉に頷く。
何を思ったか、冥助も頷き返し――話を続けた。
「施設は、『保護』した孤児を人体実験の被検体としていた。実験の目的は、【妖精因子】の人工的な発現。……しかし、実験の内容はあまりに非人道的だった」
あ。
だめ、だ。
からだ、ふるえちゃう。
頭の奥で嫌な思い出ばかりが踊り出す。
そうだよ。色々されたんだ。
感情・想像力の刺激を目的とした脳の拡張――だかなんだか知らないけど、脳もからだも、たくさんいじくられたんだ。
僕のからだなのに、僕の脳みそなのに、僕の心なのに。
あいつら、白衣のやつら、オモチャみたいに僕を好き勝手して。きもちわるい。
思い出したくなんてない。ないのに。
ぐるぐるする頭が止まってくれない。
冥助の声が、どこか遠く聴こえる。
「……しかし、偶然にも施設付近に廃棄されてたプロトタイプの【レディ】、ブラウニーが起動。施設周辺に染み付いた感情を吸収し、自我を獲得。……それが今の貴方ですよね、ブラウニーさん」
『……ええ』
『……施設の実態を目の当たりにしたブラウニーは、被検体唯一の生き残りの少年を救出、保護。少年をリュート=シューターと名付け、幻影を駆使して、二人で雪原地帯に隠遁……経緯はこれで合っていますか、ブラウニーさん。……そして、リュートくん」
僕は思わず、後退りそうになった。
だって、冥助の指摘は合ってたから。ホントだから。
うそ、やだよ。なんで知ってるの。
動揺する僕をよそに、じいじが話し出す。
『……いかにも。あの施設の実験、とやらはひどすぎました。命あるものに、ましてや幼子にやっていい所業ではなかった。……ですからわたくしは、リュート坊ちゃんをずっと守ってきたのです。坊ちゃんには真の意味で健やかに、心を豊かにしながら育ってほしかったのです……』
「……リュートくんの慕いっぷりを見る限り、貴方たちは本当の家族のように過ごしていた、ってわけですね……さて」
ふと冥助の視線が、一点に鋭く向けられた。
「……その心臓部、何があったんですか」
冥助の視線の先にあったのは、じいじの身体の胸部の辺り。
装甲が大破したせいで剥き出しになってる、【レディ】の動力が集まる部分――心臓部。
文字通り、【レディ】にとっては心臓。
一番、大事な部分。
……そんな大事なものなのに、じいじの心臓はぐしゃりと捻れひしゃげ、潰れそうになっていた。
歪で規則性をなくした形の心臓が、じいじの胸の奥でチカチカと点滅している。
『……ほっほ。しくじりましてな。雪崩にまんまとしてやられました。老体には自然の大きさは実にこたえます』
「な……ちがうっ! じいじは僕を守ってそうなったんでしょ!? あんなおっきな雪崩から僕を助けようとして、庇って、それで……それでっ!!」
今思うと、ちょっと前のこと。
雪崩なんかが急に襲ってきて、じいじが僕に覆い被さって、僕は咄嗟に目を閉じて。
次に目を開けたら、じいじの心臓がぐしゃぐしゃになってて、それは、それは、じいじとのお別れが近いって意味で。
僕の日常の崩壊は突然すぎた。
だから、耐えられるわけがなかった。
「耐えられるわけがないじゃんか! もうやだ! もうやだ! みんな、みんな、僕たちのジャマしないで!」
「いけません坊ちゃん!」
泣き叫ぶ僕に呼応するように、辺りの空間が急激に揺らぐ。
蜃気楼のように揺れて、揺れて――次々に幻影が浮かび上がった。
魔女の幻影だ。
さっき、あの若い男二人を妨害したのと同じマボロシ。
でも、様子がおかしい。
ゆらゆら揺れてカクカク震える幻影の魔女どもは、じろりとこちらに目を向けて。
――僕と目が合った途端、幻影魔女どもは唸り叫びながら僕たちに牙を剥いてきた。
「ひ……ッ!?」
『坊ちゃん!』
なんで、こっちに攻撃してくるの。
暴走?
ぼくの、ちからが?
やだ。やだやだやだ。
こわい。こわい。じいじ、たすけて、じいじ――。
魔女の放った斬撃が僕に襲いかかり、僕は反射的に目を閉じる。
だけど、待てども待てども痛みも衝撃も訪れない。
恐る恐る目を開けると、白いものが視界に映った。
人の背中だ。
――冥助=ララバイが、僕を庇うように立っていた。
そして、どういうわけか。
魔女の放った斬撃が、冥助の手前でぴたりと停止していた。
「うーん……思ったより腸煮えくり返ってるなあ」
冥助は独りごちる。
迫っていたはずの魔女の斬撃は、冥助の手前でぴたりと停止したまま。
魔女すらぴくりとも動かない。
魔女が目と鼻の先にあるって言うのに、冥助は流れるように言葉を吐き出す。
少し、険しさを感じる声色で。
「なんか、開発室長の名折れっての? 俺は悲劇を見逃しすぎている。凪哉くんと凪也青年の時といい、自然を隠れ蓑にされるとセンサー弱くなるんだよなあ……しかも最近は、茨の森の結界で隠れてたせいで見つけられなかったかわいそーな女の子の存在も今更感知しちゃったし。……で、今度はリュートくんとブラウニーさんのSOSも見逃しちゃってさあ」
小さく一つ、溜息を零し。
冥助は些かわざとらしく肩を竦めた。
「さすがのめーすけさんも、無力感にうちひしがれそうだ。無駄に力があるのに救えないってのはきっついね。スズベルくんもいつもこんな感じなのかな……あーあ、俺たちって……変なとこばっか、おんなじなんだなあ」
がしがしと冥助が頭を掻いたタイミングで、僕はようやく冥助に声をかけた。
少し、震えて情けない声色で。
「……なにしてんの、おまえ」
「ん? んー……ウィルス除去、的な?」
「ウィルス除去……?」
「うん。実はこの世界ってさ、半分くらいは俺のものだったりするんだ。この世界と俺はつながってる。だから――この異空間は、もう俺の支配下だよ」
冥助が、片手を前に突き出す。
なに? わけわかんないこと言われた。
支配下? つながる? なんの話?
「ああ、ところでさ」
急に声のトーンが軽くなった。
あまりの空気の変わりように僕が怯んでも、冥助は言葉を止めない。
「母親を題材にした童話や伝承って、結構あるんだ。数多の物語において、母親は立派な登場人物。母親だって、世界を彩る麗しい淑女さ。そういや、むかしむかしの童謡のマザーグースだって、『Mother』の言葉が含まれてるしねえ」
「な、なんの話……?」
「マザーグースだと、俺あの言い回し好きだよ。スターライト、スターブライト。星に願いを、的な?」
僕の質問には答えず、好き勝手に語ってから。
冥助=ララバイは視線だけこちらに寄越す。
その、僅かに見える横顔は。
そこにあった、表情は。
――ガラ悪いくらい、不敵な笑顔。
「……全ての【レディ】の元となるマザーコンピュータもまた、立派な【レディ】だ。全てと繋がってるから、俺が頑張れば、俺が干渉できる世界の中なら、いつでも起動できちゃったりするんだよ」
冥助が、突き出した手が。
妖しげな光を帯びて、ばちばちと光は強くなって。
「……俺は冥助=ララバイ。WITTSイース・トーヴ支部所属の【レディ】開発室長、兼、全ての【レディ】の生みの親、兼…………【レディ】、マザーの搭乗者さ」
そうして、光の中。
冥助は、彼だけの愛機に確かに呼びかけた。
「『マザー』、テイル……スターライト、テイルスターブライト――
Hello, World!
Howdy, lady?」
母なる【レディ】が、呼ばれたその時。
僕の創った異空間が、ぐらりと揺れた。
揺れる?
違う、ぐらぐら、じゃなくて。
世界がぐにゃぐにゃしている。ぐにゃぐにゃに、されている。
空間全てが、歪に歪んでいる。
無理やり形を書き換えられているみたいに、ぐにゃぐにゃぐにゃぐにゃ、世界が何かに侵食されている。
恐る恐る冥助の方を見て、僕は驚いて息を呑んだ。
突き出された冥助の片手が、先程まで眩むように輝いていた片腕が。
宙にある何かに、沈んでいた。
水面にちゃぽんと突っ込んだように、冥助の二の腕から先は見えない。
何か、見えない深いところに沈んで繋がってしまっている。
繋がる?
なにと?
僕の疑問は形にならない。
考えようとしても、冥助の軽快な鼻唄に掻き消されてしまう。
一人呑気に鼻唄歌って、とんとんと踵でリズムを刻む冥助。
独特のリズムに呼応するように、冥助が片腕を突っ込んでいる『何か』が。
水面のような『何か』が、波打っていく。
波紋はどんどん広がって、僕らを包む異空間の空が、地面が、世界が、やっぱりぐにゃぐにゃ揺れていく。
そんな波打つ世界に、僕は二つの灯りを見つけた。
僕の知らない灯り、だった。
それはまるで、じいじの、【レディ】の頭部の――眼の役割を果たす、ライトのようで。
「……まさか……」
見えている光は【レディ】の眼の灯りに、似ている。
なのに、【レディ】らしき輪郭はどこにも見えない。だってじいじなら、まだ僕の傍に居る。
姿なんて見えない、のに。
なのに。
僕は、何かの圧倒的な存在感に気圧されていた。
まさか。
あの灯りは、本当に【レディ】の眼、なんじゃ。
世界がぐにゃぐにゃ書き換えられた気がしたのは、そんな、じゃあ。
「……乗っ取ったの……?」
質問に対する答えは、返って来なかったけど。
冥助のくすりとした笑みは、僕には肯定に聞こえた。
――僕がトクベツな想像力で創った異空間は、あっさりと侵入された。掌握された。制圧された。
仕組みはわからないけど、冥助=ララバイは僕の世界に勝手に入り込んでいじくり回して支配権を乗っ取って、私物化した。
もうこの世界は僕の創ったまやかしじゃない。
干渉されて上書きされて呑み込まれて、今は、成り代わられてしまった。
――いま僕らがいるこの世界そのものが、【レディ】、『マザー』だ。
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