その3 クソッタレ永遠メルヘン
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第四話『夢想家どもの、終末糾弾』
その3 クソッタレ永遠メルヘン
teller:スズベル=エメラルダー
◆
地下で【レディ】と一緒に居たガキは、やたらとちっこかった。
髪の色はくすんだ緑色で、やたらとボサボサだ。
しかも前髪だけ無駄に長く伸びていて、目元を全部覆ってやがる。
ちっこい身体をすっぽり隠せるような黒いダウンコートを着込んでるが、サイズが合ってないのか、両手まで袖にほぼ隠れてる。
それから、ガキと一緒に居る謎の【レディ】。
随分旧い型なのか、機体のあちこちがボロボロに錆びついて煤けて、破損箇所がとても多い。
壊れかけの、【レディ】。
その姿を見ていると少し――心が、嫌なざわつき方をした。
慌てて気を取り直し、ガキと【レディ】から注意を逸らさないようにしつつ冥助のオッサンに通信を繋げる。
「……おいオッサン、ありゃ誰だ。テメェなら調べられんだろ」
『……名前はわかるよ。リュート=シューターくん、10歳。経歴はややこしいから今はキャンセルね。それよりスズベルくん、凪哉くん。あの【レディ】から目、離さないで』
オッサンの言葉を受けて、ボロボロの【レディ】の様子に今一度集中してみる。
すると――。
『……いけません、坊ちゃん……わたくしなど捨て置き、気をお鎮めなさい……』
――声が、聴こえた。
古びたスピーカーを通したような、くぐもった声だった。
老いを感じる、掠れてしゃがれた声だった。
その声は、確かに――あのボロっちい【レディ】から聴こえた。
凪哉が、ごく不思議そうに問う。
「……あの【レディ】には、何者かが搭乗しているのか?」
凪哉の疑問に対する、冥助のオッサンの答えは。
…………嫌になるほど、早かった。
『いや、無人だよ。……あの【レディ】にはね、自我があるんだ。ココロ、あるんだよ』
――ざわっ、とした。
背中か、心か。いや、全部か。
オレの胴体や肌のあちこちが、ざわざわと反応している。
独特の気持ち悪さがオレの全身を這うように覆う。
オレだけ突然、遠い吹きっさらしに一人で放置された気分だった。
居心地が、悪い。
オレの中で嫌な記憶が蘇りかけている。最悪だ。
オレが青ざめている中、ガキが弱々しい声で、ボロい【レディ】に呼びかけた。
「……じいじ……」
…………『じいじ』。
大体は乙女の名を冠し、機体デザインも女性的な【レディ】には似つかわしくない呼び名だった。
また凪哉の疑問が、どこか遠く聴こえる。
「どういうことだ……? 【レディ】なのに、翁を呼ぶような……」
『【レディ】に性別はないよ。そもそも魔女に対抗できる存在っぽくする為に、童話・伝承等の乙女や淑女の名を人間が勝手に各個体に名付けること多いだけだし。ま、無性別と言っても本来【レディ】に自我なんてないはずなんだ。……ただ、特例はある。君たちの目の前の子みたいにね』
喋る【レディ】に視線を向ける凪哉とオレに対し、冥助のオッサンは説明を続ける。
『あのレディの機体名は、『ブラウニー』。妖精さんの名だね。大抵はおじいさんの姿をしているらしい妖精。まー、妖精の性別や姿かたちなんて不明瞭なの多いけどさ』
ブラウニー、という名を持つらしいボロボロのレディの顔面のライトが、リュートとかいうガキを照らしている。
心配しているような、慈しむようなブラウニーの視線に、またオレの胸のざわつきは広がる。
『ブラウニーは、最古の【レディ】の一つ。旧い試作機の【レディ】は人の感情をより取り込みやすい。……そういうやつに古代から世に遺っている想いの残滓が入り込むと、【レディ】にだって人格が形成されるケースがあるんだよ』
「……そうか……」
そう呟く凪哉の声は、どこか悲しそうだった。
……ああ、なんだったか。
確かコイツ、モンスターに心が宿った存在だからか、モンスターでも魔女でも、自分と近しい存在の感情……みたいなもんを感知しやすい体質だった気がする。
……じゃあ今。
凪哉の体質が、あのブラウニーとかいう【レディ】にも適用されている?
「……ぼくには、わかる。あの【レディ】の自我は消失寸前だ。……瀕死、なんだ」
――オレの中に燻るざわつきが、また一際大きくなる。
だけどそれ以上に、リュートとかいうガキが纏う空気がどんどん不穏なものに変わっていくのが伝わってきた。
重たい空気が息苦しくて、胸のざわつきばかりが大きくなる。
『坊ちゃん……っ、なりませぬ……』
「…………じいじ、止めないで」
リュートとかいうガキは一歩、前に出た。
表情は長ったらしい前髪のせいでわからない。
なのに、リュートの声が震えているのは妙に生々しく伝わっている。
「……じいじ。僕たちで永遠に物語を紡ごう。僕と永遠に語り合おうよ。……僕の想像力なら、それができる」
『坊ちゃま、しかしそれは』
「僕、ずっと言ってるじゃないか。箱庭を創るんだよ。そこに閉じこもって『永遠』を叶えるんだ。……そうすれば、じいじは……!!」
ガキが纏う不穏な空気が、色濃くなる。
ついでに、この暗がりの中を霧のようなものが立ち込めていく。
儚くうつろいやすい霧だ。
有害性を警戒してオレらが行動を起こすよりも先に、霧は勢い良く広がって世界を覆い――瞬きすれば、そこはもう別の世界だった。
オレと凪哉が乗ってるブリキハートはいつの間にか、不気味な異空間の中に立っていた。
白い闇が果てしなく広がっている。
雪原だ。
外より多少寒さはマシだが、視界に支障が出る程度には雪が舞う冷たい世界。
リュートとかいうガキと、ブラウニーとかいうジジイ人格の【レディ】は忽然と姿を消している。
代わりに目の前には、霧状の肉体を持つ魔女【リカルカ】。
それも一体なんかじゃない。
多くの魔女が、オレらの前にびっしりと立ち塞がっている。
辺りに充満する霧が濃くなる度、魔女の数は増えていく。
魔女が増える度、明確な敵意を感じた。
ただ、普段魔女との戦いで感じるような敵意じゃない。
きっとこれは、あのクソガキ――リュートの敵意だ。
オレと凪哉を――つまりあのガキにとっての邪魔者を消そうとしている意思を、遠く、遠く感じる。
……ってことは。
「……オッサン。あの魔女、幻影か?」
『大当たり。リュートくんは【妖精因子】持ちで、その力はとっくに暴走してる。……最初に言った通りだ。このままだと、世界はまやかしの異空間に、偽りの永遠に飲み込まれて全部が終わるよ』
「…………へえ」
返事とも呼べないオレの声は、ひどく乾ききっていた。
オッサンの話を聞いた凪哉がオレの方を見て、失礼にも盛大に顔をしかめる。
「スズベル……? 貴様、顔がひどいことになっているぞ……?」
「言い方失礼すぎんだろアホ。顔は別に元からひどくねーわ。顔色って言え顔色って。…………はぁ。……あのよ、凪哉」
「どうした」
シリアスな空気を天然でぶっ壊しやがった凪哉に呆れたら、少しは落ち着けた気がする。
気の緩みついでに、オレは。
話したくもないし思い出したくもない自身の過去の一端を、少しだけ語っちまった。
「……オレ、ガキの頃に見たことあんだよ。自我のある【レディ】ってやつ」
「……何?」
「――けどよ。もう、居ねえんだよソイツ。どこにも居ない」
隣の凪哉が、息を呑む音が聴こえた気がする。
オレはと言うと、愛用の特殊クロスボウを構えようとした。
「……心のある【レディ】なんてよ。そんくらい不安定な存在なんだよ」
弓に、矢をつがえる。
「……『じいじ』とか呼んでたしな。あのガキにとっちゃデカい存在が、死にかけなわけか。……そりゃ、辛いよな」
そうして、オレは。
「……だから……だからこそ……ッ!!」
いつも通り、ハッチを開ける。
弓を構え矢を放ち、一体の魔女の角をブチ抜いて破壊する。
所詮はガキの想像の成れの果てだからか、角を覆うはずのベール器官は通常より薄っぺらい。
だから、すぐ倒せた。
魔女が一体倒れた時、この魔女の幻だらけの異空間が、偽りの夢が、永遠もどきが。
僅かにブレて揺らめいたのが、オレの目には焼き付いた。
まあ、オレのこれまでには色々あって。
自我のある【レディ】の存在も知ってる。
もしそんな【レディ】とうっかり親しくなっちまって、そのあとそいつを失いでもしたら、絶望どころじゃないのも。
知ってる。嫌になるほど、知っている。
だからこそ。
「……こんなクソみたいな永遠、オレだけは否定してやる! ボサッとすんな凪哉! 『ジェーン・ドゥ』を叩き起こせ! こんなまやかしさっさとぶっ壊して、世界でもなんでも救うぞ!!」
だからこそオレは、許せない永遠なんかを相手取って、弓を引く。
――好き嫌いが多いオレの『嫌い』が、さっきからずっと、刺激されまくっていた。
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