その7 蘇生の呪文はアイラブユー
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第三話『ガール・ミーツ・ガール』
その7 蘇生の呪文はアイラブユー
teller:アリス=クロスロード
◆
目が覚めて最初に思ったことは、『よかった、まだ生きてる』という切実な感想だった。
洋館型【レディ】のコックピットから落下して、茨の蔓でも、目に入った森の木々でも、掴まれそうなところにひたすら手を伸ばし掴んで、を繰り返した落下だった。
おかげでだいぶ落下のスピードも、落下時の衝撃も、幾分かは和らげることができたみたいだ。
だから私は、運良くまだ生きている。
土の上に倒れ伏したままだとしても、全身を激痛が蝕んでいるとしても、頭に出来てしまった傷から溢れる血が、額や目元をだらだらと伝って視界を悪くしても、損なった血のせいで意識がくらくら眩んでいたとしても。
――まだ、生きてる。
それだけで、私はまだあらゆる可能性と結びつく未来を持てる。未来が、広がる。
だから、大丈夫だ。
……あれ、そう言えば。
まだくらくらして、ぼんやり朦朧とした意識の中。
ふわりと、小さな疑問が浮かぶ。
……そう言えば、痛いとか苦しいとか、今まではいちいち思わなかったな。
キャロッタ村にいた頃は、ただただ諦めた振りをしていた日々だった。
心を持って生きちゃだめだって思い込んで、望むことも願うことも諦めて、全部に怯えて、ただ屍体の振りをして――。
……あれ。
意識を朦朧とさせる痛みが、徐々に刺激に変わって、覚醒材料になっていく。
それとともに、私は気付く。
ほんとに、フリ、だったのかな。
あの村で怯えきった私は、自分の心を守る為に、ぜんぶに諦めた振りをしていたんだと思ってた。
心を殺して屍体の振りをして、みっともなく生き延びてきたんだと思っていた。
……ちがう、かも。
旅に出て、知らなかった世界に少しだけ触れて。
ルキちゃんと出会って、話して。
新しいものの見方を少しずつ身につけてきた私の心は、これから何度自問自答を重ねて、何度違う答えを出してしまうんだろう。
優柔不断でまだまだ発展途上な自分の心に呆れる。
そんな未熟者の私の心が、たった今出した答えはこうだった。
私、ほんとにずっと死んでたんだ。
何も知らず、知ろうとせず、痛みや苦しみなんかが麻痺しかけていた。
そんな日々に、私は胸を張れない。
生きてきた、だなんて、言えない。
だからルキちゃんのこと、すごくかわいいと思えたんだ。
痛みも苦しみも全身で感じて、それを正直に嫌がって拒んで、心のままの反応ができるあの子に憧れた。
もっと話してみたいと思った。
今も、思ってる。この気持ちは、消えてない。
「ルキ……ちゃん……行かなきゃ、私……たすけ、なきゃ……痛っ……」
ここに来てやっと実感できた痛みが、私の再起を阻もうとする。
ケガ、とか、こんな、こんな、くるしいんだ。そっか。
でも、私は。
立ち上がる、最後の一押しを求めて。
――スズベルさんのことを、思い出した。
スズベルさん。
こんな私に笑いかけてくれた。
こんな私を抱き締めてくれた。
こんな私に、言葉を、たくさん。
私に拍動をくれた。
心臓の高鳴りをくれた。
命のはじまりを、物語のはじまりを、くれた。
思い出す。あの人への、愛しいを。
◆
――『オレはね、君の美しい涙を奪いに来たのさ』
――『またね、アリスちゃん! 今度は涙だけじゃなく、君ごと攫いに来るからね♡』
◆
……そうだ。大丈夫。
涙はあの人、スズベルさんが拭ってくれた。
大丈夫。だから、目を開けられる。
ゆっくり、目を開いて。
まだ地に這いつくばったまま、世界を瞳に焼き付ける。
スズベルさんに恋して旅立ってから、知らない世界や景色をこの目に焼き付け憶えることに、ただただ必死な日々を過ごしてきた。
あの人に恋した理由、きっとたくさんある。
出会えたから、助けてくれた、優しくしてくれた、素敵な人だった、私を想って怒ってくれた、勇気をくれた、抱き締めてくれた、他にもいろいろ。
理由なんて、これからも増えていく。絶対。
貴方への想いの理由を考える度に胸がいっぱいになる心。
世界の感覚を知る心。
ルキちゃんとの出会いで大きく動かされた心。
貴方への愛しい、を、思い出せれば――何度だって立ち上がれる心。
私にこの心があるのは、スズベルさん、貴方と出会えたから。
私が私になれたのは、こうして生きられるようになったのは、はじまりを迎えられたのは、貴方が私に、強い拍動をくれたから。
だから出会ったあの日、あの少ない時間だけじゃなく。
私は、貴方に出会ってから生きた日々ごと、貴方に出会ってから知った全ての世界ごと、貴方に出会ってから感じたぜんぶの心ごと。
スズベルさん。
貴方のことが、永劫に好き。
「………………初めての戦いの時より、ケガ、しちゃったなあ……」
手を、地面について。
それを支えに、やっと私は立ち上がろうとする。
あちこち破れてもう意味をなさないグローブを引きずった手のひらなんて、ボロボロだけど。
頭から流れる血のせいで顔半分、真っ赤かもしれないけど。
あれだけスズベルさんのことを思い出して、湧いた勇気は嘘じゃないから。
苦痛に対して、見ない振りをするんじゃなく――乗り越えてやるんだ、という気持ちで、私はなんとか立ち上がった。
血を片腕で拭って、改めて世界を見る。
洋館型【レディ】が、魔女リカルカを迎え撃つ――どころか、過剰に痛めつけている。
茨の蔓の勢いが強い。
私のものじゃない悲しく苦しい感情が、胸に響く。
……きっと、ルキちゃんの【妖精因子】が暴走している。
ルキちゃんの持っている想像力は、ほんとうはすごく優しいのに。
ルキちゃんと直接出会えた私は、それを知れたのに。
「……行かな、きゃ……」
ルキちゃんに、私は言ったんだ。
ルキちゃんと一緒にいたい。
仲良くなりたい。
ルキちゃんを悲しませない私に、なりたい。
ぜんぶ、ほんとの気持ちのつもり。
本当なんだって、ちゃんと今から証明しに行くんだ。
「…………『クイーン・オブ・ハート』、テイルスタートッ!! Are you ready? My fair lady!!」
――名前を呼んだら、貴方は応えてくれるよね。私の大切な【レディ】。
待っていたとばかりに、貴方はすぐに来てくれた。
私の目の前に、風と共にふわっと舞い降りて、コックピットのハッチがもう開いている。
それが私の逸る心に応えてくれたようで、嬉しくて、私はクイーン・オブ・ハートのコックピットに飛び込んだ。
操縦席に飛び込んだ勢いで身体がまた痛み、頭から未だ流れる血が、操縦桿を握る両手に、クイーン・オブ・ハートの内部に滴ってしまう。
「……よごし、て……ごめ、んね……血、止めなきゃ、まずいかな……まずいよね……でも……」
また、聴こえる。
ルキちゃんの泣き声が。
「私……今すぐ、ルキちゃんに会いたいんだ……」
ボロボロの手で、操縦桿を握り直す。
……こんなにケガを放置するなんて、私、治癒術を学ぶ身として、全然……その、なってないなあ。
「……ルキちゃんが、泣いてるの……だから、なみだ……拭いたい、な……ルキちゃんが泣かなくても済む未来を……創造、したい……力を貸して……クイーン・オブ・ハート……」
こんな時だというのに、私は表情筋を動かして笑う練習を少しだけする。
ルキちゃんへと辿り着いたその時、笑いたいと思ったから。
笑って、ルキちゃんを安心させたい。
私も、スズベルさんの笑顔で何度も安心したから。
明るく笑える人に、なりたい。
辿り着きたい。会いたい。ルキちゃんに。
だってここで未来を創れれば、ルキちゃんとふたりで笑い合えるかもしれないんだ。
私は、そうなりたいんだ。
「……クイーン・オブ・ハート……これは、倒すための戦いじゃない……助けるための戦い、だよ……一緒に、ルキちゃんに会いに行こう……っ!」
その言葉に応えるように、操縦桿を一気に引き倒した私に応えるように。
クイーン・オブ・ハートの機体が眩むように輝き――私の想像力が及ぶ限りのスピードで、洋館型【レディ】へと突っ込んでいった。
クイーン・オブ・ハートは、青空の色をした、愛に溢れる優しい女王陛下。
助けるための戦いなら、一緒に頑張ってくれるはず。どこまでも、ずっと。
私も貴方のように優しくなりたいよ、クイーン・オブ・ハート。
『優しい人』が、最初に思い出した目標だから。
ちゃんと変わりたい。
変わるための日々を、生きていきたい。
私の、今はまだ、『私なんか』の偽善の積み重ねが。
恋して憧れた最愛のヒーローの真似事が。
いつか、いつかほんものの優しい心に、優しい世界に繋がればいい。
ケガとか無茶とか、本当の優しさとか、この戦いが終わったら色々考えなきゃいけないことはとても多いだろうけど。
今はただ、動き出した心が。
どうしようもなく、ルキちゃんのそばを望んでいた。
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