その2 いばらの森の魔女
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第三話『ガール・ミーツ・ガール』
その2 いばらの森の魔女
teller:アリス=クロスロード
◆
旅費を稼ぐ為のバイトは、荷物運びだけではなく。
宿屋の食堂でお食事を作るお手伝いも、少しさせていただいている。
家事手伝いのようなものだ。
とは言っても、女将さんの完全監修の元だし、これに関しては賃金代わりに手伝った食事を賄いとして三食もらっている形だ。
お仕事というよりは、女将さんに料理を習っていると言った方が近い。
これも、私はまだまだ未熟で……。
「アリスちゃん、手際は良いけど味付けがちょいとつまんないんだよねえ」
「つ、つまらない、ですか……? っ、むぐっ……!?」
シルキオの街の宿屋。
女将さんと台所に共に立って昼食を作っていると、そんなことを言われてしまった。
何かレシピの手順を間違えてしまっただろうか、とぐるぐる軽くパニックに陥っていると、女将さんによって口の中に何かを突っ込まれる。
反射的にそれを軽く噛んでしまうと、じゅわ、とジューシーな肉汁が染みてきてとても美味しい。
女将さんが作った方の、照り煮の味。
すごい……私が作ったものと全然違う……。
舌の上を、お肉の旨味が優しく転がっていく感じ。
私じゃ、こんなにお肉の良さを活かせない。
目を丸くしながらお肉をもそ、もそと咀嚼していると、女将さんが得意気に笑った。
「アリスちゃんは真面目すぎんのさ。レシピを守るのはそりゃ基本だけど、何でもかんでもレシピ通り……ってのはねえ?」
「ぁ……」
確かに。
女将さんに教わったレシピを守ることだけに必死になって、作った料理をもっと美味しくしよう、なんて志をしばらく忘れていたかもしれない。
女将さんはくすりと笑って、お鍋に再び向き直る。
「アリスちゃんも、向上心はあるはずだろ? 自分だけの手料理ばっちり身につけて、惚れた男の胃袋掴んでやんな!」
「!! ……が、がんばります!」
そうだ、頑張らなきゃ。
キャロッタ村では料理の腕を磨く機会も、腕を磨こうとする発想すらなかった。
ただ一人で暮らしていければ、それでいい……なんて、思ってしまっていたから。
だから全く料理はできないわけじゃないけど、レパートリーは少ないし、作る料理は女将さんの言葉を借りるなら、つまらない味付け、つまらない仕上がり、つまらない盛り付け……になってしまう。
これじゃ、だめだ。
少なくとも、今の私は。
だって、あの人に……スズベルさんに、失望されたくない。
……そ、そんな、スズベルさんに手料理を振る舞う機会なんて、あの、あるかどうかもわからないし色々恐れ多い、けれども……でもだからと言って、努力を怠る理由にはならない。
私は、もっとちゃんとした人になりたいから。
「あ、あの、女将さん……! 私、頑張りますっ。これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします……!」
もっと教えを乞うべく女将さんに深々と頭を下げると、からからとした笑い声が頭上から降って来た。
「いいねえ、その意気だ! さ、もうちょい気張るかね! お客さんがそろそろわんさか来る頃だ!」
「はい!」
明るく愛情深く、堂々とした女将さん。
私以上に労働に精を出し、街をより活気づける人々。
このシルキオの街に暮らす人々の在り方は、キャロッタ村に居た頃の私じゃ想像もできないくらいに逞しくて、かっこよくて。
私はまだ、魔女が怖い。
知らなかったことを知る。それが楽しい筈なのに、時々怖いと思ってしまうこともまだある。
それでも村の外の世界に触れたら、この世界【ナーサリフィア】に生きる人々は想像よりも少し前向きに生きていたから。
まだ世界は大丈夫になれるんじゃないかって、私も前向きに考えられる。前向きな想像ができる。
……大丈夫に、したいな。
スズベルさんのようにWITTS に入って、スズベルさんのように、たくさんのものを守れる人になりたい。
その為に、今はお金を――。
「――なあ聞いたか? あそこの洋館、また『動いた』らしいぞ?」
――その噂話は、不意打ちのようだった。
サラダの盛り付けをしている最中、食堂のお客さんたちの話し声がいやに耳に届いた。
不躾にお客様の会話を聴いてはいけない、とわかってるのに。
何故か、ざわつく。
「洋館そのものが動くって……さすがにねえと思うけどなあ。でもあんな辺鄙な場所だし、何より……」
「『魔女』が棲んでるんだろ? あの洋館」
魔女。
そのワードを聞いた途端に強張る私の反応がわかりやすかったのか、隣の女将さんがため息をつく。
「まったく、お客さんの話を盗み聞くんじゃないよ。そんな怯えなさんな。気にしなくてもいい噂を気にしちまって」
「す、すみません…………」
「……気になんのかい?」
「は、はい……あの、魔女……って……?」
恐る恐る私が訊ねると、女将さんは、す、と窓の外を指さした。
「あそこの洋館、見えるかい? いばらの蔓にまみれてるの。街外れに昔からある洋館らしいんだけどね、あまりに異様な雰囲気だから『魔女が棲んでる』って根も葉もない噂が立ってんのさ」
女将さんが、指した先。
街外れの森の奥。
女将さんの言う通り、そこには古びた洋館が建っていた。
洋館の壁には、いばらの蔓がびっしりだ。
まるで身体の一部みたいに。
「シルキオの街は長らく平和だから、まさかほんとに魔女リカルカがあの屋敷に棲んでるとは思わないけどねえ。変な噂はいっつも絶えないよ」
……そう、なんだろう。
女将さんの、言う通り。
あそこに、魔女リカルカは居ないと思う。
だけど、私には聴こえてしまった。
【妖精因子】。
スズベルさんは、私の体質をそう呼ぶのだと教えてくれた。
精神が過剰活性して、あらゆるものと、心が繋がりやすい体質。
だから私は色々感知しやすくて、共鳴しやすくて――でもその心の力を、想像力に変換してクイーン・オブ・ハートを生み出したことで色々力を使い果たしたから。
今じゃ私の【妖精因子】としての性質は、だいぶ弱まったはずなのに。
確かに、聴こえた。
寂しそうに泣きじゃくる、女の子の声が。
その声はあまりに悲しげで、痛ましくて。
放っておけなくて、なんだか今すぐ駆け寄りたいような、そんな衝動に駆られて――。
「あ、あの……女将さん……」
気付いたら、私は声を上げていた。
「あの洋館って……どうやったら、行けますか……?」
駆け寄りたくなる、という気持ちだけでは終わらなかった。
私に届いてしまった泣き声の主に、会いたいと願ってしまった。
スズベルさんに憧れた、あの瞬間からきっと。
私の心は、ずっとずっと走り出している。
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