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狂想爆炎ピアチェレディ!  作者: ハリエンジュ
第三話『ガール・ミーツ・ガール』 ~アリスパート~
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その4 言葉の手前、溢るる想い

狂騒(きょうそう)爆炎(ばくえん)ピアチェレディ!

第三話『ガール・ミーツ・ガール』

その4 言葉の手前、溢るる想い


teller(語り手):アリス=クロスロード





 洋館【レディ】のコックピットに居た、水色髪の、ショートカットの女の子。

 とても背が高いその子は、帽子の飾りをぴょこぴょこ動かしながら――それはそれは、怯えていた。


「……ぅ、ぇ、あ……だ、第一問……!」


「ぇ、い、一問?」


「お、おまえ、なに? なぜここへ……!? っ、あわ、あわわ、二問になっちゃった……」


 突然投げかけられた質問。

 私よりも、私に問うたその子の方が慌ててしまっている。

 女の子はとてもパニックを起こしているようで、汗も凄い。

 何より魔女との戦いで負った傷が心配になって、私が近づくと――。


「っ、う、わ、やだ、くるな!! おまえ、おまえキライ、うが、がお、うあー……っ……!」


 女の子はますます怯えてしまって、座り込んだままに威嚇(いかく)、のように両手を前に突き出す。

 ……かと思えば、目を丸くする私と視線がかち合った瞬間、その子は一気に青ざめて。

 威嚇(いかく)の為のはずだった両手で頭を覆って、ぶるぶる震えてしまった。


 ……なんだっけ、いつだったか、本で見たことある。

 ……あ、貝、みたい。

 自分を守る為に硬い殻に閉じこもる貝のよう。


 そう考えると、踏み込めなくなってしまう。

 もうとっくに傷ついているだろうこの子を、これ以上傷つけたくない。

 不用意に触れたくない。

 この子が大切にしている領域を、踏み荒らしたくない。


 でも、怪我をしたら痛いということを、私の心はとうに知ってしまっている。

 手当てをしたくて近づいたけど、どうしたら、私はこの子を。


 森に行く際、シルキオの街の宿屋の優しい女将さんが、念の為にと塗り薬を渡してくれていた。

 それをひとまず、私はおずおずと女の子に差し出す。


「あ、あの……私、お薬、持ってます……手当てを……」


「い、いやっ!! やだ、さわるな。お、おまえ、いらない! くるな!!」


 今度は威嚇(いかく)、じゃなくて、拒絶反応だと思う。

 彼女が両手をばたばたと動かしたのを合図に、広大なコックピットの四隅(よんすみ)からゆらりと、人型の影が一斉に起き上がった。


 【レディ】、ではない。

 でもそれは、四体の人型ロボットだった。


 主人の危機に馳せ参じるように、四体のロボットは水色髪の女の子に近付き、腕部のアームをその子に伸ばしかけ――途中で、ギギ、と音を立ててフリーズしてしまった。

 四体とも、全部だ。


 女の子の事情も、いま私たちが居る洋館型【レディ】の正体も、私にはわからない。

 目の前の女の子がどうしてロボットを使役(しえき)できているのかも、私にはわからない。


 でも、何となくだけど、これはわかった。


 集まったロボットたちは、女の子の怪我の処置の仕方がわからないんだ。

 そのやり方が、彼らの中にまだないんだ。

 だから止まってしまったんだ。


 たまらず、私は声を上げた。


「あ、あの……っ、私、まだ勉強中の身ですけど、治癒術を、学んでいて……手当ての仕方、少しなら、わかります……っ」


「ぅ、ぁ、い、いらない!! さ、さわられる、の、こわい……き、きもちわる、い……」


「で、でも、怪我は放っておいたら良くない、です……それに、痛いの……嫌じゃない、ですか……?」


「い、イヤ……っ、で、でも、へいき! だ、だって、あたし、いたいのくるしいの、いつものこと! だ、だから、これがふつう。平気。へ、平気、だもん」


 その言葉を聞いて、私は息を呑んだ。


 そっか。

 ……痛いのは、苦しいのは、感じてるんだ。わかってるんだ。

 痛い気持ち、苦しい気持ち、この子はとっくに知ってるんだ。

 誤魔化さないんだ。


 すごいな。

 この子、ちゃんと生きてる。立派だ。


 私はそれに気付けたのが、最近なのに。

 ずっと自分の気持ちに見ない振りをしてきたのに、屍体(したい)の振りをしてきたのに。


 この子はちがう。ちゃんとしてる。

 こうも生き生きしたこの子の命、心、ぜんぶが、もう。

 なんて、尊いんだろう。


 急に目の前の女の子が、なんだかまぶしく見えた。

 この子に出会ってから知らない感情が溢れてきて、その感覚にずっとどきどきしてる。

 いい意味での、どきどきだ。


 なんか、変だ。

 キャロッタ村に居た頃と、違う。

 疎まれてしまって、絶望と諦めの中で心が死にゆくだけだったあの頃の私とは、胸に抱くものが違う。

 ほんとうに、なんでだろう。

 この子に嫌われてると思うのに、なんでだろう。

 ――ちっとも私の方は、嫌いになれないや。


 私は辺りを見回し、あるものを探す。

 洋館【レディ】のコックピットのハッチは壊れているのか、今も開きっぱなしになっている。

 だとしたら、もしかしたらさっきの戦闘で――あっ、た。


「……? お、おまえ、な、なにして、る……っ、あ、アヤシイ、アヤシイ……っ、でてけ……っ! が、がおー……!」


 また、威嚇(いかく)されてしまった。

 でもせめて、これだけは渡したかったから。


 私は拾い上げた太めの木の枝をいくつか、手持ちの紐で縛り上げる。

 即席の、お(はし)……みたいな形の、掴む道具の出来上がり。

 出来たての不格好な手段で、塗り薬をそうっと掴む。

 落とさないように慎重に、女の子と一定の距離を空けたまま、少しつんのめった体勢になりながら。

 塗り薬の容器を頼りなく挟んだ木の枝を、ぐ、と伸ばす。

 とてもぎこちない動きにはなってしまったけど、なんとか塗り薬はコトリと女の子の目の前に置かれた。


 ……クイーン・オブ・ハートと一緒にやった倉庫整理とか荷物運びのバイトが、少しは役に立ったのかも。


 ぽかんとしているその子が塗り薬を振り払う気配がないことにほっとして、私はまた木の枝を集める。

 念入りに枝の一つ一つに願いを込めて、それらを縛る。

 木の枝に唱えたのは、教本で学んで少しできるようになった消毒術。

 まだこれくらいしかできない、けど。


 それから荷物の中にあった手付かずの飲料水で、新品の手拭いを濡らす。

 手拭いを、消毒済みの木製の道具で挟む。

 挟んだそれを女の子の手元まで近づけて、ぽとりと落とす。

 次に、乾いた手拭いを運んだ。

 手拭いを運ぶ作業を何回か繰り返して、最後にガーゼの入った袋を、また彼女の手元まで。


 本当は持ち歩いている救急箱ごと渡したかったけど、今はだめだ。

 即席で名前も付けられない、物を挟むお粗末な道具しか、今の私には手段がない。

 そんなものが救急箱の重さに耐えられそうになかったから、とりあえずこれだけでも。


「あ、あの……濡らした手拭いで血を拭って、汚れを落として……それから、乾いてる方の手拭いで軽く傷口押さえて……塗り薬を、そっと塗ってから、ガーゼで……」


「ぅ、うる、さい……! ごちゃごちゃ言われても、頭、バクハツする……! ひ、ひとりで、できる! ば、ばかに、するなあ……っ」


 ぎゃんっと(わめ)いたと思ったら、女の子の言葉の最後の方はもごもごと小声になっていた。

 威嚇(いかく)は継続中のようで、私はとりあえず女の子と距離を空けたまま後ろを向いた。

 女の子の傷の位置は、私から見えたところだと腕と脇腹。

 手当てするなら少しは肌を晒すだろうし、他人のそんな大切なものを視界に入れてしまうなんて不躾(ぶしつけ)な真似はできない。

 でも何か困ったことが起きた時の為に、この子の傍には居たい。


 女の子は一人苦戦しながら、私が渡した道具を使って自身の傷を処置しているのだろう。

 後ろから時々、困ったような焦ったような苛立ったような、まだ言葉の形を成さない声が聴こえる。


 本当は、傍に寄り添ってちゃんと手当てしたい。

 傷が痛むなら、私の持てる限りの言葉で励ましたい。

 

 でも私は、この子にとってはまだ、突然現れた図々しい侵入者だ。

 このコックピットは、この子にとってはきっと自分が安心できる大切な場所。

 一人で居たいことも、この子にとっては大事な感情。

 それを全部無視するのも違う気がしたから、私は中途半端な世話焼きになってしまっている。


 この子に、傍に居ることを許してほしい、と思った。


 私は、颯爽(さっそう)と現れて私の全部を救ってくれたスズベルさんのような人になりたいと願ってキャロッタ村を飛び出したけど――まだまだ、あんなにかっこよくはなれないや。


 スズベルさんが私にそうしてくれたように、私も、誰かの――この子の。

 この子の悲しみも苦しみも、全部吹き飛ばせればいいのに。

 その方法が、私だけのやり方が、まだうまく想像できない。


「ぅ、……で、でき、た……!」

 

 後ろから、心なしか弾んだ声が聴こえた。

 私は咄嗟(とっさ)に振り向こうとして、慌てて踏みとどまって訊ねる。


「あの……振り向いても、大丈夫……ですか? 姿、見ても……嫌じゃ、ありませんか?」


「ぇ、え……い、や…………ぅ、や、い、いい! そ、それだけ、ゆるす! こっち見ても、ゆる、す……っ!」


「! ありがとうございます……!」


 ……あ、嬉しい。

 初めて、この子に許してもらえた。


 お礼を言って、振り返る。

 腕にはガーゼが貼られていて、手拭いにも全て使った跡がある。

 彼女が着ている白いリブニットには血の色が残っているけど、新しく血が流れている様子はない。

 傍に転がる塗り薬の容器や、恐らく貼るのに失敗した分のガーゼがいくつか転がっているのを見るに、彼女は懸命に一人で手当てを済ませたんだろう。


 女の子は、少し顔をしかめていた。

 もしかしたら、薬が染みて痛いのかもしれない。

 だけど私が声をかける前に、その表情がほっと安堵したような(ゆる)みを得る。


 女将さんが、とてもよく効く塗り薬だと言っていたから……薬が効いて傷そのものの痛みが和らいできたのかも。

 だとしたら、よかった。本当に。


 じいっと、ついつい失礼なくらいに女の子の目を見てしまう。

 タイミングを見計らったように、女の子と視線がまた、ばちりと合う。

 さっきは視線が交差したことで怯えさせてしまったから、また怖がらせたらどうしようと私の心臓が嫌な音を立てる。


 なのに、その子は。


『どうだ、一人でできたぞ』


 そう言わんばかりに得意気に、ふんと鼻を鳴らして。


 私の想像なんか、ずっとずっと越えたその表情。

 それに反応して鳴った私の胸の鼓動は、きっと良い音だった。


 ああ。

 そ、っか。


 私を拒絶するこの子が怖くないのは、嫌いになんてなれやしないのは。


 繰り出される攻撃的な言葉よりずっと、この子の懸命さや可愛らしさが私の胸に響くから、なんだ。


 かわいい。

 この子、すごくかわいい。

 だって表情が、くるくるころころ変わるの。

 怒った顔、不安そうな顔、ちょっと得意げな顔だって。

 全部の表情に、この子自身の豊かな心が込められている。

 言葉は私と似てどもりがちなのに、この子からは強い生命力を感じる。


 やっぱりこの子は、まぶしくて素敵。

 きらきらしていて、愛らしい。


 少し怖がりで恥ずかしがり屋な女の子。

 そこはちょっと、ほんのちょっとだけ私に似てる気もするけど。

 この子からは私と違う、どこか透明な素直さを感じる。


 だってこの子は、怖がりながらも怒りや本音を正直に外に出せる人だ。

 自分の心を自分で守ろうとする意志がちゃんとある人だ。

 怯えるだけで終わらない、自分の為に頑張れる人だ。


 すごい。

 素直で強くて、かわいい。


 自分自身を大切に想えるのは、凄いこと。

 キャロッタ村の人たちにも、私はそう思ってた。


 でも、ちがう。

 キャロッタ村に居た時とは、私の気持ちが色々ちがう。

 新しく知ってきたものが多いから、私のものの見方が少しずつ変わってきてるんだ。


 この子にまぶしさを感じるのは、きっとこの子の在り方に、憧れを抱いたからだ。


 スズベルさんと出会って目覚めた私の心が、騒ぐ。

 今のこの心は、自分と違う何かに、より多くの憧憬を感じ取るようになっている。


 村にいた頃の私は、本に描かれた物語中の空想の世界に憧れて。

 それで、旅に出てほんの少しだけ世界を知った今の私は。

 目の前のこの子の物語に、とても強く惹かれている。


 おとなしそうで、私と近いところがあるように見えて、私とは正反対の女の子――。



 形にならない言葉が、喉の奥で疼く。



 ねえ、名前も知らない貴方。

 私、貴方のこと、もっと知りたい。



 貴方のお名前、呼びたいです。



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